女になった俺、振られた
昼休みの玉砕。
そのショックは五限、六限の授業を突っ切り、放課後になっても俺は立ち直れないでいた。
「うええ……振られた……ぐすっ……うえええ……」
「なあミカ……いい加減泣き止めよ」
こんなんで一応なぐさめてくれてるらしい。この親友は。
「ぐしゅっ……うぅ……ガネぇ……」
顔を上げればそこに居るのは親友の小金 申太だ。こいつはこいつで何かとカッコイイ男だ。が、残念ながらルックスは俺の好みではない。背丈は小柄で、キノコの傘を思わせる髪型に丸眼鏡。
なんでこんなカッコしてんだこいつ……ともあれ、こいつは友人としては最高だろう。何せ俺の質を知り、尚且つ友人で居られる稀有な人物だ。そして今も、突然金髪の少女になった挙句に玉砕した俺を慮ってくれてる。
それはそれは有難い事さ。俺は友人には恵まれてるらしい。……でも……
「でもおおおぉぉぉぉ……」
この傷は埋められそうもない。致命傷だ。
「はあ……」
「なんでだ、なんで振られるのおおぉぉお……」
これが分からない。マジで。
「そりゃお前……なあ、ただでさえ男に女が告白したところで100%成功する訳じゃないだろ?」
「でもお……こんな金髪美少女が告白したのに……」
「自分で言うなや……それに美少女が机に鼻水垂らすな、糸引いてんぞ」
ずびびっ
「うぅ……ちくちょう、もうお前で良いや……ガネ、お前俺を貰ってくれ」
「何言ってんだお前」
「くぅ……うぅ……お前もそうやって元男は嫌だって言うんだあ……」
「は?お前もって」
言われた訳じゃない。けど……
「お前、自分が男って言っちゃった訳?」
「だって、だってええええ」
好きな人にそんな重要な事を隠し通す不誠実……俺にはできなかっただけなんだ。
「あほくさ。なんでそれでいけると思ったんだよ。男だぞ?」
「うわあああん……女だもん……こんな柔らかいもん……」
ふよふよ
「まあ乳はな……いや、お前それさ、そのカッコもだよ」
「ぐすっ、へっ?」
か、カッコ?
「学ランじゃん」
「うん」
「口調まんま男じゃん」
「うん」
「からの男宣言……お前女になって告白した意味あったのか?」
あ、あああ……俺って本当に馬鹿……。
俺が泣いて喚いていたのは、諦めという心の整理がついていなかったからだ。けど、教室が薄暗くなって運動部の奴らも帰った頃、涙も引っ込んだ。
ガネの奴は先に帰った。こんな俺に散々付き合ってくれただけでも有難いもんだ。
そして俺も席を立った。
白い蛍光灯に照らされた廊下を歩く。なんだろうな、この気持ちは。昼間から……もう六時か。そんだけ泣いて泣いて……それから俺の心はどうなってるんだ?
昨日まではそう、日常の中に真っ黒いものが渦巻いていた。今朝にはアレだな、バラ色。
今は……駄目だな、色では表せない。てか、空っぽだな。なんだか、乗り越えたスッキリした感じとは違う。どころか、この空っぽにイライラとした焦りすら感じてる。言葉にするなら
「虚しい……」
男でもなく、女にはなりきれない。それで恋に敗れる、当然の帰結。でも、これは俺が願った答えの一つなんだ。
なのに、虚しい。……じゃあ、俺の願いは一体なんだったんだ!?
気がついたら、廊下を全力で走っていた。
「うおっ!」
「きゃ!」
案の定、曲がり角で人とぶつかってしまう。男としての俺は中背中肉だったけど、俺こと美少女の体はかなり軽いらしい。
何せ先に上がったまんま男の悲鳴が俺の、後者は女の子だったにもかかわらず、俺は一方的に吹っ飛んでは尻を打った。
「ってて……」
「ご、ごめん! 大丈夫……ですか!?」
学校の制服であるブレザーに身を包む、やや背の高い女子がこちらに手を差し伸べてきた。
この時、俺は一瞬のうちに彼女に嫉妬したんだと思う。差し伸べられた手は白く、しなやかだ。女性らしい体は生まれ持ったものだろう。屈んだことで目の前に垂れてきた黒髪を耳にかけてどける仕草も、女として生まれてきたから……女として生きてこれたから……。
イライラしてて冷静でも無かった俺はつい、差し伸べられた手を乱暴に振り払ってしまった。
「ご、ごめんなさいッ……!」
「あ……」
やっちまった。
そう思った時にはもう、その人は踵を返して廊下の向こうに走り去っていた。
あの娘には悪いことをしたと思う。ぶつかった所からおおよそこっちが悪い。その上……多分怖かったろうなあ……。
今朝になって女になって、自分の事について確認したのは何も、胸の柔らかさだけじゃない。俺は確かに美少女なんだが顔はどうも、吊り目で気の強そうな感じだ。
そんな奴が差し伸べた手を振り払って睨んで来たら、そりゃ怖い。
「緑のリボンって事は同学年か……今度謝りに行こう」
しかしまあ、あの娘には悪いけど頭は冷えた。
相変わらず、失恋のダメージは虚しい。俺は空っぽだ。でも
「空っぽだから、これから何にでもなれるよな」
俺は急いで家路についた。今度はぶつからない様にな。
俺は女になったその日に頼み込んだとも。
家族の俺から見ても、二人は超が付くような美人だ。
片や俺の姉、鹿襟 美卯。俺の二つ上の大学生だ(あ、俺は高校生な)。茶色く染めたショートヘアに、こぼれおちそうな大きな瞳は愛嬌を誘う。出るとこは出ててスタイルも良い。その上、将来服飾関係の仕事に就くべく勉強中の姉さんは、とてもファッションな人間だ。それでどうなるかって言うと、めちゃくちゃモテる。
片や俺の母、鹿襟 龍華。なんか強そうな名前だが、滅多に家に帰らない父さんに愛想も尽かさない優しい母だ。それで俺の母さんであると同時に、やっぱり姉さんの母さんだな。今更なんだが、大学生と高校生になる子供二人居て、その若さとスタイルの良さはどうなんだ? 母さんは美魔女だ。顔は姉さんにそっくりだが、纏う雰囲気はどこか穏やかで、長い黒髪を結い上げた姿はどこぞの若奥様だ。それでも魔女は、魔法を学んだから魔女になれるんだろう。
そんな二人だから、俺は頼める。いや、自分で言ってて再確認した。この二人以外には頼めない!
体だけが女の、中途半端な俺が俺になるために……頼む!
「母さん、姉さん……俺を女にしてください!」
「「喜んで!」」
善は急げとも言うからな。
それにしたって、この即答。普通は戸惑うところだろうけど、母さんと姉さんは俺を受け入れてくれた。
実のところ、ここ最近は俺もちょっと心がささくれ立ってた。そりゃあそうさ、俺は、俺の生まれた全てを呪ってた。大人しい性格だけに手を出すような事は無かったけど、家族に対する意識は冷ややかだった。
そんな俺をこうして受け入れ、あまつさえ俺の願いに協力してくれる。
俺は良い家族を持った。本当に幸せ者だ。だから……
「アンタらそれで良いんかい……」
だから、そんな顔するな婆さん。
俺はなるぜ。一人前のレディーに!