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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
11 新時代を担う騎士
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失意の騎士


「レオで、いいよ。神様」

「神様じゃなくて、こっちもロジオンでいいよ」


 偶然出会った子はジャムがよほど好きだったらしい。僕としてもエンセーラムはレオンの国というだけあって、愛着とも違うけれど不思議な好意がある。だからジャムを前に苦悶していた彼に買ってあげようとしたらこの懐かれ方。ジャムの入った紙袋を腕に抱きしめながら、ほくほくした笑顔の彼はいやに無邪気でかわいらしく見える。年頃としては11、2才くらいだろうか。帽子を被ってて髪型はよく見えないが、顔つきは中性的というか女の子っぽいようにも見えて――いや、それより。


「きみ、名前は?」

「レオで」

「レオ?」


 何だか不思議なシンパシーだ。

 でもまあ珍しいわけではないだろうし。


「あ、そうだ神さ――じゃないロジオン」

「順応早いね、きみ……」

「あなたが騎士のロジオン・ブレイズフォードなら、丁度、用事があって」


 背負っていた大きなリュックをその場で降ろして中身をあさる。なかなか、ぐちゃぐちゃに詰め込まれてる。そうして取り出したのはくしゃくしゃによれてしまっている封筒だった。手渡される。宛名も差出人も書かれていないし、封印もなかった。


「一体、誰から……。ここで見ても?」

「どうぞどうぞ」


 便箋を取り出すのも少し苦労する。その間にレオはリュックにジャムを詰め込もうとしていた。が、乱雑なのでなかなか入らないらしい。




――――――――――


 我が息子、ロジオンへ


 挨拶は抜きの上、用件を書き記す。

 この手紙を持たせた者は、わたしが拾った捨て子だ。隠居先を求めて旅立った矢先に見つけた赤子を、道連れにしようと拾い育てた。物心もつく前にわたしが捨てられずに携えてきたブレイズフォードの剣へ興味を持ち、最初は健康のためにと剣を教え始めた。だがふらふらと同行してきたランバートという男が余計なことを教え、いつの間にか、騎士になりたいなどという夢を抱くようになった。

 幼い子などは誰でも夢を抱く。そこで騎士になるなどという夢が本当かどうか、確かめることにした。

 わたしが厳しく躾をし、剣を手ほどきしてやり、魔法を教えてやり、魔法戦を叩き込んだ。まだまだ未熟な技量ではあるが騎士魔法学院程度の入学資格は充分に与えられるほどまでには育てておいた。

 そこでお前に、真の騎士たりうるかを見極めてもらいたい。様々な条件が考えられるだろうが、それらはお前が考えて素質に足るかを見極めれば良い。

 2枚目の便箋はその見極めを終えてから読むように。


――――――――――




 まさかの、父さん――!?

 ていうか、じゃあこの子は父さんが拾ったっていうこと? まさか、あの父さんが見ず知らずの赤子を拾って育てるだなんてどういう風の吹き回しだったんだろう。それとも寄る年波で人寂しくなったとか、だろうか。騎士団長を退くことが決まってから、どうするのかと思って手紙も書いたし、実際に一度だけ会ったけど本人は断固として国を去ると言って実行をした。

 曰く、老兵は去るのみ――と。

 けれど僕は知っている。父さんは、失敗をした。腐敗のしやすいディオニスメリアという国家において、王国騎士団も無関係ではいられない。権力闘争は組織を蝕み、破壊してしまう。父さんが騎士団長を務めた間、その腐敗はごく一部のみに留まった。末端の新人騎士が勘違いをする程度であって、あとは馬の合わない騎士同士が個人的にバチバチと火花を散らしたというものだ。

 そして父が去ってから、騎士の精神は失われた。

 行き届いていた上からの監視の目は、上層部が互いを睨みけん制するために失われた。そうして規律は緩み、騎士団内にはいくつもの派閥が生まれて足の引っ張り合いを始めてしまっている。あっという間のことだ。


 ずっと前から父は分かっていただろう。王国騎士と腐敗が切っても切り離せぬもので、常に抑止しておかなければ組織は健全な機能を果たせなくなる。だから父は僕を、その抑止力に据えようとした。騎士団長は世襲ではないが、ブレイズフォード家は何人もの騎士団長を輩出し続けてきた。すぐに騎士団長とはいかずとも、僕を上層部へ送り込み、下を監視することができれば歯止めがかけられるはずだ――と。

 だが、失敗をした。

 全ては僕の責任で、いくら騎士団長とて庇いきれない失態だった。結果、僕は辺境守護の任を言い渡され、中央の権力からは切り離された。己の権力を考えて僕を辺境に飛ばしたという人事だろう。


 ――そんな失意が、父にもあったはずだった。

 所詮、僕は父の道具程度の価値しかなかったはずだが、それさえも僕は果たすことができない負け犬である。


「ロジオン?」

「え、ああ……ごめんよ」

「手紙、何て?」

「知らない、の?」

「知らないよ」


 そうか、つまり彼は僕に試されるということさえも知らないわけか……。

 騎士としての素質に足るか、なんて何をどう試せばいいのか。実力、礼節、知識――色々とあるけれど、騎士としてもっとも必要な資質はやはり、心持ちの問題だろう。権力への野心ではなく、騎士の本懐は国と人民を守ることにある。でもそれをどう試せというのか。今さらに難題を吹っかけられたものだと思う。


「……というか、ロジオンはじい様とどういう関係?」

「え? ああ、そこもかあ……。古い、知人とでも言えばいいかな。きみと同じで、たくさんのことを教えてもらったんだよ」

「そうなの?」

「それで少し、きみのことも見てあげてほしいって手紙に書いてあったんだ、けど……」

「つまり神様になれる……?」

「慄かなくていいところじゃないかな? なれないし、違うからね……」


 何だかマイペースな子だと思う。

 けれど僕は僕で、ちょっと今は相手をしてあげられるような状況でも……いや、そうか、それなら連れにしてしまおう。


「じゃあレオ、僕はこれから用事があってエンセーラムという国に行くところなんだ。だから一緒に行こうか」

「行くっ!」

「早いね……」

「うん。オッサンが言ってたから。道草はいい、って感じのこと」

「オッサン……?」


 まあ、いいか。


「それじゃあ一緒に行こう」

「行く! あ、その前にね、ロジオン、お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「もう一晩だけ、ここで泊まろう?」

「……理由は?」

「マレドミナ食堂、行きたい……」


 ちょっと恥じらうようにレオは言い、頬をぽりぽりとかく。

 何とも言えないが、ここからレヴェルト卿へ手紙を送る必要もあるし、一晩くらいはと許可することにした。



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