女になった俺、視線を集める②
教室のドアから身を乗り出し、にこやかに手招きをする子野さん。
なんでだろう……その人を見た俺はツイテールを掴んで屈みこんだままの姿勢で泣き出してしまった。
「って、ミカさんどうしたの!?」
子野さんは俺の様子を見るなり教室から出て駆け寄ってきた。
「えっ、あれ……俺なんで……」
俺は今更泣いていることに気が付く。慌てて袖で顔を拭うが、そのたびに涙が溢れてどうしようもなかった。
「大丈夫?……じゃないよね……保健室行く?」
「ぐすっ、ごめ……ちょっとしたら落ち着くから……」
特に具合が悪いわけでもない。それでもみっともなく泣き続ける俺の背に、子野さんの手が触れた。
感触に横を向いてみると、心底から心配そうな顔。
「何かあった?」
「……」
近い。
小さな息の音がする。微細な息吹が聞こえるたびに自分の鼓動も大きく聞こえた。
「うえっ、あ、あうあうあ……」
「ん?」
小さく傾げた首で空気が動く。
「あの、本当に大丈夫?なんだか顔が赤く……」
……なんだろう、めちゃくちゃ良い匂いする。
「おーい……やっぱり(具合が)良くないんじゃない?」
「とんでもないです!」
「え!? どうしたの突然!?」
「あ、なんでもないです……」
あぶねえ……人の匂い嗅いでる変態と思われるとこだった。……今のは不可抗力だからな?
「……あれ?」
「あ……」
いつの間にか涙が止まっている。
もう一度子野さんを見てみると、安心したように笑っていた。その顔を見ているとなんだか……いや、そんなハズはない。
「落ち着いた?」
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
俺自身も予期しなかった突然の醜態に凹む俺。顔見て泣き出すってなんだよ。ナマハゲにべそかく子供かよ(失礼)。
そんな俺に子野さんはと言えば、ちょっとばつが悪そうにしつつも笑いかけてくれた。
「あはは……どんまい。でもどうしたの? わたしで良ければ相談にのるよ?」
「うっ、それは……」
予期は出来なかった、でも理由は分かる。けど、それを言ってしまうのは憚られた。
「言いたくないなら無理しないで良いよ。でも、友達が悩みを抱えて泣いてるのは見たくない」
言うべきか言わざるべきかと迷っている俺に対し、子野さんはただただ優しかった。
ああ、俺って本当に馬鹿……ちゃんと言うべきだよな。
「みんな俺のこと見てくるんだ……髪型変えたらさ」
「髪型?」
「うん、本当はこの髪型にはしたくなかったんだ。家族が似合うって言って、半分無理矢理」
「大丈夫だよ、似合ってる」
「うん、ありがとう。でも怖いんだよ。みんな本当は俺を見て内心笑ってるんじゃないかって。自意識過剰な奴だと思われてるんじゃないかってさ」
「……そっか」
不意に子野さんの手が目の前に伸びてくる。
手は側頭部で髪を留めているゴムに触れる。感触と共にツインテールが解かれ、髪がさらりと流れた。
「ごめんね、わたしが似合うって言ったから尚更やめられなかったよね」
「え、あ、違うよ! 俺もちょっと似合ってるって思ってたから」
「……自分で?」
「う、はい……」
「……ふふふっ」
笑わないでくれ……本当に似合ってるんだから仕方ないじゃないか。
「ごめんね、似合ってるのは本当だよ。ううん、似合いすぎてるからかな」
「似合いすぎてる?」
「うん、ミカさんが自分で似合ってるって言うのも自意識過剰なんかじゃなくて、本当にすっごく似合ってるからだと思うよ」
「うーん……」
「もう人の視線を集めちゃうくらい似合いすぎてるんだと思う」
「……ああ」
そういう事か。ともすれば俺が今日半日、行く先々で受けた視線の数々。あれは好奇の視線なんかじゃなくて、単に俺に見惚れてたって事か?
「けど、怖いよね。わたしも気持ちは分かるの」
「子野さんも?」
「うん、部活でちょっとね。けど、ちゃんと自信を持てば大丈夫だよ」
「自信って?」
「うーん、ミカさんの場合は……自分は美少女なんだから見られても仕方ない……とか?」
「え……それはちょっと……」
確かに俺は美少女でツインテールが恐ろしく似合うけども。
「それならもういっそ、気にしないとか」
「ええ、できるかなぁ?」
慣れればいけるか?
「できるよ、だってほら」
そう言って子野さんは指差す。
「うわぁ、めっちゃかわいい」
「金髪、本物?」
「えーやばーい」
「青春してんなあ」
「あ、こっち見た」
……教室のドアから覗く幾人もの顔を。
「今気にせず話してたでしょ?」
「わああああああ! いいいいったいいつから!?」
「「「子野さんが教室から出たところから」」」
「わあああああああああ!!!!!」
最初も最初! 最初っから最後までじゃねえか!
みっともなく泣いてるとこから子野さんに赤面してるとこから独白まで全部全部全部だよ!
「死にてえ……」
「あれ、そういえばミカさん何か用事があって来たんじゃないの?」
「ああ……」
そういえばあったな〜用事。元はと言えば視線の集中砲火の中で公開処刑されるのが嫌で逃げたんだけど……ははっ、もうどうにでもな〜れ。
「友達に、なってください」
ガタンッ、バタバタ……
その瞬間、教室から覗いていた面々がずっこけた。
いやいや、なんでだよ。……あれ、子野さんからのリアクションが無い?
そう思って子野さんに視線を戻すと。
「…………ぇぇー……」
え、なんですかその反応!? その、呆然みたいな困惑みたいな反応なに!?
まさか断られるのかと、怖くなって血の気が引いて手が震えてくる。遂にはまた泣き出しそうになってきた。
「あ、あのお……」
「ミカさん……」
「ひゃいっ!?」
「友達が悩みを抱えて泣いてるのは見たくない」
「……?」
子野さんが正面に回ってきて、両手で俺の両頬を挟んだ。
「さっき言ったよね?もう……」
ぶにぶにぶにぶに……
「ふみゃみゃみゃみゃやめみぇー」
「マジかー……」
「ちょっとポンコツ入ってる?」
「ギャップかな、うん」
ああ、俺ってマジで馬鹿……。
これから友達になろうなんてのは俺だけで、子野さんとしてはとっくのとうに友達認定だったようだ。
確かに、よくよく考えたら親しくもない人間同士でさっきのやりとりは無いよな。なんで気付かないんだ俺。本当こんな事なら『友達になってください』しに来なくても……。
『友達になってください』って……。
「あれ、いきなり真面目な顔してどうしたの?」
「ん、いや、ちょっと教室戻るわ。ありがとう子野さん」
俺は子野さん達と別れ、自分の教室に戻る。
そいつは居た。向こうもこちらに気付く。
「ガネえええええ!!! よくも騙したなあああああああ!!!!!」
俺の叫びに、ガネの奴はニヤニヤと……
「ニックネームで呼び合う仲でなんで友達じゃないと思ったんだよ」
親友は普通に気付いていた。
分かってて『友達になってください』しに行けと俺に言っていたのだ。
行間やらがもう一方書いているものとごちゃごちゃになっていたので修正させてもらいました。
ご迷惑をおかけします(´・ω・`)