女になった俺、連行される
「よし、行くぞガネ」
ある日の昼休み。俺の呼びかけに親友は胡乱げな顔をする。
なんだ、よく聞こえなかったのか? 仕方ない。
「よし、行くぞガネ」
「……」
「行くぞ」
「……」
「なあ」
「……」
「なんか言ってよお!」
「……ぷっ」
「このやろう!」
またからかわれた。どうも俺が女になってからというもの、コイツにからかわれる頻度が上がっている気がする。
多分、状況の変化にちぐはぐとしている俺を見て楽しんでるんだろう。……まあ、楽しそうで何よりだよ。癪だけどな。本っ当に癪だけどな。
「いやいや、俺も何処へ行こうとは聞いてないからな?」
ああ、そう言えば。
「子野さんのとこだよ」
「おう、行ってこい」
「おう……お前も行くんだよ!」
「ちっ」
危ねえ。あまりに自然な他人事模様に流されるところだった。あと舌打ちやめろ。
「大体なんで俺まで行かにゃならん。子野さんはお前の友達であって俺の友達じゃない。友達の友達は他人。understand?」
妙に発音の良いアンダースタンドだな。
「子野さんに呼ばれてるんだ……」
「そうか、行ってこい」
「もう話する気もないなお前!?」
全く興味も無さそうなコイツは一旦置いておこう。どういう事かって、それはこの前の事だ。
ちゃんと友達になった(なってた)子野さんと俺だが、改めてちゃんと話す機会もなかなか無かった。
なぜかと言うと生活サイクルがまるで違う。クラスも違うから会いに行かなきゃ殆ど会わない。子野さんは部活動のバレー部も忙しいみたいだ。帰宅部の俺が居残りするか、子野さんが遅刻しそうにでもならない限りは通学の時間すら違う。
で、そのままぼけっとしてた俺はとうとう言われてしまう。
『たまには遊びにきてよ』
ぶにぶにぶにぶにぶにぶに
『ふみゃみゃみゃみゃ……』
という感じで。……あの頬っぺた挟むのはなんなんだろう?
いや、それは今はどうでもいい。
でだ、俺は子野さんと愉快なクラスメイト達の所に遊びに行かなきゃならない。もちろん子野さんと話すのは全然大丈夫。
問題は愉快なクラスメイトの方で……。
「お前があんな事するからだぞ。ちゃんと責任とれよガネ」
ザワッ
……なんか教室の空気が変わったような。
「言い方っていうものをもう少し考えられんのかお前は」
言い方? 何言ってんだこいつ。……まあいいや。
「お、俺にあんな恥ずかしいことさせておいて……」
ザワッ
「とりあえず俺に恨みがある事だけは分かった。分かったから中身を言え中身を」
別に恨んでないけど、なんでそうなるんだよ。まあ言うけどさ。
…………。
「……てことでな? 衆目の面前であんな醜態を晒した訳で……その彼らのいる所にまた一人で行く俺はどうしたら」
「笑えば良いと思うよ」
「このやろう!」
「冗談だよ……まあ悪かったって」
反省の色もなく飄々としているかと思えば、こいつはこいつで思うところもあるのかも……。
「まさかあんなのに騙されるとは思っても見なかったんだ」
「よし、やっぱお前も来い」
騙そうとした事自体は全く反省してないなこいつ。
「まあ言いたい事は分からんでもないけどな……そこはやっぱりお前の問題だろ?」
「うっ……そうだけど……」
それでもなんとかこいつを道連れにと言い募ろうとした時、教室の戸が開く。
「……あっ、いたいた」
聞き覚えのある可愛げな声。振り向けばやはり子野さんだった。
「やっほーミカさん、遅いから来ちゃったよ」
どうしよう来ちゃったよ!
「あわ、わわわわ……」
「あっ、小金くん、ミカさん借りて行っても良いかな」
「どうぞどうぞ」
俺が慌てふためく間に二人の交渉は終わる。例の倶楽部のネタの如き素早さだった。
「が、ガネ!」
「すまんな、身柄の引き渡しは決定したんだ。……連れて行け」
「アイアイサー」
真後ろから子野さんの声がする。脇の下から長い手が伸び、俺はお腹を抱えるように持ち上げられた。
「ひゃああ」
咄嗟の出来事に思わず身が硬くなる。
(い、良い匂いが! 背中に柔らかい圧力があ!)
「じゃあ、お借りしまーす」
「ひあ、あ、あ……」
後ろから声が聞こえる度に耳がくすぐったい。
あまりの自体にリアクションに困っている内に、俺はアウェーに戻って行った。