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 塀に沿って歩いていると、突然上から声が降ってきた。

「おい。儂の縄張りに堂々と入ってくるとはいい度胸だな」

 見上げると、マルが塀の上から見下ろしていた。

「おお、じいさん。そろそろ縄張りを譲って引退する気になったか?」

「ふん。まだお前のような若造には負けんぞ」

 このあたりは、ちょうど俺とマルの縄張りの境界線上の微妙なエリアだ。マルは背中がグレーの猫で、俺より大きな堂々とした体を、長いしっぽがさらに大きく見せている。しかし、実はもうかなりの歳らしい。弱ってきたころを見計らって縄張りを奪い取ってやろうかと狙っているんだが、元気なじいさんでなかなか隙がない。今でも、俺が縄張りに近づくたびに律儀にケンカを売って、まだまだ現役だとアピールしてくる。その結果、夜の散歩の途中、このあたりでマルと一戦交えるのが、すっかり俺の日課になっているわけだ。これがなくなったら、それはそれで寂しいかもしれないな。乗っ取り計画は、もうしばらく延期しておこう。

 俺も塀に跳び上がって、いつものように毛を逆立てて睨み合う。ところがその時、俺たちはふと気がついた。暗いはずの夜空が、なんだか妙に明るい……ような。

「あ?」

「何だ?」

 ケンカを中断して見上げると、それが、俺たちの真上をゆっくりと通り過ぎるところだった。

 暗くてはっきりとはわからないが、全体が丸い形らしいことはなんとかわかる。かすかに地上の光を反射していることから、たぶん金属っぽい材質なんだろう。そして、下側に赤や白のライトがいくつかならんでいる。

「あれは何だ?」

 俺たちは、ゆっくりと空を移動していくものを目で追った。

「んー、いつもの飛行機だろ?」

 飛行機とは、人間が作った空を飛ぶものである……らしい。どういう仕組みなのか俺には想像もつかないが、実際にちゃんと飛んでるんだからそういうものだと納得するしかない。

 このあたりでも、時々飛んでいるのを見かける。普通は雲より上のずっと高いところを飛んでることが多い。きっと、低いところは鳥の領域だから遠慮しているんだろう。人間はわがままで傲慢なように見えて、意外と他の動物に細かい気配りをしていることもあるといういい例だ。それでも、たまには木の上から跳べば届きそうなほどの低いところを飛んでるやつもいる。そりゃまあ、ずっと飛んでると疲れるだろうから、たまには地上に降りて休憩するくらいは仕方ないだろう。今回も、どうやら休憩のために降りてきたところのようだ。

「でも、音がしないが」

「あ、そういえば……」

 飛行機は、必ず音を出して飛んでいる。他ではあまり聞かないような、不思議で妙に耳障りな音だ。俺たちの仲間が降りてきた飛行機に襲われたという話は聞いたことがないので、危険な相手ではないと判断して普段は無視しているが、雲の上からでもはっきり聞こえるほどの大きな音だ。近くで聞けば、きっとすごい音なんだろうと思う。

 ところが、今回のやつは、すぐ近くを飛んでいるはずなのに、まったく音が聞こえない。

「そういうやつもあるんじゃないか?」

「そうなのか?」

「俺もあまり詳しくはないけど」

 それは、俺たちの真上を通り過ぎ、少しずつ高度を下げながらゆっくりと遠ざかっていく。

「うむ、実際に今目の前にあるんだから、間違いあるまい。たまには音を出さない飛行機というのもあるのだろう」

 そのうち、それは家の屋根の向こうへ消えていった。町外れの、広い空き地にでも降りたのだろう。あの大きさのものが降りられそうな広さの場所といえば、このあたりではあそこしかない。

「あれが何なのかはわからんが」

 マルは俺に向き直った。

「どうやら、儂らの縄張り争いとはあまり関係なさそうだ」

「ああ、そのようだな」

 俺もマルのほうに向き直った。互いに毛を逆立ててにらみ合う。とはいえ、どちらも本気で威嚇しているわけではない。これはあくまでも儀式としての縄張り争いだ。適当に威嚇し合った後で俺が負けを認め、マルの勝ちで終わることは最初から決まっている。


「ん?」

「何だ?」

 俺が、そろそろ負けを認めて終わりにしようかと思い始めたころ、突然遠くから猫の悲鳴が聞こえた。

「今のは、ミーコの声のようだが」

 ミーコは、まだ幼さが残る年齢の雌猫で、全身が茶色の縞模様。このところ、一人前に縄張りを主張することを覚え、俺たちを見かけるたびにたどたどしく威嚇してくるのがなんとも微笑ましい。

「ちょっと行ってみる。お前はどうする?」

「よし、俺も行こう」

 俺たちは塀から飛び降りて道を走った。

 本来、猫は単独行動が原則だ。別の猫が威嚇していても、それが自分に向けられたものでさえなければ、普通は気にしない。しかし、今回はそうも言っていられない。声を聞いただけでも、ミーコに尋常ではない事態が起きていることはすぐにわかった。あの声は、儀式としての縄張り争いなんて言うようなレベルじゃない。かなり切迫した危険を感じている声だ。もし危険なものが近くに来ているのなら、自分の身を守るためにも、なるべく早くその正体を知っておきたい。

 まだ威嚇の声は続いている。声が続いているということはまだミーコは無事なんだろうが……。

 俺は、さっきの飛行機を思い出していた。あの飛行機が降りていった空き地は、ミーコの縄張りの一部なのだ。飛行機がこのあたりに降りてきたのは初めてだが、もしかして飛行機ってのは、俺たちを捕まえて食べたりするんだろうか?だとしたら、今度から飛行機の音が聞こえたら警戒したほうがいいかもしれないな。


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