女になった俺、観戦する
やってきた体育館は見上げるように大きかった。まあ、体育館なんて用事がなければ来ないし、用事も滅多にないからな。遠くから見たことはあったが、改めて近くで見てみるとってやつだ。
中に入ってみれば、既にいくつかの試合が行われているらしい。俺たちが居るのはギャラリーだが、外とは違う熱気の様なものを感じた。恐らく気温はそう変わらないはずなのに、だ。
「子野さんは?」
「もうすぐだろ」
ガネの言う通り、程なくしてうちの学校の名前がアナウンスされ、一つのコートで人が動き始めた。
俺は上のギャラリーから、あの長躯を探した。
「あっ、いたよぉ子野っち」
「えっ、どこ?」
先に花路さんが見つけた様だが、俺にはまだ分からない。
花路さんが指差しで示したところ、ようやくその人を見つけた。
「ああ、居た……あれ?」
俺は違和感に首をかしげる。何かがおかしい。コートで練習を始めた子野さんを見てみるが、特に変わった所は見当たらない。
釈然としないまま、試合は始まった。
「ああ」
俺がそれに気づいたのは、相手コートからサーブが放たれる直前だった。
相手の選手が飛び上がり、全身を弓にして矢を放つようにボールが打たれる。
間近で見るとサーブからすごい迫力だ。しかし、コートに深く突き刺さろうとしたサーブはその前に受け止められる。
浮き上がったボール。たっぷり3秒にも満たないその間に回り込み、トスが上がり、前衛に付いていた子野さんが跳び上がる。
「高っ!」
上から見ても高いと思えるバレーボールのネット。そこから頭が出る程の高さから、子野さんが腕を振りぬいた。
しかし、ボールは相手の前衛の腕に阻まれ、ホイッスルが鳴る。
得点版の相手側に1点が入った。
「すげえなアレ」
「ああ、まるで壁だ」
ガネも馬下も、俺と大体似たような感想らしい。
子野さんのアタック「スパイクね? ミカちん」あ、うん、ありがとう花路さん。でも心読まないで。……子野さんのスパイクの打点は素人目に見ても高い。けどそれ以上に、相手も高い。
いや、相手に限った話じゃない。子野さんの身長が目立たない位に、コート内が全体的に高い。道理で身長で探しても見つからないはずだよ。
「しかし相手もかなりつええな。子野さんってエースなんだろ?」
「ああ、流石は県内二強だ。かなり苦しい戦いになりそうだ」
「でもサーブはきっちり取れてるし、まけてないよぉ」
……。
「まあ、始まったばかりだしな」
「しかし流れはなんとか取り戻したい所だ」
なんだろう、この、ものすごい置いてけぼり感。
横で進む会話になんとも言えない気持ちで居ると、花路さんがぽんと肩をたたく。
なんか、すっごい優しい顔をされた。うん、心読まないで。
よそ見をしていると、ホイッスルの音に驚かされた。
はっとして目を戻すと、相手に1点が追加されていた。
そこから、じわじわと点差の開く試合展開になっていった。
チームの間でそう実力差があるようには思えなかった。それでも得点が続かず失点の続くこの状況は、馬下の言う所の流れというものだろうか。
そして少なからぬ点差で、1セット目は相手のものとなった。
コートチェンジのインターバル。1セット目を落として、こちら側には膝に手をついたり、下を向いてから動き出す中、子野さんだけは違った。
いつもの感情豊かな空気が一切伝わってこない。相手のコートを見つめたのは一瞬だったけれど、その間、周囲にはピリと張り詰めた空気が伝播した。
きっと集中しているんだ。
コートに立つだけであそこまで変わるんだなと俺が思うと、馬下も「すごい集中だな」とこぼした。どうやら同じことを考えているらしい。
「うーん、あれ多分緊張してるだけだよぉ」
「……そうなの?」
「うん……子野っちねえ、あれで結構小心者なんだよねぇ」
花路さんの言葉は良くも悪くも正直だ。多分、嘘でそんなことを言ってるわけじゃない。
それに、思い当たる節はある。
「『気持ちはわかる』か……」
「実力はすごいんだよぉ。うちの学校もかなり強豪なのに、その中でエースアタッカーを、しかも二年生で任されてるんだからねぇ」
……まじで?
「男子並みのフィジカルと運動センスで、相手のブロックした腕を逆にはじき返すという話だ。将来も有望視されているらしい」
と、馬下。なにそれこわい。
「けどねぇ、だからこそプレッシャーも大きいはずだよぉ」
周囲からの視線。加えて期待。
あのとき、子野さんは俺に共感してくれた。その上で、今この状況は俺だったら……。
『それならもういっそ、気にしないとか』
集中してるんじゃない、全部遮断しようとしているんだ。
チームプレイの中で、何者も寄せ付けない空気を振りまきながら。他ならぬエースアタッカーが。
「アタッカーは恐れ知らずに叩き込んでなんぼだからねぇ。いまのままじゃ、ちょっときついかもねぇ」
やがてインターバルも終わり、コートに向けて人が動き始める。状況は良くなさそうだ。でも、ここから俺にできることなんて「あるよぉ」……だから心読まないでって。
「ミカちんの大声援で子野っちの目を覚ましてやればいいよぉ」
「はあ?」
いや、何言ってんだ。本当に。てか大声援て。
俺は周りを見渡す。流石に強豪校同士の試合とあってか、ギャラリーにも観戦の人の数は多い。
大声援。この状況で。
「い、いや、俺にはちょっと難易度が」
この人目の中で? いや、恥ずかしいのはもちろんだけれど、それ以前に子野さん完全に遮断モードだから応援したところで届かないかもしれないし、いや、そもそも応援ならベンチでも「ミカちん」……。
そういって、花路さんはすうと大きく息を吸い始めた。
おいまさか……。
「子野っちいいいいいい!こっち見ろおおおおおおおお!!!」
しんと静まり返る会場。声のした方、こちらに集まる視線。
下のコートでは、子野さんがぽかんとこちらを見上げていた。
「さ、ミカちん」
なんだ、やれってか? この状況でか!?
「ちょ、ちょっ――」
「ミカちん」
そして花路さんは万遍の笑みでその言葉を口にする。
「なんでもするって、言ったよねぇ?」
……こ、この変態!