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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
11 新時代を担う騎士
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海賊退治


 旅にトラブルというのはつきものであるが、なかなか困った事態に遭遇してしまった。

 トラブルに出遭ったのは海を渡って、エンセーラムまであと少しのダイアンシア・ポート。ヴェッカースターム大陸の最北端にして、大陸玄関口とも言える。ここで船を乗り換えてエンセーラム王国まで行くつもりだったが、その船が出ないと言われた。


「かいぞくって、何?」

「海を荒らす悪党の集団だよ。船は積み荷や人を乗せているから、これを襲えば金品がたくさん手に入る。地位や権力のある人間を捕まえることができれば身代金を要求できるし、ただの人だとしても奴隷にしてしまえば金に換わるからね」

「頭がいい……」

「感心するんだね……」

「どうして?」


 きょとんとした顔で逆に尋ねられてしまう。

 なかなかの田舎育ちとは考えていたけど、加えて人間の社会というのもよく分かっていないようだ。何が悪いのかも理解できていないなら、なるほど感心するしかないかも知れない。


「想像をしてごらん、レオ」

「分かった、するよ」

「きみの大切な人が、例えば……じい様?」

「うん」

「彼が暴力で傷つけられて、手足を縛られていたらどう思う? ああもちろん、どれほど実力があったとしても、そうなったと仮定をしておくれ」

「じい様が……? オッサンでもいい?」

「ま、まあ、大切な人ならいいけど……」

「怒るよ!」

「だろう? つまり、海賊はそれをきみだけではなくもっともっと大勢にするわけさ。あるいは自分がそうなってしまうかも知れないと思うと、恐怖もあるんじゃないのかな。そんな恐怖も大勢に植えつけてしまう。あるいは海へ出た大切な人が、そんな海賊の被害に遭ったかも知れないと考えたら気が気ではなくなっちゃうんじゃないのかな? だから海賊というのは無法者の集団として人々に嫌われてしまうんだよ。ここまで知れば、どうして海賊の動きが活発だから船が出ないかということも分かるね?」


 真剣な表情でレオはこくりと頷いた。

 頭が悪い子ではない。考え方というものさえ教えてしまえば、自分で判断することもできるだろう。


「そういうわけで、ここがディオニスメリアなら騎士として事態に介入すべきところだったんだけど……よその国でしゃしゃり出るわけにもいかないから、しばらく待ってみようか」

「待つの?」

「……それ以外に何をする?」

「海賊をやっつける」

「……そう」


 なるほど、単純で短絡的で、効果的でもある解決策の1つだ。

 どう終息するにせよ、海賊を蹴散らすか、寄せ付けない方策を取る他ないのだから。


「じゃあ、やってごらんよ」

「え?」

「手伝ってあげよう。ただし僕から何をすべきか、教えることはしない。きみがしたいことを、したいように。ただし、きみは騎士になりたいんだろう? だったら民を巻き込んではいけないよ。いいね?」

「分かった!」


 僕と違って――直々に父さんからものを教えられたきみがどうするのか、見せてもらうよ。レオ。




 記憶の蓋を開けて幼少時を覗いた時、その良き思い出に父はいない。

 年に1度、いきなり屋敷へ帰ってきたかと思えば翌日にはまたラーゴアルダへとんぼ返りをしてしまうのが常だった。歴代で最強・最高とも謳われた騎士団長であった父だったが、父親としては家を顧みることのない仕事一筋の人間と言えただろう。


 だからこそ、そんな父が赤子を拾って育てたというのはにわかに信じがたい。どうも片言節句に父だけではなく他に誰かがレオに何かと教えていたようではあるが、それを差し引いたとしても小さい子どもの遊び相手をしている想像はつかない。だがそんな父を夢想した時に胸へ込み上げてくるのは興味や好奇心といったものではなく、レオに対する羨望のような、あるいは父へのほの暗い――嫉妬にも似た感情に思えた。


 僕が教えられたことと言えば騎士としてあるべき心がけ。大事なものだと頭では分かっている。だがあとは4代前のブレイズフォード当主が書き残し、それから当主だけが手にして加筆や修正を繰り返し続けてきた奥義書だけを、僕の先生として渡してきただけだった。

