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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
11 新時代を担う騎士
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胃の痛い立ち位置


「久しぶり、姉さ――っぷ」

「ロージャ! もうっ、心配してたんだから、手紙も返さなくって……。すっかりもう、おじさんになっちゃったね。ちゃんとご飯食べてるの? 何だか、元気なさそうに見えるし。あ、そうだ。レオンともお話したいと思うだろうけど、うちに泊まっていって? ね? マオはいないけど、クラウスはいるから。ロジオンの甥だよ?」


 何というか、弟だと分かっていても妻が僕以外の男へいきなり抱き着いて嬉しそうに喋りかける姿は嫉妬心が芽生えてしまう。そして、ちゃっかりとミシェーラが泊まっていけ、なんて言ってるのも聞いてしまうと胃が少し痛くなりそうな気配がした。ロジオン・ブレイズフォード――僕が彼女にアプローチをかけてすぐ、反対をするために行動を起こした重度の姉想い人間だ。油断ならない。


「クラウス、ほら、挨拶をして? ロジオンおじさん」

「はじめまして。クラウス・カノヴァスです」

「うん、はじめまして、クラウスくん。ロジオンって言うんだ。単におじさんでもいいよ。

 それから……ちょっと事情があって、一時的に一緒に旅をしてる、レオを紹介するよ。レオ、こちらが僕の姉、ミシェーラ。その息子のクラウス。見たところ、同じくらいの年……かな」

「よろしくね、クラウス」

「よ、よろしく」


 実は隠し子とかじゃないのか? それを真実として、もしその証拠を掴めば僕が優位に立てたりしないだろうか?


「最後に、あそこの赤髪の人が、僕の姉様の旦那さん。えーと、マッケンジー?」

「マティアス・カノヴァス、だ」


 わざとらしく間違うとは、やはり見た目以外はなかなか変わっていなさそうだ。


「でもどうして、港に勢揃いしていたの?」

「マティアスが教えてくれたんだよ。次のダイアンシアからの船でロジオンが来るって」

「そう、なんだ……」


 ちらとロジオンが僕へ視線を向けてきた。こんなことなら、ミシェーラに教えるんじゃなかった。

 そもそも、ダイアンシア・ポートにバルボスという海賊が現れたという報せはマレドミナ紹介独自の情報ネットワークでエンセーラムにもたらされていた。そこでエンセーラム国防軍として、ダイアンシア・ポートに討伐隊を派遣した方がいいんじゃないかという会議が開かれた。バルボスの討伐と、海賊残党の対処、それからダイアンシア・ポートの被害状況によって物資支給をする――などの派遣活動内容が決まり、準備に移ろうとした時にバルボスが討ち倒されたという報せが届けられた。

 その情報でロジオンが何か一枚噛んだらしいと耳に入り、ミシェーラに伝えてしまった。


 レマニ平原におけるディオニスメリアの内乱で戦略魔法を暴発させたロジオンは、その責を問われて地方に飛ばされた。それきり彼はミシェーラとの連絡を絶ってしまい、ずっと消息さえも不明だった。ミシェーラは何度も手紙を書いたし、ディオニスメリアの知人経由でロジオンの行方を尋ねてみたりしたそうだが、それもずっと空振りをし続けていたのだ。そんな事情を知っていたら、教えてやらねばならないと思ってしまった。――正直、僕としては気が進まなかったにしろ。


「実はレオン宛てにレヴェルト卿からの手紙を預かっててね。これを届けたらすぐ、また戻るつもりなんだ」

「そんな、のんびりしていけないの?」

「ごめんなさい、姉さん。でもこれも、騎士としての務めの内なんだ」


 落胆しかけたミシェーラにロジオンは困ったような顔で伝える。

 そうか、すぐに行ってしまうのか。ならば多分、大丈夫だろう。


「ああ、でも――折角だし、エンセーラムを満喫したいし、クラウスくんとも仲良くなりたいし、義兄さんとも、色々と話をしたいからね。できるだけは、いようと思っているよ」


 僕へ向ける視線だけ、やけに怨念のようなものが籠っているように感じられるんだが……。


「好きなだけいるといいさ」

「そうさせてもらいます、義兄さん」

「……ロジオン、何かこのおじさんにだけ目つき違う?」

「おじさ――!?」

「しぃっ、レオ、お父様はおじさん呼ばわりされると地味にショックを受けちゃうから……」

「え、そうなの?」

「気にすることはないよ。――事実だから」


 にっこりとした笑顔でレオのフォローをし、まるで僕へトドメを刺すかのように低くドスの利いた声で事実と強調をしてくる。これはあれか、僕に喧嘩を売っているということか。ブレイズフォード当主の実力、確かめてやるのもやぶさかじゃあなくなるぞ。




「――それは、嫌われてるんじゃ、ないかな?」


 言葉を選ぼうとしたようだがストレートにロビンはそう意見を述べた。まあ、取り繕われなくてもひしひしと感じてはいるのだ。ロビンが学長を務めているエンセーラム魔法大学に、普段は足を運ぶことはない。だが今日はロビンと仕事の話もあったし、ロジオンがやって来たというニュースを伝えるためにも出向いてきた。


「何だかこう、ロジオンってレオンと似たようなものをミシェーラに抱いてると思うんだ」

「ほう?」

「大好きな家族……みたいな?」

「だがレオンとミシェーラは家族じゃないだろう」

「でも、そう思うと腑に落ちるんだよね。昔からレオンってミシェーラには何だか特別な感情を持っていたようなところはあったでしょう?」

「ふむ……?」


 言われてみればそうかも知れない。学院にいたころから、妙にレオンはミシェーラにだけは奥手のようにも見えたし、かと思えば番犬が主人を守っているのかと思えるような態度も見て取れた。一時はレオンはミシェーラが好きなのだとも思っていたほどだ。


