失敗談
エンセーラム行きの船がやっと出た。それまで止まっていた分、乗客が多くってごった返してしまっていた。ついでに言うならロジオンが手紙が云々とか言って、それを出すのに手間取っちゃって乗り込んだのが最後の方だったっていうのもある。ちゃんと個室のチケットを取れば良かったのに、最低ランクの船室で、何だか倉庫みたいでもあった。
「ねえロジオン」
「何だい?」
人や荷物で溢れかえって、足の踏み場もないような船室。荷物を降ろすと中には物取りもいるかも知れないとロジオンが言って、2人して手放さずにいる。リュックを背負ったまま、それをクッションにするみたいにロジオンはくつろいでしまってる。すでに出港して数日が経っているのに。
「あとどれくらいで着く?」
「さあ、前に向かった時はダイアンシア・トト島間で……5日か、6日か。それくらいだったように思うよ。だから、もう少し、だと思うけど……」
「そんなに? 何年前?」
「ずっと昔だね。……きみが生まれるよりも、昔さ」
「ロジオンにもそんな若いころがあったなんて……」
「これでも子どものころは、かわいい子どもだって評判だったのになあ……」
「じゃあ、じゃあ、その時はどうして行ったの? ていうか、今は?」
「今はおつかいみたいなものでね、手紙を届けにいくところさ」
「昔は?」
尋ねるとロジオンはちょっと顔を逸らして遠くを見るような視線をした。
それからしばらく無言で、うーんと唸ってから立ち上がってしまう。
「甲板へ出てみようか」
「いいけど……」
荷物を持ったまま、甲板に出た。
日差しが強くて長くいると暑くて参っちゃいそうになる。モルスポルタはいつも寒くて、あったかい日は少なかったから暑いのは馴れない。でもそこまで嫌な感じじゃない。甲板にいると潮風が浴びられて気持ちがいいし、海は広くって、キラキラしてて、青くって、綺麗だと思う。ロジオンはそんな海を眺めながら欄干に腕を置いた。
「昔、僕がエンセーラムに行ったのは大きな失敗をしてしまったからだ」
「失敗……?」
「そう、事故でね。大勢の人を一度に殺してしまった」
「……」
大勢を一度に、殺した……?
何だか信じられないけど、そんな嘘つく必要はないと思ってしまう。
「その責を問われて、1年間の謹慎処分を言い渡された。大人しく屋敷で静かにしてようと思っていたんだけど、姉様に提案されて、エンセーラムへ行くことにしたんだ。僕が子どものころを過ごした屋敷で働いていたメイドや、コックもいたからね。それで、エンセーラムに向かった。思いつめすぎないようにって姉様が心配してくれたんだ」
「ふうん……。キンシンっていうのが終わってからは?」
「謹慎処分が解ける前にディオニスメリアには帰ってたよ。いくつだったかな、18歳とか? 当時、僕は……騎士団内にある魔法隊の所属でね」
「魔法隊?」
「騎士団において、魔法を専門にするところさ。第八魔法隊と言って、そこでは戦略魔法の研究をしていて、僕はこの責任者だった。戦略魔法というのは……そうだな、通常の魔法とは一線を画する、都市破壊――いや、都市消滅を目的としてしまうような威力と範囲の恐ろしい魔法なんだ」
「そんなの、何に使うの?」
「抑止力として、だよ。つまりこれは使わないことを想定している魔法だったんだ。そしてある時、その実験のために内乱で使うことになった。もちろん、人のいる場所へは使わず、こんな切り札があるんだと見せつけるためのデモンストレーションという目的ではあったんだ。だけれど……そこへ、何者かが乱入をした。戦略魔法はその時点ではまだ完璧とは言えなくって、けれど上の命令で使わざるをえなくってね。言い訳はいくらでもできてしまう状況だったけれど、それでも制御するつもりだった。つもりだったのに、いきなり現れたたった2人によって、戦略魔法を暴発させられて、結果として大勢の視認を出してしまった……。戦略魔法の研究は、それきりで凍結・封印をされたよ。研究していた一切を闇に葬って、第八魔法隊は解散。そして僕は辺境守護を任ぜられて……まあ、今に至っているわけだね」
18歳で、よく分からないけど責任者ってすごいこと……?
でもそれから、その1度の失敗だけであとはずぅーっと、へんきょー守護、とかいう仕事? それってすごく、何ていうんだろう。オッサンが転落人生とか何とかいつか言ってたけど、そういうやつ? そう考えたら、ロジオンの穏やかなところはただ疲れてるだけみたいに見えてきた。
「……話を戻そうか」
「うん」
「前にエンセーラムへ行ったのは、その1回だけさ。当時、ほとんど興ったばかりだったから、今、どうなっているのかは少し分からない。でも良い国だって評判だよ。王様の人柄は、王様らしくないけれど。だからなのかな、分け隔てなく、誰もが気楽に肩を叩いて笑い合えるような雰囲気だった。朗らかで、活気に満ちていて、やさしくて、親切だった」
「へええ……」
「他に何か知りたいことは?」
尋ねられて少し考える。
実を言えば、ロジオンのことをたくさん知りたい。でも、何て訊けばいいのかがちょっとすぐ出てこなかった。だから今は自然な話の流れに沿おうと思う。
「ロジオンは、具体的にこういうところが良かった、ってなかったの? エンセーラムって国で!」
「僕かい? そうだな……。実は王様のレオンとは姉様が学友で、その縁で僕も親しくさせてもらっていたから、王宮に泊めてもらったんだ」
「王宮! すごいところ? 豪華なの? 真っ白で、かっこいい!?」
「いや、レオが想像してるのは……うん、お城じゃないかな? 王宮は、何と言えばいいか、お城よりももっとこう、王族の住居っていうニュアンスが強いからね。かっこ良くはないし、どちらかと言えば居心地が良い場所だったな。レオンが自慢していたのは露天風呂でね」
「ろてん、ぶろ……?」
「大きな大きなお風呂さ。海を眺望できる、見晴らしの良いところにあって、気持ちが良かったよ」
「へえー」
「入らせてもらうといい」
「うん! ロジオン、一緒に入ろう?」
「もちろんさ。他には、まず食文化がディオニスメリアとは違っていてね。独特の作物や、果物が多い。食文化もね。興味深くて、おいしいものが多かった。それから音楽も盛ん――になったのかな? とにかくレオンが音楽が大好きでね。ピアノという楽器が1台だけあって、それがすごかった。あとは、うーん……リュカっていう友達もいて、彼は雷神ソアの神官なんだ」
「知ってるよ。オッサンに教えてもらった! 正義の神様だよね!」
「そう。その雷神ソアの神官のリュカの占いが、よく当たるんだって評判らしい」
「ロジオンは占ってもらった?」
尋ねるとロジオンが言葉に詰まったように、急に黙った。
何かマズいこととか訊いちゃったのかな。
「うん、占いは、してもらった」
「覚えてないの?」
「覚えてはいるけど……そう言えば、その時のアドバイスには従えていないと思ってね」
苦い顔をしてロジオンが海へ視線を投げかけてしまう。
失敗しちゃったかもと思ってたら、甲板に出てた人達が何だか声を出し始めた。船の先っちょの方へ歩いていく人が何人かいて、気になったからそっちへ向かってみる。――と、海の向こうに陸地が見え始めていた。
「ロジオン、ロジオン、到着みたい!」
急いで戻って声をかけると、ロジオンがパッと顔を上げた。
「そっか。良かった。……あとは、帰るだけだな」
「すぐ帰るの?」
「2、3日程度でね」
もっといればいいのに。
ともかくエンセーラムに到着をした。