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女になった俺、出会う

 あれから一週間の歳月が過ぎた。……つっても、歳でも月でもないんだけどな。日本語の乱れはさておき、一週間だ。


 俺は相変わらず学校に通いながらも、家では母さんや姉さんから女のなんたるかを教えてもらう日々を送っていた。


 その中には意外と簡単に馴染めたものや、元男の感覚として我慢や折衝が必要なものなど様々だ。中でも言葉使い、これが結構大変なんだ。


 自分でも不思議なんだが、男を好きになるほど女寄りに育っておいて、なんでここまでTHE() OTOKOオトコって感じの言葉使いなんだろうな? それこそ俺が男とくっつくところは想像(妄想)できても、俺自身が女言葉で喋ってるところは想像できないくらいだ。


 そんなだから、俺も最初はこのままの言葉使いで良いんじゃないかとは思ったんだけど、姉さんや母さん、ついでに親友曰く……


『人としてちょっと怖い』


らしい。


 ここで思い出して欲しい。この話の舞台はそこそこ寂れた地方の片田舎だって事を。これがもし自由とOMOTENASI(お・も・て・な・し)の国TOKYOなら俺の容姿だって大した個性じゃないだろう。けど、俺の故郷に住まう純朴な人々からしたら、金髪の吊り目ってだけで俺はヤンキー見えるらしい。


 話を戻すと、俺はここでは完全に『ヤンキーの俺女』だって事だ。全くそんなことないのに……。

 ともあれ、それで言葉使いだけはなんとかしようって事になった。その結果が……


「ミカ、この後暇ならどっか寄ってくか?」


「いえ、今日も母さんに早く帰りなさいと言われていますから」


「ん?そうか、まあ頑張れよ。じゃあな」


「はい……サヨウナラ……」


「……ぷっ」


「笑わないでくれ、ください……うぅ……」


 折衝案、敬語だ。俺が喋れる女らしい口調で、尚且つ怖くない口調。やってみたけど、実際はこのザマだよ……。


「くくっ……大変だなお前も」


 ガネの奴は茶化すようにニヤニヤしながら言うが、実際大変なんだよ。何せ気をつけなきゃならないのは言葉だけじゃない。


 そういう意味でなら歳月の如きこの一週間というのも、間違いじゃないかもな。ずっと男として生きてきた俺の頭は、女の体に追いつくためにフル稼働中だ。


 ただそれでも……俺の中にはぽっかりと空いたものがある。良く言えば充実しているんだろうこの日々でも埋められない隙間が。


 俺はこの隙間を埋めたくて……誤魔化したくて、自分からこの状況に身を投じたのかもしれないな。……はあ。


「あっ……」


 ガネと別れ、土足入れの前まで来てため息をついていた俺の耳に、呆気に取られたような女子の声が入った。それも聞き覚えのある。


「おっ」


 170cm近いやや高めの背、同学年を示す緑のリボン。


 振り向けばそこにいたのは、俺が女になったその日、放課後に廊下でぶつかったあの子だった。


 ヤンキーにも見まごう俺に睨まれた上に、手を振り払われたあの子だった。……あの時はマジでごめん。それと……すっかり忘れてた。ごめん。


「ご、ごめんなさい……」


 と思ったら、先に謝られちゃったよ。










「わ、わたしはこれで……!」


 彼女は俺のことがよほど恐ろしいのか、謝るなりそそくさと俺の横を小走りで抜けようとする。


 ……俺ってそんなに怖いの?あ、尚更怖くないって誤解は解いとかないとな。


「あ、待って……ください」


 肩を掴んで引き留める……のは怖いよな。俺はブレザーの袖口を摘んで引き留める。


「はわっ……」


「すみませんでした!」


「え……」


 なんかもう怖がり過ぎてかわいそうだから、一口目で頭を下げて謝ってみる。……かわいそうだからって、そもそも俺のせいなんだけどな……。


「あの、あの時ぶつかったのも走ってたおr……私が悪かったのに、えっと、俺、じゃない、私、あの時イライラしてて……ああ、違う」


 なんか言い訳がましくなってしまう。けど失恋した上にあなたの女性らしさに嫉妬しましたなんて本当の事、とても言えたもんじゃ……。


「あ、はい」


「あの、だから、えー……本当にすみませんでした」


 もう分かんねえからとりあえず頭下げとけ!


「……」


 た、足りないのか!? こうなりゃDOGEZAを……!


「よかったあ〜……」


「……ん?」


「あっ、ごめんなさい、わたしてっきり怖い人に目をつけられたのかと……」


「あ、そうですよね……金髪怖いですよね……」


「そ、そんなことない……です。初めて見たときから綺麗だなって思ってました」


「そうですか?」


 そりゃあ世にも珍しい天然(?)ブロンドだから、染めたものとは違うのかもしれないけど。


「うん、地毛……ですよね?それ」


「た、多分」


 毛の色どころか性別すら偽物の可能性があるけどな!


「……ちょっとだけ、触ってみて良いですか?」


「ん……どうぞ」


 別にそれくらいなら。俺はちょっと頭前に出してやった。すると、彼女も俺に正面から近寄って手を伸ばしてきた。


「ありがとう……わあ、すごいつやつや……」


 俺の目の前にはブレザーとシャツを押し上げる膨らみ。……俺よりでかいか。


「すごい、本物なんだ」


 いや、偽物かもしれない。何せ女は服の下に着けている……そう、これは胸の形ではなくブラの形。


「本当につやつやなのに、やわらかい……」


 本当はやわらかいのに、硬いんだろうなあ……。


「あっ! ごめんね、わたしつい夢中に……」


「はっ! いやこちらこそ!」


「え?」


「ナンデモナイヨー」


 夢中になってもいいじゃないか。夢は持ってなんぼさ。


「あっ!」


「ひいっ、ごめんなさい! 通報だけは何卒……」


「名前、わたし子野(ねの) 利良としら


 ああ……。


「鹿襟 巳方です……どうぞよろしく」


 ちょっとだけ心臓に悪いことはあったけど、俺はこうして子野さんとは和解できた。


 俺はそれから子野さんとちょっとだけ話して、帰路についた。帰って母さんが小言を垂れたけど、その日の俺の機嫌は終始良かった。どうも勝手に変わってしまった事ながら、自分の金髪が褒められたのが嬉しかったらしい。


 けど、俺はこの時まだ気付いていなかった。気分が良かった直接の原因は褒められた事自体ではなく、埋まらなかった自分の隙間にあったのだと。

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