「でもレオンは、今はもうマティアスくんとミシェーラを認めてる。だからきっとロジオンも認めてくれるよ」

「そうだろうか……? 正直、あんまり居心地は良くないんだ……」

「あはは、まあ、うん……分からなくもないかな。それで今、ロジオンは何をしてるの?」

「レオンが珍しく今日はユーリエ学校の教壇に立ってるようでな。邪魔をしてはいけないと、連れの、レオという子と一緒に、クラウスに案内されている」

「レオくん、かあ……。珍しい名前じゃないにしろ、レオンと被るね」

「ああ」

「どんな子?」

「元気そうな子だな。それとあまり、物怖じせずにすぐ思ったことを口にするタイプに見えた。だが昔のレオンのような子どもっぽくなさはない。年相応だ。クラウスやラルフと同じ年頃だろう」

「そっか。どんな事情なんだろうね」

「隠し子を疑っているんだが、どう思う?」

「……でも、連絡は取れていなかったんだよね? その間に家庭を持って、って考えたら隠し子でも何でもなくなっちゃわない?」

「……ふむ」


 くっ、僕としたことがそんな単純なことにも気づけなかったなんて!?

 不覚に過ぎるぞ、マティアス・カノヴァス!


「ロジオンが来たってことをレオンが知ったら、今夜は宴会かな?」

「そうかも知れないな……。まあ、そうなったらあいつと朝まで飲んで家に寄らないことにしよう」

「そろそろ年齢考えた方がいいよ……」

「うるさい」

「ごめん」


 あまり気の入っていない謝罪を受け入れたところで、廊下から足音が響いてきたのを感じた。特別、珍しいことではない。ドアがバンと開けばロビンの一人息子であるラルフが親譲りの金髪と、両親のどちらとも似つかない好戦的な、あるいは野性的な笑みで入ってくる。


「クラウスの親父!」

「せめて、親父さんとかにしろ。オヤジと言われるようで不愉快だ」

「本当にごめんね……」

「親父は謝るなよ」

「じゃあ謝らせるようなことをしないでほしいな、ラルフに……」

「へんっ、俺は俺だし! それよか、親父――さん!」

「何だ?」


 ま、用件は分かっちゃいるんだが。


「俺に稽古つけて」

「……だったら国防軍にでも入れ。歓迎するぞ」

「はんっ、群れなきゃいけない軍隊なんか入るかよ」


 生意気に育っている。だが元気なところのみで、そこに目を瞑ってやろう。


「これから、少しだけなら時間を取ってやる」

「やりぃ! 今日はディーもフィリアも撒いてきたから、じっくりな! 場所は? あ、俺んチの庭でいいかっ?」

「ああ、それでいい――いや、良いことを思いついた」

「ん?」

「ラルフ、きみは強い相手に稽古をつけてもらえればいいんだろう?」

「俺が勝つためにな!」

「だったら適任がいる。ディオニスメリアの現役騎士。僕の義理の弟にあたるんだが、実力は僕に勝るとも劣らない。名前を教えてやる。ロジオン・ブレイズフォードだ。今、クラウスが島を案内しているはずだから、探してみるといいぞ」

「分かった、サンキュー、クラウスの親父さん! じゃあな! ――あっ、親父、親父」

「はいはい、何?」

「小遣い、くれ!」

「……お小遣いは家の手伝いをしたら、だよ」

「ケチ」

「それが我が家の掟です」

「ちっ、じゃあいいや!」


 走ってラルフはまた出ていく。エンセーラムで1番のやんちゃ坊主――という名誉か、不名誉か分からない座に最も近いのはラルフだろう。


「きみも苦労するな、ロビン」

「クラウスくんはいい子だよね……」

「まあな。僕の子だ」


 ふ、クラウスは優秀だし、きちんと両親を尊敬するし、礼儀正しくて、非の打ちどころのない息子だ。それもこれも優秀な僕とミシェーラの子だから、というのが大きいだろう。


「にしても、レオくんかあ……」

「ロジオンが連れてきた、レオ……。何か、妙に引っかかるのはやつに僕らが毒されてるからか?」

「毒されてるって……。そう言えば、レオンは? 知ってるの?」

「知らんだろうな、まだ。ユーリエ学校にいる」

「そっか」

「ま、今晩に宴へ呼ばれるだろう。その時にまたな、ロビン」

「また」


 学長室を出ていき、トト島へ向かう小舟へ乗る。水夫が前に僕が、彼がユーリエ学校にいたころに運動クラブで教えていた若者だった。


「お仕事中なの、マティアス?」

「気安いなあ、相変わらず……」

「相変わらず? そんなに会っていないよ?」

「きみ個人じゃなく、僕がきみらが子どもだったころに教えてやった全員が、さ」

「それだけ好きだし、気安いんだよ。いいことじゃない?」

「……そうだな。僕の生まれ故郷とは程遠いが、それも良い」


 最近、この国について感じることがある。

 エンセーラム王国に初期に移住してきた者は、それぞれに生まれ故郷が異なっていた。だが彼らの子どもが生まれ、育ち、大人として働き出すようになった今――彼らの気性がどことなくレオンに似ているようなところがあるように感じられる。良く言えばおおらかで、人懐っこい。だが悪く言えば呑気だし、少々――他者への敬意というものが足りない。


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