真なる騎士の実力
「もう行くのかよ?」
「うん、やることがあってね」
レオンに挨拶へ行くと王宮の執務室に案内をされた。告げると羽根ペンを走らせていた手を止め、レオンが僕を見る。
「やることってのは?」
「……レオが、実はうちの父さんが拾った捨て子だったらしいんだ」
「マジでか?」
「でね、彼は騎士になりたいらしい。……レオンなら知ってると思うけど、ディオニスメリアは今、情勢が荒れすぎてる。騎士団に端を発した権力争いのせいで。きっと父さんは自分の後任に僕を据えて、それを抑止したかったんだと思うけどレマニ平原の一件で僕は左遷されてしまったから……その目論見も潰えた。だからね、もう一度、ブレイズフォードとして、領地を持たぬ騎士貴族の筆頭として再起をはかろうと思うんだ」
「再起?」
「レオにその御旗になってもらおうと思う」
「マジでか?」
「……まあ、僕が陰で助力するけれどね。でもきっと、すぐに良くなるとは思わない。10年か、あるいは20年か。過酷な時代にレオは立ち向かわないとならない。失敗する可能性だってある。……だから、早く行かないと」
「そうか……」
レオンが机の引き出しを開けた。色々と詰め込まれている。しばらく眺めていると、引き出しを丸ごと取り出して机の上に空けてしまったが、探しものはなかったようでまた乱雑に引き出しに戻して腕を組む。
「ま、いいか。……シオン、ちょっと外してくれ。ロジオンと2人で話がある」
「かしこまりました」
人払いをするなんて、どんな話だろうか。
シオンが静かに退室するとレオンは考え込むように腕を組んで椅子を立った。
「お前が学院にいたころ、お前の親父と会ったよな。で、お前だけ先に馬車を降りて別れた」
「そう言えば、あったね」
「……実はその時、言われた。お前の親父に、俺が実は子どもなんだとさ」
「……レオンが?」
「ま、はねのけたが……あまりに突然だったしな。で、一緒に騎士団の将来ってのを憂慮してた。だから俺にも騎士団へ入れとさ」
「そう、だったんだ」
「だからまあ……。お前を応援するさ。俺個人としても、もし必要ならエンセーラムとしての後ろ盾にもなってやる。だからロジオン、お前はお前のしたいようにやればいい。ちなみにこの話はミシェーラにはしてないから、内緒な」
エンセーラムに来てレオンに会うことになったのは、レオに持たされていた手紙とは全く関係のないことだ。でもこのタイミングで、レオンからこんな話を聞いてしまうと奇妙な縁を感じさせられる。
「ねえ、レオン」
「おう」
「手合わせしてもらえないかな」
「はあ? 俺けっこう年だし、実戦もなかなか離れてんだぜ?」
「レオとさ」
「……俺が、レオと?」
「面白いかもって思ってね。レオはまだまだ子どもだけど面白いと思うよ?」
「ま、昨日もちょっと遊んだしそれは分かるけど……お前が言うなら、やってみるか。ディオニスメリアは一応、生まれ故郷になるわけだしな。その希望を試すとするさ」
レオがレオンと向き合い、剣を抜いた。
かつて父が腰に佩いていたブレイズフォードの家宝たる剣は、今もそこに権威があるとばかりに重厚な刃。黒鋼という鉄材で鍛えられたそれは通常の鋼よりも黒く、それが余計に剣の重みを感じさせる。
相対するレオンは何の変哲もない剣を1本携えてきた。使い手の腕さえ良ければ安物だろうと猛者と対等以上に渡り合える。だが達人以上の実力を持つ二者が対峙すれば、その勝敗を分かつ材料に獲物が加わってくる。もし、レオではなく僕が相手だったら――レオンは安物ではないものを持ち出しただろうかと考える。
「本気でいいぜ」
「どこまで本気でいいの、ロジオン?」
「持てる力の全てさ。レオンは強いよ」
「買い被るなって。ま、奥の手の奥の手だろうが、何でも使ってくれていいけどな。その分、俺に負けた時、言い訳するんじゃねえぞ?」
きっとレオンは魔剣技を知らないだろう。ディオニスメリアで魔剣技を継承しているのはブレイズフォード以外にいないから。だからレオのアドバンテージはそこにある。頭が回るかどうかは知らない。
「じゃ、本気でやっちゃうから!」
「おう。殺す気でこい。もし俺が死んでも、そん時ゃあロジオンに代わりに王様やってもらうわ」
「それはダメだよ!」
「そうか。んじゃ、それも言わねえからかかってこい」
「よーし。じゃあ全力、でぇっ――!」
レオが構えを取り、地面を踏んで駆けだした。迎撃のためにレオンが構えたがレオはいきなり残影剣を使った。風の魔法を併用することで己の体をブレたように残像を見せながら迫り切り伏せる。勘が良ければそれに対処してくる相手もいるのですれ違いざまに風の刃をぶつけるまでが残影剣だ。でもレオはそこまではできない。
