女になった俺、視線を集める
チラッ
……女性は男性に比べて視線に敏感だとか、そんな事を聞いたことがある。
チラ
俺は実際、そんな事は無いと思う。
チラ、チラッ
男であった事もあり、女である俺が言うんだから間違いない。差があるとすればそれは個人差だ。
ジー
それならなんで女性が視線に敏感だとかそんな話が出てくるかって、それは女性の方が視線を受ける事が多いから……なんじゃないかと俺は思う。男だって視線を受ければ分かる人には分かるはずだ。
チラ
だから視線を感じるや感じないっていうのは、その人が視線を感知する個人差と、その人が受ける視線の個人差、この二つで変わってくるんじゃないかとな。
ジー
「(いや、ちげーわ。視線を感じる個人差、これ完全に受ける視線の個人差だわ……)」
退屈な古文の授業中、座席の前や横からは瞬く様に投げかけられる視線。後ろからの視線は後頭部に突き刺さるようだった。
なんでこんなに見られてるのかって?答えは分かってる。俺の左右の視界の端に入りそうで入らない髪の束。天然(?)のブロンドヘアーは風が吹き、俺が動くたびにキラキラと揺れているんだろう。
どう考えてもツインテールですありがとうございますごめんなさい。あまりの視線に謎のお礼と謝罪を垂れたい気持ちだ。
「(それにしてもツインテール、恐るべし。俺が女に変わった日だってこんな視線を浴びた覚えはないぞ)」
※性転換した当日は人の視線を気にしているどころではありませんでした。
視線の原因がツインテールにあると分かっている俺はついつい視界の外にある髪を意識し、ぴしりと座して不動の型をとってしまう。……いや、ツインテールが揺れなければみんなも意識しなくなるかもなーって……だめか……。
結局、俺の不動の型は意味を成さないままに昼休みを迎えた。
「やっぱり……ツインテールは俺には早すぎたような遅すぎたような気がするんだよ」
自分と母さんの二人で作った弁当をいただきつつ、とりあえず向かい合う親友には思いのほどを伝えてみた。……まだ母さんのおかずの方が美味いか。
「それはどっちなんだよ」
ガネは緑色に染まる米を口に運びながら言う。……それ本当に食うんだな。
「頭か頭のどっちがおかしいっていう話よりは分かりやすいと思うんだけどなあ」
「そりゃおかしいのは頭だろ」
それは本当にどっちなんだよ……いや、こいつまさか両方って言ってんのか?
「さておき、実際似合ってるんだから良いだろ別に。年齢的に遅かったとしても時世的に早かったとしても意外性あるしな」
「意外性って好奇の視線に晒されるって事じゃね?」
「否定はしない」
そりゃできないよな。現にこの昼休み、こいつと向かい合って弁当食ってるだけなのにジロジロチラチラだ。動物園のパンダか俺は。ちょっと嫌になってくる。
「否定がほしい」
「ツインテール似合ってないな」
「そっちじゃない!」
似合ってるだろうがこのやろう!
「嫌なら何も、その髪型を強要してる訳じゃないだろ?」
そう、俺だってこの視線から逃れる方法はわかってる。けど、それはできない。野口さんの命だってかかってるし、それだけじゃない。
「うっ、それはそうだけど……これから子野さんと会うじゃん」
「なんで子野さんが出てくるんだよ」
「いや、今朝からの今でさ」
ツインテール可愛い!それが一番!
↓
ツインテールやめました
「これ許されると思う?」
自慢じゃないが、今朝の子野さんは大絶賛だ。その人をして一番と言わせたツインテールをだ、直後にやめちゃってるのはどうなのと。
「めんどくせえな……」
呆れた様なガネの言葉に、ぐぬっと俺は吃る。俺のこの性格には図星の正論かもしれないが、どうしてもそういうのが気になってしまうんだから仕方ない。
「だ、だってえ……あそこまで言ってくれたのに直後に髪型変えるなんて喧嘩売ってるとか……」
「思われねえよ……あの子どう見てもそんなおっかない奴じゃないだろ……」
ガネ、断言。
「思われないだろうけど思われたらどうするんだ! 俺に今更髪型を変える勇気は無い!」
俺、断言。
「じゃあ……頑張れ」
「うん、頑張る!」
……あれ?
何かがおかしいと思い、首を傾げてみる。ガネは何か可愛そうなものでも見る目でこっちを見ていた。
うん、俺の頭はちょっと意外性があるかもな。ちょっとだけな。
「まあ、なんだ……さっそく子野さんのとこでも行ってこいよ」
こいつは気を遣って話を切り替えようとしてくれるけど、その優しさが俺には効く。……悪い意味で。
「そうするわ……」
空になった弁当箱を仕舞い、俺は席を立った。
……なんでこんな事になってしまったんだ。ちくしょー……。
……なんでこんな事になってしまったんだ。ちくしょー……。
と、ここで勘違いしないで欲しい。俺は今現在のこの状況を嘆いているんであって、ついさっきの事を重要な事だから二回言ったとか、そんな訳じゃない。
俺はさっそく子野さんに『友達になってください』するべく、その人が居る教室の前まで来ていた。
まあ多少は緊張するが、俺だってコミュニケーション能力に問題はない普通(?)の人間のはずだ。そう、教室の外からこっそり覗いた感じ、子野さんが他数人の女子達と談笑していようが……ぎ、ギリギリいける。
よし、いち・にの・さん! で中に入ろう……。
「(いち・にの・さん! ……今のは練習。よし、いけるいける)」
……今のは本当に練習だからな?次本番な?
「いち・にの……ふう」
ちょっと一呼吸。
「さん……!」
踏ん切りつけて俺が立ち入ったその瞬間、子野さんもこっちに気付いた。……子野さん『も』だ。
ジロッ
何故か教室のほぼ全員から見られた。
「(よ、よし、いち・にの・さん! で引き返すぞ……いち・ダメだ逃げろ!)」
俺は嫌な汗をかきつつ、命からがら教室から逃げ出す。
「……なんでこんな事になってしまったんだ。ちくしょー……」
こうなるのも仕方がないだろう。
「それにしても、一体なんであんな視線が……あっ」
俺は今更そこに思い至り、側頭部から生える二房の髪の束をむんずと掴んだ。
「あぁぁぁぁぁ……」
なんとなく脱力感に襲われ、その場にしゃがみこむ。
俺は人の視線を吸い寄せる金髪ツインテールというブラックホールを完全に失念していた。それはそうだ。俺だってそんな衝撃的なキャラクターがいきなり教室に入ってきたらガン見する。思い返せば、中には二度見していた人さえいたくらいだ。
問題なのは……つまり俺はあの教室全員の視線を集めながら子野さんに『友達になってください』しなきゃならない訳だ。
……なんだそれ死刑か!? いや公開処刑だこれ!?
「む、無理だ……」
今この時は諦めよう。時と場合を見て再チャレンジをしよう。
そう思って立ち上がろうとした時だった。
「ミカさん」
子野さんが教室の引き戸から半身を乗り出し、はにかみながらおいでおいでと手招きしていた。