女の子になったあの子と、わたし
おや、サブタイの様子が……
きっと向いてない。
わたし、子野利良はそう思う。
運動神経だけは昔から良かった。運動が得意だからスポーツはもちろん、体を動かす遊びも好きだった。
中学の部活でバレーボールに出会って、のめりこむのは直ぐだった。サーブが、アタックが、レシーブが、バレーボールが上達していくのがただひたすら楽しかった。
ある時から、わたしは少しずつ背も伸びていった。一生懸命に練習もしたから、上手さでも一番になった。
自然と、ボールはわたしに集まるようになった。
最初は楽しかった。
誰も私に打たせてくれる。それが試合でも、高く跳んで相手のコートにボールを落として、もし相手がついて来ても、ブロックを打ち抜くことができればそれでよかった。
けど、そんな風にわたしが楽しんでいると、つまらなそうに言う人がたまに居る。
『才能には勝てない』
とか。
『大差で勝って喜んでる』
とか。
なんのつもりだろう。本人は頑張った結果だと思ってるのに。
それは相手チームの人だけじゃない。同じチームの中でも、似たようなことを言われることがあった。
本当になんのつもりだろう。そんなつまらなそうに練習して、上手くなる気があるのかな。大きい体で悩んだことがあるのかな。
バレーボールを辞めるつもりはなかった。それでもそんな声を聞きたくないわたしが選んだのは、身の置き場所を変える事だった。
強豪校のチームなら、みんなわたしと同じくらい努力しているはず。僅かな才能なんて、埋もれてしまうはず。大差で勝ってしまっても、それはみんなが強いせい。
そしてわたしは、今こうしている。
結果、あんまり変わってない……って、訳でもないかな。
『君の才能があれば上を目指せる』
『エースアタッカーとしての自覚を持て』
才能は独り歩きしてわたしを引きずる。わたしがバレーボールをするのは、いつの間にかわたしの為ではなくされていた。
辺りを見渡してみる。こっちを見てる誰も、自分たちが望むわたししか見ていない。
みんな勝手だ。だから、わたしはもう気にしない。
わたしはボールと、ボールを落とすところだけ見ていればいい。人は勝手にエースアタッカーでもなんでも幻視してればいい。それがお互いに一番楽しいはずだから。
けど、こんなのが一番楽しいなんて、つくづく向いてないのかもね。
そして、わたしはつまらないコートに足を向けた。
「子野っちいいいいいい! こっち見ろおおおおおおおお!!!」
思わず上を見ると、いくつか知った顔があった。声の主の花ちゃんと、小金くんと、ミカさんだ。……すぐ横の大きい人は誰だろう?
それより、今の大声は明らかにわたしを呼んでた。
一体どうしたんだろう。花ちゃん……変な子だとはいつも思ってたけど、まさか本当におかしくなっちゃったのかな……。
「いや、……には……が」
「なんでも……って……よね」
場を忘れてついそんなことを考えていると、花ちゃんとミカさんで何か話し始める。
するとミカさんがこっちを見て、わたしと目が合った。
なんだろう。何かあるのかな。
じっと見ていると、ぎゅっと目をつぶって大きく息を吸い始めた。
……。
……で、吸った息どうするの? なんか踏ん切り付かなそうにプルプルしてるけど……あ、そのまま吐くんだ。
そこからさらに一呼吸置いて、ミカさんは……。
「が、がんばれぇ~……」
真っ赤な顔で、ふるえた声をしぼり出した。
ミカさんはそのまま、しゃがみ込んで顔を隠す。
……本当にかわいい人だなあ。あれでこの前まで男の子だったなんて信じられないよ。
「あれは……恥ずかしいな」
ミカさんの消えたギャラリーを眺めていると、横から声がかかる。
「主将」
「応援にはプレーで応えろ」
主将はわたしの肩を叩いて、セッターの位置に向かった。
「応援に応える……」
ミカさんは誰がどう見ても美少女だ。女の子でも見とれるきれいな金髪と、整った顔立ち。男の子ならほっとかないんじゃないかな。
でも、本当はもともと男の子で、でもでも、そのきれいな顔に視線が集まるだけで泣き出すくらい気が弱い子。
それなのにあんな風に応援して。見てない人、ほぼいなかったんじゃないかな。
応援に来てとは言ったけれど、そこまでしてとは言ってない。
言ってないけど、悪い気はしない。
ああまでしてくれた人にわたしは――
「子野っ!」
主将からトスが上がる。
いつもの様に体が覚えたタイミングで跳んで、わたしは前を見た。
本当は分かってる。相手のセンターはわたしよりも高いし、スパイクにも負けない。
だから誰よりも練習したスパイクで、腕のすきまを打ち抜いた。
「やればできるじゃん」
1点とって、主将が背中を叩きながら言う。
「でももっとできるだろ」
一応うなずいておく。できるとは限らないけど、挑戦はできる。
わたしにできるのは目をつむる事じゃない。
怖いのも構わずにわたしのために応援してくれた、そんな人に応えたいわたしができる事。それは同じく立ち向かうこと。ちゃんと目を開くこと。