表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

女になった俺、観戦する

 やってきた体育館は見上げるように大きかった。まあ、体育館なんて用事がなければ来ないし、用事も滅多にないからな。遠くから見たことはあったが、改めて近くで見てみるとってやつだ。


 中に入ってみれば、既にいくつかの試合が行われているらしい。俺たちが居るのはギャラリーだが、外とは違う熱気の様なものを感じた。恐らく気温はそう変わらないはずなのに、だ。


「子野さんは?」


「もうすぐだろ」


 ガネの言う通り、程なくしてうちの学校の名前がアナウンスされ、一つのコートで人が動き始めた。

 俺は上のギャラリーから、あの長躯を探した。


「あっ、いたよぉ子野っち」


「えっ、どこ?」


 先に花路さんが見つけた様だが、俺にはまだ分からない。

 花路さんが指差しで示したところ、ようやくその人を見つけた。


「ああ、居た……あれ?」


 俺は違和感に首をかしげる。何かがおかしい。コートで練習を始めた子野さんを見てみるが、特に変わった所は見当たらない。

 釈然としないまま、試合は始まった。


「ああ」


 俺がそれに気づいたのは、相手コートからサーブが放たれる直前だった。

 相手の選手が飛び上がり、全身を弓にして矢を放つようにボールが打たれる。


 間近で見るとサーブからすごい迫力だ。しかし、コートに深く突き刺さろうとしたサーブはその前に受け止められる。

 浮き上がったボール。たっぷり3秒にも満たないその間に回り込み、トスが上がり、前衛に付いていた子野さんが跳び上がる。


「高っ!」


 上から見ても高いと思えるバレーボールのネット。そこから頭が出る程の高さから、子野さんが腕を振りぬいた。


 しかし、ボールは相手の前衛の腕に阻まれ、ホイッスルが鳴る。

 得点版の相手側に1点が入った。


「すげえなアレ」


「ああ、まるで壁だ」


 ガネも馬下も、俺と大体似たような感想らしい。

 子野さんのアタック「スパイクね? ミカちん」あ、うん、ありがとう花路さん。でも心読まないで。……子野さんのスパイクの打点は素人目に見ても高い。けどそれ以上に、相手も高い。

 いや、相手に限った話じゃない。子野さんの身長が目立たない位に、コート内が全体的に高い。道理で身長で探しても見つからないはずだよ。


「しかし相手もかなりつええな。子野さんってエースなんだろ?」


「ああ、流石は県内二強だ。かなり苦しい戦いになりそうだ」


「でもサーブはきっちり取れてるし、まけてないよぉ」


 ……。


「まあ、始まったばかりだしな」


「しかし流れはなんとか取り戻したい所だ」


 なんだろう、この、ものすごい置いてけぼり感。

 横で進む会話になんとも言えない気持ちで居ると、花路さんがぽんと肩をたたく。

 なんか、すっごい優しい顔をされた。うん、心読まないで。


 よそ見をしていると、ホイッスルの音に驚かされた。

 はっとして目を戻すと、相手に1点が追加されていた。


 そこから、じわじわと点差の開く試合展開になっていった。

 チームの間でそう実力差があるようには思えなかった。それでも得点が続かず失点の続くこの状況は、馬下の言う所の流れというものだろうか。

 そして少なからぬ点差で、1セット目は相手のものとなった。


 コートチェンジのインターバル。1セット目を落として、こちら側には膝に手をついたり、下を向いてから動き出す中、子野さんだけは違った。

 いつもの感情豊かな空気が一切伝わってこない。相手のコートを見つめたのは一瞬だったけれど、その間、周囲にはピリと張り詰めた空気が伝播した。

 きっと集中しているんだ。

 コートに立つだけであそこまで変わるんだなと俺が思うと、馬下も「すごい集中だな」とこぼした。どうやら同じことを考えているらしい。


「うーん、あれ多分緊張してるだけだよぉ」


「……そうなの?」


「うん……子野っちねえ、あれで結構小心者なんだよねぇ」


 花路さんの言葉は良くも悪くも正直だ。多分、嘘でそんなことを言ってるわけじゃない。

 それに、思い当たる節はある。


「『気持ちはわかる』か……」


「実力はすごいんだよぉ。うちの学校もかなり強豪なのに、その中でエースアタッカーを、しかも二年生で任されてるんだからねぇ」


 ……まじで?


「男子並みのフィジカルと運動センスで、相手のブロックした腕を逆にはじき返すという話だ。将来も有望視されているらしい」


 と、馬下。なにそれこわい。


「けどねぇ、だからこそプレッシャーも大きいはずだよぉ」


 周囲からの視線。加えて期待。

 あのとき、子野さんは俺に共感してくれた。その上で、今この状況は俺だったら……。


『それならもういっそ、気にしないとか』


 集中してるんじゃない、全部遮断しようとしているんだ。

 チームプレイの中で、何者も寄せ付けない空気を振りまきながら。他ならぬエースアタッカーが。


「アタッカーは恐れ知らずに叩き込んでなんぼだからねぇ。いまのままじゃ、ちょっときついかもねぇ」


 やがてインターバルも終わり、コートに向けて人が動き始める。状況は良くなさそうだ。でも、ここから俺にできることなんて「あるよぉ」……だから心読まないでって。


「ミカちんの大声援で子野っちの目を覚ましてやればいいよぉ」


「はあ?」


 いや、何言ってんだ。本当に。てか大声援て。


 俺は周りを見渡す。流石に強豪校同士の試合とあってか、ギャラリーにも観戦の人の数は多い。

 大声援。この状況で。


「い、いや、俺にはちょっと難易度が」


 この人目の中で? いや、恥ずかしいのはもちろんだけれど、それ以前に子野さん完全に遮断モードだから応援したところで届かないかもしれないし、いや、そもそも応援ならベンチでも「ミカちん」……。


 そういって、花路さんはすうと大きく息を吸い始めた。

 おいまさか……。


「子野っちいいいいいい!こっち見ろおおおおおおおお!!!」


 しんと静まり返る会場。声のした方、こちらに集まる視線。

 下のコートでは、子野さんがぽかんとこちらを見上げていた。


「さ、ミカちん」


 なんだ、やれってか? この状況でか!?


「ちょ、ちょっ――」


「ミカちん」


 そして花路さんは万遍の笑みでその言葉を口にする。


「なんでもするって、言ったよねぇ?」


 ……こ、この変態!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