女になった俺、バレてる?
一夜明けて、朝の通学路。いつものように歩き、いつものように学校を目指す。
おっと、美少女たるもの、歩く姿勢にも気をつけないとな。
「よう」
「おはよ」
いつものように声をかけられ、いつものように親友と合流した。
いつもなら、なんでもないおしゃべりでもしながら歩いていく。
「今日は大丈夫なのか?」
それでも昨日のことがあるからか、ガネは俺に気を遣ってしまうらしい。その表情はどことなく遠慮がちだ。
けど、心配はいらない。
「おう、前だって何ともなかっただろ?」
「ふーん。あ、飴食うか?」
「お、サンキュ」
差し出された緑色の飴玉を口に放り込み、俺は前を向いて言ってやる。
「別にさ、元から振られてたんだし?今更といえば今更なんだよな。そもそも元から好きな人がいたんじゃ仕方ないさ。」
「ふーん。ところで美味いか? 飴」
「ん?」
言われて口の中、舌の上で飴玉を転がしてみる。
「……!!! ~~~~~~~!!!!!」
すると今までどうしてそれに気付かなかったのか、鼻孔を突き刺す刺激が俺を襲う。俺はその場で、鼻を押さえて悶絶した。
「ぬぉ……ぉ……ぉ……」
「別に早く立ち直れとは言わねえよ。落ち込んでんなら気が済むまで落ち込んでもいいだろ。けどワサビの味も分からないくらいに気にしてんのはさ、無理することないんじゃないか?」
だからって、お、お前なあ……。
「ひ、人を試すのはワサビ以外にしろぉ……てかワサビ味の飴なんてどこで買ったんだこのやろう……!」
「自作」
「嘘だろ!?」
「嘘だよ」
「このやろう!」
「……ダメなら飴吐けば?」
「ん……いや、慣れればけっこうすっきりしてて美味い」
食べ物は粗末にしない主義だ。
それはそれとして、こいつなりの気遣いは有難いけど、今回は違うんだ。
「大丈夫だよ、馬下の事は気にしてない。ただ、ちょっとな……」
けど決別したらしたで何事も丸く収まるかと言えば、そうじゃない。
俺は今、前にも感じたあの焦燥を思い出していた。
「なんか、急に空っぽになった気がするんだ」
感じているのは虚しさ。そしてそこから来る、走って逃げ出したくなるような焦り。
「俺が俺だった事が、あいつのことが好きだった事と一緒にどっか行ったみたいに」
空っぽな自分が惨めに思えて堪らなかった。
「ふーん」
素っ気ないな。……いや、そんな反応にどこかがっかりしてしまう俺が、こいつに甘えすぎなんだ。
「それこそ気にするだけ無駄だろうけどな。てか、大丈夫だろ」
俺が信じるには、こいつの言葉は根拠も何もない。なのに、こいつの何ともなさげな物言いは不思議と、俺の焦った心を落ち着かせた。
……これも、こいつなりの気遣いなのかもな。本当に甘い男だよ。
「お前、見かけによらずいい男だよな」
「バーカ」
バカ言うな。
「ミカちんおはよー!」
「きゃああ!」
背後からの奇襲。この呼び方だけで誰か分かるものだが、跳ね上がる心臓が思考を吹っ飛ばしてそれどころではない。
その隙に、脇の下から回ったその人の手は、俺の胸を鷲掴みにする。
「おお、敏感な反応だけしからん!」
確かに俺の胸は敏感だが、敏感なのは乳じゃなくて心臓だ!
……いや、んなこと言ってる場合じゃない!
「や、やめてくれ花路さん、こんな道の真ん中で」
視線を集める美少女こと俺は、なんとか魔の手から逃れる。が、時すでに遅く、通学路の視線は集中しつつあった。……中腰の犠牲者は居ないな?
俺は辟易としつつも、その人に向き直る。
「おはよう花路さ、ん……?」
振り返ってみれば、そこに居たのはやはり花路 沙鳥だ。
けれどその表情はきょとんとした様子で、切れ長な目は大きく見開かれていた。
「どうしたの?」
「お?おお、おはようミカちん。なんか男らしい喋り方だね」
いかん、素が出てたか。
というのも最近、あんまり敬語で喋れてない気がする。ついつい素が出てしまうというのもそうだけど、全く言葉使いが身につかないんだ。
人として怖いからという理由で始めた敬語はどうにも違和感ばかりで、定着する気がしなかった。
「……ソンナコトナイデスヨー」
俺の切って張ったような敬語に花路さんは、下がった眉を捻って分かったような分からないような顔をした。
「んー? まぁいいや。おーい子野っち、愛しの美少女のおっぱい様はここよぉー」
愛しの美少女のおっぱい様ってなんだよってええええ子野さん!?
慌てて花路さんが手を振る先に目を向ける。
そこには軽やかにこちらへ駆け寄る、高頭身のシルエット。
「もう、花ちゃん……あっ」
駆け寄ってきた子野さんは俺と目が合うと、足を緩める。
「お、おはようございます子野さん」
「……おはよう」
子野さんは昨日のように頬を膨らませてまで不満を訴えてはこない。
それでもその声色は、静かに怒っているように思えた。
不意に、子野さんは一度止めた足を再び踏み出した。
真っ直ぐ、俺に向かってくる。
「え、えっと……」
子野さんが足を止めたのは、正に俺の目前。
そしてほんの少し身をかがめて、不満げな目線を俺に合わせてくる。
ち、ちか――
「また後でね、巳方くん」
……はっ!?