女になった俺、どうしてこうなった
あいつのどこが好きだったのか。親友からその名前を聞いて、改めてそのことを思った。思ったは思ったけれど、その辺り、正直自分でもよく分からない。いや、マジで。
馬下 完は俺が男だった頃から好きな人だ。女になった勢いで告白して、そして、ただ「無理」の一言で振られた。
あっ、思い出したら涙が……。いや、耐えろ巳方。今は授業中だ。それにあいつとの事はもう乗り越えて――
そこで俺は違和感を感じ、まったく耳に入ってこない授業の英文をBGMに、ふと逡巡した。
完全に男モードのまま馬下に突撃して、振られて、思いっきり泣き散らして。そんでなんとか心を落ち着けて――
「あっ」
「んっ?どうかしましたかMs.カエリ」
「いいいいえ何でもないです」
不覚のあまりについ声を上げてしまった。
けど、そうだ! 俺自身すっかりその気になって完全に忘れてたけど……それだ、忘れてただけで、俺は馬下のことについて何一つ解決できていない!
そもそもだ、いろいろおかしいんだけど、どうしてこうなった?
過程を思い出してみれば――
女の子になりたい!
↓
女の子になった!告白しよう!
↓
振られた……諦めるか……でも……。
↓
↓← な に が あ っ た
↓
ちゃんと女の子になろう!
こんな感じ。
自分で言うのもなんだけど、なんで振られたら女を磨くことになるんだ。確かに、男としての俺じゃなくて、ちゃんと女として出直すってのも一つの選択かもしれない。
けど俺はあの時、泣いて、喚いて、諦めようとして――
結局どうにもなってない! なんか意味不明なところで脱線してる!
脱線した新幹線が山手線に入ってぐるぐるしてる。そんな状況だった。
だからか。あの時のことを思い出すと、泣きそうなくらい胸が痛むのも。失恋は宙に浮いたまま……俺の恋は終わっていなかったからなんだ。
……。
どうしよう、凄まじく気が重たい。
分かったところで、俺はこの問題を一体どうやって片付けたらいい。
どうせ一回振られてるんだ。このまま諦めるのか? でも、だったら俺はなんで本当の女になろうとしたんだ。俺は心のどこかで、ちゃんと女としてあいつに見てほしかったんじゃないのか?
いや、そもそも……。
そもそも俺は、本当に馬下のことが好きなのか?
あいつのどこが好きなのか、俺は自分の事なのに一つも挙げられないじゃないか。
……いや、逆に一つ、分かってることがある。あいつの、俺に対する想いはただ一つ。
『いや、あの……無理』
拒絶だったじゃないか。
「で、行くのか?馬下んとこ」
授業が終わり放課後。ガネがなんとなしに俺に問う。
「ああ、行ってくる」
「ふーん、大丈夫なわけ?」
俺の返答に対する、親友の反応は素っ気ない。けど、こいつなりに気を遣ってくれてるんだと思う。
何せこいつの言葉は、ついさっきまでの俺になら、正鵠を射ていた。……いや、今もそうか。
「大丈夫だと思う。……多分」
つい尻すぼみになってしまった俺の返答に、ガネはでっかい溜息を漏らす。
「ついてくか?」
昼休みにはついて来てくれなかったこいつも、こういう時には頼りにさせてくれるらしい。
けど、そうじゃない。おれは首を振って、笑って見せた。
「俺はバカだからな。自分で考えて分からないなら、自分で確かめてみるしかないよ」
「ああ、お前バカだもんなあ」
「ああ、俺はバカだ」
「バカだからなあ」
「バカだよ、本当」
「バカだよなあ」
「バカバカ言うな! このバカ!」
いい加減怒るぞ!
「自分で言ったんだろバーカバーカ」
「こ、このやろう……!」
やっぱりと見直した途端にこれだ! こんな時にまでからかわなくてもいいだろう。まったく、そこまでしてくれなくてもよ。
「……ありがとよ」
「おう」
肩の力が抜けたところで最後にお互い小さく笑って、俺はいざ、馬下に会いに行こうと教室の引き戸を開いた。
「本ッッッ当に申し訳なかったッッッッッ!!!!!」
その馬下 完が、凄まじい勢いで俺に頭を下げていた。
それに対する俺の反応はと言えば……
「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!」
人生で初めて上げる、絹を裂くような女性らしい悲鳴だった。