女になった俺、応援しに行く
都内とかだと、電車は乗り過ごしてもすぐ来るものらしいな。
一度に一体いくつの電車を走らせたらそうなるのか、俺には想像もつかないが、ここではそうじゃない。
仮に乗り過ごしでもしてみれば、一時間単位のタイムロスだ。
故に、きっちりマイペースな各駅停車の車内。
「次。次で降りるぞ」
時間や停車駅に敏感になるのは仕方ない。
「分かってるから……何度目だお前」
ガネよ、それで失敗しても俺は助けられないからな。
「子野さんに吹っ飛ばされても知らないから」
「お前何気に失礼な奴だよな」
あ、うん。自覚はある。
「大体な、今回俺はお前の用事に付き合ってるだけだ。つまり俺がミスをしたところで、子野さんに吹っ飛ばされるのは俺じゃない。お前だ」
「絶対次で降りるぞ!」
「分かったから」
やがて独特なイントネーションで駅名が告げられ、電車は止まる。俺たちは無事、電車を降りた。
「結構混んでるな」
流石に休日とあってか、駅のホームには人が多い。
などと言っている傍から、俺は人にぶつかってしまった。
「あっ、すみませ……ひっ」
俺は思わず息を呑む。
俺がぶつかったのは黒くて長い、綺麗な髪をした若い女の人だった。けれどその目は切り裂くように鋭くて、視線は突き刺すようだった。
「おい、人を睨むな澄」
「ん、すみませんね」
その後ろから同い年くらいの男子が姿を見せ、女の人の頭を小突く。
「逸、たたくことないでしょ」「お前顔こえーんだよ」なんて言いながら、二人は去って行った。
「おっかねえ人だったな」
「おおおおおう」
ちょっとしたハプニングもあったが、気を取り直して待ち合わせ場所を目指す。
「おはよぉ~二人とも」
駅前に出てみれば、すぐさま待ち合わせの花路さんに見つかった。
花路さんはひょうきんな笑顔で手を振る。しかし、俺の視線はそのすぐ横に佇む大きな人影に釘付けだった。
「馬下?」
「そこで会った。馬下くんも子野っちの応援行くんだってぇ」
「へえ、そうなんだ」
そう言って馬下の方を向いてみるが……大丈夫だ。なんともない。
失恋のショックはそれなりに大きかったから、また会う時に平静で居られるか心配だった。
「あー……すまない、邪魔だったら別行動にするから」
俺より、むしろ馬下の方がばつが悪そうなくらいだった。
「俺は大丈夫だよ。そっちも気遣わないで大丈夫だから」
「そうか、ありがとう。こっちも気遣いは無用だよ」
「あれぇ? 二人ケンカでもしたの?」
「お前は余計な事聞くな」
「あだっ」
ガネは遠慮なしに花路さんの頭を小突く。
おいおい……。
「女の子の頭をたたくもんじゃないよぉガネくん」
「女の子とかお前そういう枠じゃないだろ」
「くそぅ、変態は女の子にあらずかぁ」
「「「変態の自覚はあったのか」」」
けど、そこが個性的で面白い人なんだということは……言わないでおこう。これ以上はやばそうだ。
ともあれ、俺達は四人で駅からほど近い体育館を目指す。
今日、俺がここに来たのは子野さんのために『なんでもしにきた』からだ。
いや、『なんでもする』ことになった経緯自体は自業自得なんだけどな。
それはひとまず置いといて。俺の『なんでもする』に子野さんは逆に困ったようで、悩んだ末に部活の試合の応援をさせることにした。
子野さんはいつも忙しくしている通り、バレー部に入っている。
応援に来させるってことは二年生なのにレギュラーとやらに入ってるんだろう。……よく分からないけど凄いんだと思う。
けど、そうだな……思えばあれだけ良くしてもらってるのに、それだけ、俺は子野さんのことをよく知らないんだよな。
『けど……怖いよね。わたしも気持ちは分かるの』
『子野さんも?』
『うん、部活でちょっとね。けど、ちゃんと自信を持てば大丈夫だよ』
優しくて朗らかだけど、人が羨むようなことで悩む子野さんだ。
バカな俺には気づけないような悩みを、本当はもっと抱えているのかもしれない。
だから知らなきゃ駄目……っていうのは、ちょっと違うな。
友達なんだ。もっと知りたいし、もし苦しんでいるなら助けたい……んだよな?多分。
「難しい顔してるけど、大丈夫?」
考え事をしていると、横合いを歩く馬下が窺うように覗き込んでくる。
気遣いは要らないって言ったんだけど、やっぱり優しいんだよな。
「ああ、大丈夫。ちょっと考え事をな」
「そうか。鹿襟さんは……」
「巳方でいいよ」
「ありがとう、巳方さんは今日は誰かの応援で?」
「ああ、子野さんっていう同学年の友達の応援で」
「えっ、子野さんと親しいのか?」
「うん。……そういえば花路さんが……そっちも子野さんの応援なんだっけ。知り合いなのか?」
「えっと、し、知り合いというか、まあ……」
突然、馬下は大きな体を縮めるようにしどろもどろとする。
もしかして言いにくい事情が――そうか!
「悪い! 無理に言わなくていいから!」
「あ、ああ、ありがとう……?」
俺はバカだが、学習はするものだ。
世の中、触れてはならないこともある。うっかり子野さんの逆鱗に触れてしまった俺は、一つ賢くなったのだ。
きっと馬下にも何か、やむにやまれぬ事情があるのだろう。俺ができるのは、ただそっとしておいてやることだけだ。
「……ねぇガネくん、いざとなったら身を張って守ってやりなよぉ」
「いや……流石にそこまでひどいことにはならんだろ」
「でもぉ、あれ絶対気付いてないよぉ」
「ああ……あいつバカだからなあ……」
後ろを歩く二人は内容こそよく聞こえないが、そこそこ話が弾んでいるらしい。
しかし「バカ」って聞こえた気がするが、まさか俺の事じゃないよな?