第三話 右腕
一匹の野兎が茂みの中を歩く。ここから少し行ったところに小火でもあったのか開けた場所があった。彼はそこで柔らかい草を食べてきた帰りであった。彼の住処は天敵に見つからないようにこの茂みの中にある。開けた草原と安全な住処を往復するのが彼の日常であった。その証拠に茂みの中に彼の大きさに合わせたトンネルができていた。
茂みの中なので獣や鳥に襲われる心配は少ない、しかし蛇やイタチのような小型の肉食獣に襲われる恐れはあった、なので少し移動しては鼻をヒクつかせ周囲を探っていく。しかし警戒の甲斐なく彼の命は頭上から落ちてきた石によって奪われることとなった。
回収した熊によって吹き飛ばされた冒険者の右腕、それは今私の右腕として機能していた。切り落とされた右腕を私の右腕の切り口につけて魔力を通して我が物としたのだ。本来自分のものではない腕を使い熟すのは、刻んだばかりの魔術刻印を使い熟す作業にも似て時間がかかったものの、私は右腕を取り戻すことができた。
腕を手に入れたことで私の移動範囲は大きく広がった。腕と長いツタを駆使して木に登れるようになったのだ。そのおかげで野兎の獣道を見つけて、そこで待ち伏せして野兎がやってきたところに石を落として仕留めることができた。茂みに潜むだけではおそらく匂いで気づかれてしまっただろう。
仕留めた野兎に向かって木から降りる。私のような低位のアンデッドは食事によってエネルギーを取り込むことはできない、ではどうやってエネルギーを得るのか、その手段が「エナジードレイン」である、リビングデッドの場合は生者を傷つけることがその発動条件である。獲物を仕留めた時点で私の食事が済んでいるのでスライムは獲物をまるまる全部捕食できる。スライムが野兎の死体を食べ始める。死体から血が出てスライムの体は赤く染まっていった。