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女になった俺、どうして女になった?

 あれから、俺はすっかりふさぎ込んだ。


 自分が分からなくなって、だからどうしたら良いのか分からなくなった。


 一度は野暮だと言ってわきに置いておいた。完全に偶然の産物で、降って湧いた幸運だと思っていた。

 でもそれに意味があるなら、教えてほしい。


 俺はどうして女になったんだ。


 ……いや、本当はそんなこと、言っても仕方ないのは分かってる。

 問題は俺の方だ。


 馬下のことは男だったときから好きだった。あの気持ちは嘘じゃない。

 それを知ってるから、子野さんに向いたあの想いも本当なんだ。


 俺は知らないうちに、朗らかで、力強くて、ひたむきな、あの娘を好きになっていた。


 だから分からないんだ。


 男で、男を好きになって、女になって、女の子を好きになった。


 俺は、一体なんなんだ。


 














 ノックもなく部屋のドアが開く音。

 布団に包まるように丸まった俺は見ようともしないが、足音はそのまま部屋に踏み入る。


巳方(みかた)、あんた学校は」


 行きたくない。

 行くべきだろう。けれど、どんな顔して、どんな気持ちで表に出たらいいのか分からない。

 何者として過ごせばいいのか分からないんだ。


 それは家族にだって同じだ。


「そんな行きたくないならそうしてな。そんでも飯くらいは食え」


 布団のすきまからダシの匂いがする。


「……」


 正直、腹はとても減った。

 最初はささくれ立った胸の奥に食欲も湧かなかったし、その後も家族と顔も合わせられなくて、しばらく何も食べていない。


 それでも布団を退ければそこにいる婆さんに、俺はどんな顔を見せたらいいのか分からない。


 そんな事を考えていたら、正直な腹が大きな音を立てた。

 俺は布団の中で一人赤面した。


「食べれ?」


「……うん」


 観念して布団から出る。


 七十も近い俺の婆さん、鹿襟(かえり)虎子(とらこ)はベッドの横に立って俺を見下ろしていた。

 歳の割に妙に伸びた背筋と、頑固そうに下がった口角までいつも通りだ。


 その手には良い匂いの元。茶碗に入った卵お粥が差し出された。


「ほれ」


「……ごめん」


 俺はろくに目も合わせられず、茶碗だけ受け取った。


「飯食って悪いなんてことはないよ」


 お粥をスプーンですくって食べると、カツオダシの風味と優しい卵の味。うまい。

 飲み込めば体が少しずつあたたまる。


 自然と顔がほころんだけれど、同時に、胸の奥から何かが吐き出されるようだった。


「俺、どうして女になったのかな」


 お粥を食べ切った俺の口から、ポツリとこぼれた。


「あんたが女になりたかったからだろうに」


 誰に言ったでもなく口をついて出た言葉に、婆さんは即答した。


 そういうことじゃないんだけどなと、俺はいつの間にか、自分が苦笑していることに気付いた。

 俺はどうやら、誰かに自分の気持ちを知って欲しかったらしい。


「そういうことじゃないよ。俺が女になったことに意味があるのかなって」


 そう返すと、婆さんは数拍の間固まる。

 かと思えば、でっかいため息をついたのだった。


「あんた……馬鹿だねえ」


 よく言われるけど、納得いかない。

 俺が眉尻を下げていると、突然、婆さんは怒鳴り始める。


「人のせいにばっかりしてるんじゃないよ!」


 突然の事に面食らう俺をさしておいて、婆さんは続けた。


「だから聞いただろうに、あんたらそれで良いのかって。あんた自分で望んで、家族巻き込んでまで女になろうとしたんだよ」


 それは……たしかにそうだ。


 俺は女に憧れたから、一番尊敬する女性である姉さんと母さんに頼み込んだんだ。

 他ならぬ自分で憧れて、自分で頼み込んで。


 たしかに、バカだよな。

 責任の所在は全部俺自身だ。結局は、自分でやったことに自分で悩んでただけなんだ。


 それでも、俺は子野さんが好きなんだ。そのことを考えると……


「俺はもう、女として生きるしかないのかなあ……」


「別にどうだって良いでしょうが、そんなもの」


「よく、ないよ……」


「龍華さんや美卯を見て女がよっぽど良いものにみえたんだろうねえ。なら聞くけどね巳方、女ってなんだい?」


「……わからない。わからないから教えて欲しかったんだし」


「分かる筈がないだろうに、そんなもの。良いかい巳方、この世の中にはね、女なんて生き物は居ないんだよ」


「えっ?」


「大体何かも分からないものをどうやって目指すんだい。あんたの言う女なんてものは、ち◯ぽ付いてない人間に他人が見た夢だよ」


「……」


「あんたが龍華さんや美卯に教わってたのは、ただの生きるすべ。あんなもんでは、あんたの夢は満たされないよ」


 雷に撃たれたようだった。そして、その衝撃で目が覚めた。


「あの娘たちはしっかり生きてる。羨んだんだろう。巳方、あんたが見た夢に近付きたいなら、あんたも自分でしっかり生きなさい」


「自分で……」


 自分で、か。そうだな。


 俺はずっと、人を羨んでいたのか。

 ずっと小さい頃にスカートを履きたいと言った日から。女性に囲まれて育っているうちに、自分に無いものを欲しがってきたんだな。


 でも――


「そっか、自分なりでいいんだな」


「最初からそれしかないだろうに」


 婆さんは呆れ顔。困った子を見るような目ってやつで、俺を見ていた。


 まあ、実際困ったやつだしな……自分で言うのもなんだけどさ。


「……母さんたちに謝ってくるよ」


 とりあえず、色々と迷惑はかけたんだ。


 俺は部屋から出て、二人のところへ向かった。

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