レオンはさすがというべきなのか、残影剣を見切ったように剣を振るった。レオの剣とぶつかり合い、それをはじき返してしまう。
「通用しないの!?」
「しねえなあ――」
「だったら!」
レオンの周囲を駆けて翻弄してからレオが飛び上がり、剣を振り下ろす。注意を上を取った自分に向けさせながら、相手の足元から鋭く細い土の槍を刺し貫く技のはずだった。でも完全に自分へ注意を惹きつける前に魔法の前兆が地面へ現れてしまっている。察知したレオンがわざとレオの剣を強引に真横へ薙ぐように叩きつけ、地面から突き出てきた土棘にぶつけようとしてしまった。
「策士、策に溺れるってな!」
「う、わあ――!?」
かろうじてレオは棘と棘の合間へ落ちる。レオンが剣先を向けた瞬間、起きようとしていたレオの頭が真後ろへ弾かれた。そのまま背を地面につけ、右腕を踏まれながら剣を喉元に突きつけられる。
「俺の勝ちだな?」
「えええええ……?」
「何つうか、お前……あれだな。使えるだけで使いこなせてねえって感じ」
「レオンの指摘の通りだ、レオ」
ぷくっと頬を膨らませながらレオがその場で足を組んで座り込んでしまう。
「ちゃんとやってるもん」
「それじゃあ今度は、僕を見ていてごらん。レオン、頼むよ」
「え、今度ロジオン?」
「やることはレオと同じさ」
「それって意味あんのか?」
「真の騎士の実力っていうものをレオに見せておきたくてね」
ぽりぽりと後頭部をかきながらレオンがまた構えたので僕も剣を抜いた。
「まずは残影剣。レオン、行くよ」
「いいけど――」
僕のアレンジは、最初にエアブローをぶつける。
突風は敵の目を乾燥させて瞼をしぼらせる。一瞬の風がもたらした隙に姿はもう重なって見えてしまっているだろう。そして残像を先に行かせ、レオンが体を守るように振ろうとした剣を見極めてから叩く。
「うお――!?」
「続きもあるよ」
今回はわざと受けさせてあげる。レオンの剣へぶつけた自分の剣で体勢を崩させてから、風の刃をさらに後からぶつける。
「今のは分かった?」
「三弾仕込み?」
「そう。それから今度は、これだったね――」
同じ技のはずなのに違う攻撃。レオンは渋い、驚いたような表情をしていたが僕が剣を振り上げると応戦をしてくる。二度、三度と剣檄を響かせてからレオンの頭上に水球を作り出してそのままウォーターフォールを放つ。背後に逃がさないようにロックヴァイス。左右か正面にしか、流れ落ちる水の圧力からは逃れることができない。レオンらしく正面突破をはかってきたから今度は僕が下がる。追随してくるレオンへ、土の棘を地面から突き出させた。
「危っぶね、と、ちょっ――!?」
「上からいくよ」
「マァジか!?」
小さく跳びながら剣を叩き落とし、レオンが受ける。
「で、こうだ」
ディープマッドは地面を重い泥に変える。
レオンの片足を絡めとって沈ませるとあっさり彼の剣を弾き飛ばして鼻先へ突きつけられた。
「僕の勝ち」
「……俺の、負け?」
「おおおっ、ロジオンすごい!」
剣を納めるとレオンは唖然としていた。
「まさか負けるなんて、とか思ってた?」
「え?」
「真剣勝負じゃないから分からないけど、それなりにやると自負はあるんだ」
「まあ、そうだよな……。いつか、嵐の夜に泣いてた坊やじゃなくなってるもんな」
懐かしいことを持ち出されて笑うとレオンも同じように笑った。
「ともかくレオ――。きみは、まだまだ弱いんだ。学ぶべきことはたくさんあるし、失敗をすれば全ての努力は水泡に帰すこととなる。最低限、僕程度にはなってもらわないといけない。どれほど厳しく育てられたか知らないけれど、僕は教えることに向かない人間だからもっとやりづらいかも知れない。でも、覚悟はできてるね?」
「もちろん!」
「頼もしいじゃねえの、未来の騎士団長は」
「えへへ」
「でもロジオン、過去に女の騎士っているのか?」
「は? いや、知らないけれど聞いたこともないから、いないんじゃないかな? 何でいきなり?」
「え?」
「何?」
レオンが何か言いたそうな目をレオに向けた。視線を受け、レオも目を丸くしている。レオンが何故かニヤついた笑みを浮かべると、レオがむっとする。一体、アイコンタクトと表情だけでどんなやり取りをしているのか分からない。
「まあ、面白いか。それはそれで。このままやってみ、レオ?」
「いいかなあ?」
「平気、平気。どーせロジオンだって茨の道だって言ってたろ?」
「そっか!」
僕にはよく分からないが、何かまとまってしまったらしい。何かを隠してるような口ぶりに聞こえてしまったが、レオンが言っているんならあまり心配するような隠しごとだとは思わないようにしておこう。




