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女になった俺、憧れ

 昼休み。


「お借りします」


「あああ〜……」


 またしても、子野さんの容赦ない運搬羞恥プレイ。


 後ろからお腹を抱えられる形で運ばれる俺は恥ずかしさのあまりに顔を覆う。

 残念なことに、成す(すべ)はない。


 子野さんは無言だ。昨日の俺は軽はずみであんなことをしてしまったが、これは相当怒っているのかもしれない。


 ……いや、そりゃ怒るだろうな。

 子野さんは俺が男だったことを知っている。言った覚えもないけど、隠してもいないことだ。

 知っていてもおかしくないのもそうだし、知っているであろうことは、今朝の言葉からも明白だ。


 その上で、俺が子野さんの立場なら……うん、今度こそ通報ものだ。


 そして俺が連れてこられたのはやはり、人気のない特別教室の前。

 降ろされた俺は子野さんに向き直り、どんな罵詈雑言が飛んでくるのかと身構えた。


「恥ずかしかったでしょ」


「はい……って、え?」


 なんだか思ってたのと違う。そう内心で首をかしげる俺を差し置いて、子野さんは得意げにふんぞり返る。


「ふふん、ミカさんが人の視線に弱いのはわたし知ってるんだよ。これに懲りたらもうからかわないでよね」


 ……んんん?


「ちょっと待って子野さん、話についていけない」


「……あれえ」


 子野さんはふんぞり返った姿勢のまま、困った顔で首を傾げた。


「ミカさん、からかおうとしたんじゃないの?」


「何を」


 子野さんは俺が何をからかったと思っているのか。


 逆に聞いてみると、子野さんはばつが悪そうに視線をそらす。顔にはかすかに赤みがさしていた。


「あー、あのね、えっと」


「……」


「わ、わたしの胸……大きいでしょ」


「うん、そうだね」


「……」


「……」


「……」


「え、終わり?」


「も、もう! ばか! ミカさんのばか!」


 バカな俺には全く気づけなかったことだけど、子野さんはどうやら、自身の体つきに小さからぬコンプレックスを持っているらしい。


「胸は勝手に大きくなるし、背だってどんどん伸びるし……」


 知らなかったな。子野さんがそんな風に自分を思っていたなんて。いや、知らなかったらどうって話じゃない。


 子野さんの気持ちはよく分かる。そういうのは、誰にもどうしようもないんだ。

 自分が自分である。人と違うというただそれだけの事。けど、それが自分自身には重大な欠陥に思えてしまう。


 他人には関係ないだろう。

 だけど俺には……俺だけは。

 人と違うことに悩み続けた俺だから、たとえ知らなくても彼女の悩みに触れてはならなかったのかもしれない。


 でも、俺の本心は違う。


は、良いと思う」


「よくない、ちっともよくない」


 子野さんは不貞腐れたように俺の言葉を否定する。


 だけど、違う。


「そんなことない!」


 だから知ってほしい。


「素敵だと思う」


 それは悩むようなことじゃないんだって。


「背が高いのに顔も小さいし」


 初めて会ったとき、俺は一瞬で嫉妬した。


「手も足も長くて綺麗だし」


 こんなに魅力的な女性だったら、告白を受け入れてもらえたんじゃないかって。


「胸の大きさだってむしろバランスがとれてて」


 だから、そうだ、俺はこの人に憧れたから、ちゃんとした女になりたいと思ったんだ。


「大人みたいなのに表情は人懐っこくて」


「ちょ、ちょっと」


 ぽっかり空いた虚しさを、あいつとのことを忘れてしまうくらいに埋めてくれて――


「全体を見れば見るほど本当に魅力的で「まって! わかった! わかったからもう止めてー!」……はっ」


 いつの間にか、不貞腐れた表情はどこへやら。

 子野さんは湯気が出そうなくらい、真っ赤になっていた。


 ……俺、なんかまずいこと言っちゃったかな。


「と、とりあえず教室戻ろっか」


「あ、はい」













 それぞれの教室に戻ろうと、廊下の角を曲がった時だった。


「うわっ」


「うわ」


 惨状に声を上げる。

 

「「し、死んでる……」」


 そこに居たのは花路さん。……鼻から血を流して倒れた。


「生きてるよぉ」


 あ、生きてた。


 花路さんはその場でティッシュを鼻に詰めて立ち上がる。

 まあ、ひょうきんで面白い人だよな。


「何やってんの?」


「いやぁ、出歯亀しにきたら二人のラブシーンに思わず興奮しちゃってぇ」


 ……本当に。


「それにしても、ミカちんもなかなかやるねぇ。流石、男気を感じるよぉ」


「花路さん、知ってたの?」


「おうとも! ガネくんから教えてもらったよぉ」


 あいつが言ったのか。まあ別に隠してるわけでもないし、いいか。


「え、何が?」


 と、疑問の声を上げるのは子野さんだ。


「何って、子野っち、前から噂になってたじゃん」


「え? え?」


 へえ、噂にまでなってたのか。全然知らなかったな。


「ある日突然女の子になっちゃった男子のはなし」


 花路さんの説明に、子野さんはぽかんと口を開ける。

 まん丸な目がこちらを向く。


「ええと、ミカさん……あっ」


 たどたどしく俺に何かを言おうとした子野さんは不意に、何かに気付いたように顔を赤くして……胸を隠した。


 ……あっ、これは……。


「いやああああああああ!!! 110番ーーー!!!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 後生! 後生ですから通報だけは許してくださいなんでもしますからあ!!!!!」


 子野さん俺が男だったって知らなかったのかよ! じゃあ今朝のは一体――なんとなく?紛らわしいわ!


「なんでも! ミカちん今なんでもすると言ったね!」


 ああもう!


 結局、子野さんは花路さんがなんとか宥めてくれた。

 代わりに、俺は子野さんと花路さんの二人に『なんでもする』という約束を取り付けられてしまったが。


 ……なんで花路さんの分まで。

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