 決して騎士魔道学院で教えられることのない、魔法戦の神髄がそこには書かれていた。僕自身、没落同然であるがブレイズフォードに連なる者としてさらに書き足していることはあるが、言ってしまえばただそれだけ。


 手習いレベルの勉強にせよ。

 礼儀作法についても。

 剣の握り方1つとしても。


 僕は父に教わったことなどはないのだ。



「――ロジオン、あれかな? 海賊船!」


 声をかけられて我に返る。海からの侵入をはねつけるかのように、ヴェッカースターム大陸の外縁部は険しい岩壁に囲まれてしまっている。その岩肌へ元々、自然にあったものかは分からないが大きな穴があって、そこを海賊は拠点にしているようだった。黒地に髑髏を描いた旗を掲げた大きな船がつけられている。


「そうだろうね。あれがバルボス海賊団だ」


 この周囲は岩礁が多くて、相当の操舵の腕がないと大きな船を近づけることもできない。岩壁にうちつけた波が跳ね返されるせいで、海面はいつも大きくうねって揺れている。ここはなかなか近寄ることのできない場所だ。ダイアンシア・ポートからそう離れているわけでもないのに討手がなかなか出されないのはこういった地理的背景も大きいだろう。


 しかし、こんなところへ徒歩で乗り込むと即決したレオには少し驚かされた――。

 彼らの――バルボス海賊団の居場所はぞんがいに早く分かったが乗り込む手段がなかった。船では近寄れず、かと言って内地からはやはり高い岩壁が邪魔となって乗り込めない。そこでレオは考えもせず、だったら岩壁へしがみつきながら向かえばいいのだと言いだした。発想をほめる気にはなれない。誰でも簡単に思いつきそうだが、実行するとなれば大変なことだからだ。ほとんど岩肌にはりつかないと進めないような登山道の難所というべきようなところを、ただただ延々と進まねばならないのだから。


 だがレオは実行して見せた。簡単な装備だけを整えて、あとはずっと、切り立った崖をひたすらによじ登るではなくて、横へ這い進んできたのだ。高波がぶつかってくればそのまま海へ投げ出されかねないにも関わらず、レオは怯むこともなく黙々と崖にしがみついて進んだ。


「で、どうするつもりだい?」

「このまま乗り込むよ。海賊をやっつける」

「……乗り込み方は?」

「あそこの上の方まで登っていって、落ちる」

「ああ、そう……」

「何?」

「いや、きみがしたいようにしてごらんよ……」


 これが呆れになるか、発想の妙と胆力を称えるべきことになるかは結果が出てからとなる。

 それまでずっと横移動を続けてきた崖登りが、今度は上への移動となる。我ながらよくつきあっていると思う。


「ねえロジオン」

「何だい?」

「すごいね、ロジオン。こんな、崖登りでもあんまり疲れていなさそう」

「きみもね」

「うーん、でも……やせ我慢してるもん」

「ふふ、じゃあ僕らは似た者同士かも知れないね」


 まあ、僕はヤワに鍛えていないからそこまでのやせ我慢ではない。でもレオは歯を食いしばって汗を流している。取り繕えているのは表情や声色程度だが、それでも年齢を考えればかなりの努力と言えよう。やせ我慢なんて言葉では彼のかかる肉体への負担は大きすぎる。


 やがて海賊船が錨を降ろしている穴倉の直上までたどり着く。

 片腕で自分の体を支えてから、レオの腕の下へ空いた手をそっと差し入れた。驚いた顔を向けられる。


「指を少し休ませてから降りよう。そうでないと、剣も振れないよ」

「すごいね、ロジオン……。ありがと」


 そっと両手を岩壁から離してレオが両手の指を広げ、握る動作を繰り返した。しばらくそうしてから、今度は息を整え始める。3分か、4分か、それくらいの時間を潰してからレオはまた自分の力で岩に張りつく。


「ありがと。ロジオンは大丈夫?」

「片手は休ませられたから」

「さすが神様……」

「だから……」

「あはは、神様じゃなくてロジオンだ、って言うんでしょ? もう覚えた。――それじゃあロジオン、海賊退治、やろう!」


 言うが早く素晴らしい思い切りの良さでレオは手を放し、真っ逆さまに落下を始めた。さすがにこれは驚かされ、慌てて下を見れば落下しながら彼は身をひねり、剣を引き抜きながら体勢を立て直していた。岩場の上へ組まれた足場へ転がるようにして衝撃を和らげながら着地し、悠々と立ち上がる。それまでたるんでいた雰囲気の海賊たちも度肝を抜かれてただうろたえる。


