女になった俺、自覚
俺は試合の進行もはばからず、一人しゃがみこんで顔をおおっていた。
「はああ……もうやだあ……」
本当に、本当に本当にどうしてこんなことに……。
それなりに恥の多い人生を送ってきた自覚はある俺だけれど、今回は本当に数年分の恥をかいた気分だ。
ここに居るほぼ全員が注目する中、頑張れの一つもまともに言えないなんて……。
「死にてえ……」
「まあまあ、元気出してぇ。良かったよぉ。ミカちんの応援」
そういって俺の頭をなでつける花路さん。鼻にはすでにティッシュが詰まっている。
いや、ほぼ100%この人のせいでこうなってるんだけど。
俺はつり目を最大限つり上げて不服を申し立てるが、変態には効かないらしい。切れ長な目を弓なりに曲げて、コロコロと笑うだけだった。
「ふひひ、もう一回やらなあい?」
「絶対やだ」
「そっかぁ、でも効果はテキメンらしいよぉ」
「えー……」
ギャラリーから顔をのぞかせてみると、まるで一つの生き物みたいにボールを回す選手たち。そのさらに奥にスコアボードが見えた。
「17対9……?」
「決定力が先程とは段違いに高い。子野さんのアタックを、相手はほぼ防げていない」
どうやら子野さんの調子が良いのは、馬下からしても明らからしい。
まさか本当に……いやいや、まさかそんな。
「だが相手も手強い。エースアタッカーが後ろに下がれば逃すまいと、驚異的なねばりで流れを取り戻そうとしている」
「んん~、大丈夫だよぉ完ちゃん」
「か、完ちゃん……? ……ま、まあいいけど、何か根拠が?」
「子野っち、楽しそうだしぃ」
花路さんの言葉に、馬下は眉をひねって苦笑いするだけだった。
けれど、俺も花路さんとは同感だ。実際にコートの上の子野さんは、とても楽しそうに見えた。
こちら側のコートでトスが上がる。待ちかねていたように、後衛の子野さんが助走をつけた。
……あれ? スパイクって前衛じゃないと打てないんじゃ?
俺の疑問をよそに、子野さんはコートの中ほどで踏み切る。
人ってあんなに跳べるんだな。そんなことを考えているうちに、腕が振り抜かれた。
相手の前衛は反応もできず、打たれたボールはすごいスピードで相手のコートに落ちた。
「バックアタック!」
「ねぇ、だから言ったでしょぉ」
馬下と花路さんの言葉は俺の耳に入らなかった。
ただ、目が離せなかった。
不意に、子野さんがこっちを見る。当然、目が合う。
子野さんはにっこりと笑った。
試合が終わりしばらくして、俺達は会場の体育館を出た。
「いやぁ、ミカちんお疲れさん」
「本当にね」
おかげさまで、本当にひどい目にあった。
「ま、まあ、良い応援だったよ」
と、馬下の気遣い。本当やさしいよなあ……。
「ん、ご苦労さん」
と、親友。こんなんでも一応こいつなりの……。
「そういえばお前、途中から妙に静かだったような」
「ああ、ちょっと他人のふりをな」
「お前えええええええ! 一人だけ逃げたなあああああ!!!」
あれから、子野さんの活躍によって試合は勝ちで終わった。
代償に俺が赤っ恥をかいたわけだが、なんとこいつだけは他人のふりしてやり過ごしていたらしい。
腹いせに肩をつかんで揺さぶってやるが、当の本人はニヤニヤとして反省の色が見られない。裏切り者め。
「あ、出てきたよぉ」
目を向けると、バレー部の面々が続々と会場から出てくる。
そこには子野さんの顔もあった。……身長でさがしても見つからないからな。
「あっ、ちょっといいですか?」
「さっきの友達か。早めにな」
子野さんは他のバレー部の人と一言、こっちに駆けてきた。
「ミカさーん」
「わっ」
駆けてくるなり、両手で俺の頭をなでつけてきた。
「応援ありがとね~」
なでなでなでなで
上目に顔を見上げる。
本当に、表情豊かな人だ。緊張して近寄りにくそうにして、真剣さの中でも楽しそうにして。今だって、その笑顔は華やかと言っていい。
どれも、本当に魅力的だ。
そんな人を目前にする今の俺の気持ちは……この気持ちを、俺はもう知っている。
「ねえ、また応援に来てよ!」
「……」
知っているから、俺はとても笑えない。
「……ミカさん?」
「……うん、また行くよ」
「どうしたの? もしかしてさっきの――」
「なんでもない」
丸い瞳が、心配そうに覗きこんでくる。
「あの、いやなら――」
「なんでもないって!」
口をついて出てしまった声に、我に返る。
いや、気が動転した。
どうしていいか分からなくて、俺はそこから走り去った。