「――退治にきたぞ、海賊ども!」


 堂々とした少年の発言に海賊が我に返った。近くにいた海賊が剣を抜いて切りかかったが、それをかいくぐってレオは至近距離からファイアボールを放って焼きながら吹き飛ばす。そうしてにわかに進んでいた包囲網の完成を妨げると同時に、そのほつれ目へ飛び込んで乱戦に持ち込んでいく。手並みは、さすがに鮮やかと言える。でも近くのことには恐ろしい嗅覚で対処しながら、遠方から弓矢を引き絞っている海賊には全くと言って良いほど気がついていない。


「やれやれ――困った子だ」


 ウインドブローで射手を吹き飛ばして、高く作られていた物見やぐらから叩き落しながら僕も崖から飛び降りた。風魔法を使ってふわりと着地すると、さらなる敵襲で海賊の混乱がさらに広がるのを感じる。


「ディオニスメリア王国騎士、ロジオン・ブレイズフォード――参る」


 自陣の地理的攻めづらさというものを把握していても、敵襲があることは想定していたのかも知れない。近くの相手を巻き込むように戦っているレオを遠距離から攻撃するべく射手が出てきているようだった。それでいて僕に対しても剣や槍で襲いかかってくる。


「騎士様がどうして、こんなとこにいやがるんだよ!?」


 大振りな曲刀を振るってきた海賊ががなる。それを受け、はじき返してやると今度は別の海賊が左右から僅かな時間差で攻撃を仕掛けてきた。右側の海賊をアクアスフィアで捉え、左からきた海賊の長物による突きは真下から竿部分を切り上げて切断してやった。勢い余ってたたらを踏んだ彼の胸倉を掴んでアクアスフィアへ突っ込むように投げ飛ばす。溺れもがく海賊を閉じ込めたアクアスフィアへさらに水を魔法で注ぎ入れながら、僕を中心にして回転するように動かし始める。高速で動き出したアクアスフィアはすぐさま大勢の海賊を飲み込みながら、膨れ上がっていき、最後に空高くへ跳ね飛ばしてから炸裂させた。レオはすでに洞穴へ入ろうとしているから巻き込む心配はない。アクアスフィアの水飛沫を冷凍し、氷の礫として空から注がせる。


「う、あああっ!?」

「いでええっ!?」


 次々と上がる悲鳴。だが飛んでくるのはうめき声だけではない。小舟が何隻か出ていて、そこに射手が何人も乗り込んで海上から僕を狙っていた。剣の届かない海から弓矢で攻めようというのは分かるが、僕を相手には愚策としか言いようがない。


「操船魔法が門外漢だなんて思わないでもらいたかったな。きみらにも、レオにも――」


 海面の波を操る魔法は水魔法にカテゴライズされているが、操船魔法と呼ばれる専門魔法の枠内でもある。これを極めれば船旅の安全性が増すし、腕の良い操船魔法士を雇うことが大陸間商売の秘訣だなんて話も出回るほどだ。もっとも数が少ないから金にものを言わせた争奪戦になるものの――まあ、僕はきちんと修めている。


「――メイルストローム」


 小舟へ乗った海賊達は突如として起きた大きな渦潮に飲み込まれていく。岩礁で浅いところでもあるし、海賊なら泳ぎは嗜むはず。とすればそう簡単には死なないだろう。


「さて、あとは……」


 背後からの増援は面倒なことになる。入口の海賊は全てのしておこうと周囲を見渡したが、漏れなく倒してしまっていた。


「……何だ、手応えのない」


 騎士として本分は剣のはずだというのに、魔法だけで片のついてしまう相手が多すぎて少し辟易とする。

 まあ、これは仕方のないことだ。だがこの海賊を率いている船長――バルボスは荒血の二つ名を持った根っからの悪党。部下がどれだけ弱くともバルボスだけは一筋縄ではいかないだろう。

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