初恋のさだめ
「――んで、お前、リーズは?」
「……ラーゴアルダに行く用事って、ある?」
「リアンに聞け」
「分かった」
現在のところ、リュカの4人目のお嫁は出現していない。
何つーか、もう色々とてんてこまいだった。精神的に。
亡国のお姫様、元ぽんこつクルセイダー、神官幼女。
3日でそんなラインナップを揃えてしまったらへん、リュカやゔぁい。
ここに大国の第三王女を加えようとしてるだなんて正気の沙汰とは思えない。
「もう、ここまで来たら……あれだ。お前の結婚、国を挙げて祝ってやるよ」
「レオンハルト様、リュカ殿の結婚を伝える壁新聞のレイアウト案を複数考えました」
「1番インパクトあるので」
「はっ」
「いらないんだけどそういうの……」
「うるせえ、お前に拒否権はねえ。シオン、それはこいつが第三王女に玉砕した後な」
「玉砕しないし」
「する」
「何で?」
「さすがにリーズは格が違えっての」
うちみたいなちっさい島国の、貴族でも何でもない、ディオニスメリアからすりゃあ異教徒の聖職者に、しかも4番目の妻として送り出すなんぞありえないだろうという話だ。
「そんなの分かんないのに」
「いいや、断言するね。リーズは絶対にない」
「分かんない!」
「ない!」
報告書の山に思わず唾が飛んだ。
袖で拭いたところで、俺の執務室にリアンが入ってきた。
「陛下、ディオニスメリアから報せが」
「ん? 噂をすればか」
「ディオニスメリア?」
「リュカもいましたか。あなたには……少し、耳に痛い話かも知れませんが、第三王女の婚礼が決まったと」
リュカが固まった。
タイムリーすぎて俺も固まる。
「では明日、こちらを壁新聞に掲載させます」
「いや……さっきのは冗談だからやめてやれ、さすがに」
シオンだけはあまり動じることがなかった。
昼時である。
「元気出せって、お前……うだうだしてたツケだろ? つうか、もう3人も婚約してんだから諦めろ。それにな、初恋は実らないっていう有名な言葉があんだよ」
リュカはすっかり落ち込み、俺がイザークに命じて作らせた大量の料理をやけ食いしている。
「そ、そうですよ。それに、わたしなんて、いまだにこの年で……結婚もしたことなければ、そういうご縁にも恵まれずにいるんですから……」
「マノン、慰めてやんのはいいけど自分で傷つくな」
「わたしなんてもう売れ残りですよね……ふふ……ふふふふ……」
「戻ってこーい、マノーン」
リーズの嫁ぎ先はディオニスメリアの有力貴族だそうだ。
リアンが持ってきた報せは俺宛てに届いた式の招待状で、後で知ったが格式は違うもののミシェーラのところにも来たらしい。ミシェーラはリーズの近衛侍女だったし、マティアスは第一王子の親衛隊にいたから招待をされたようだ。言うなれば俺は国賓枠、ミシェーラとマティアスは友達枠みたいなもんだろう。
「んでお前、これには……数人連れてきていいってことにはなってんだけど、どうする? 来るか?」
「……どうしよ……?」
「リュカのくせに覇気の欠片もねえな、おい……」
ついでに言うなら、ご馳走を前にやけ食いしてるのにいつもと違って平らげた皿を自分で重ねたり、何でもかんでも手づかみで食ってたもんをフォークとナイフでぶっ刺して口に運んでたりして、いつものリュカではない。
「……ねえ、レオン」
「ん?」
「3人のお嫁さんがいる状態で、お婿に行くってできないの?」
「できるかっつーの、このドアホ」
「じゅ、柔軟な発想ですけれど……それはちょっと……」
「でも……結婚って絶対いる?」
「そこに行くかぁー……」
「絶対かどうかだと……絶対ではないと個人的には思いたいですけれど……」
「結婚しないで一緒に暮らしてて子ども育てる人もいるし……ヴァネッサは誰とも結婚してないよ」
「そういうのは特別なケースなの、大体何だ、結婚って形を取らねえでリーズに手え出そうってか? やめとけ、やめとけ、あっちゃあお貴族様の国だ。お前もそんくらい分かってるだろ?」
「ちぇ……やっぱダメか……」
ない知恵を回しても、何にもなりゃあしねえのなあ。
だけど、俺はこれまでさんざん、アタックしろと言ってきたのだ。ミシェーラの結婚の時だって、呼ばれはしたけど代わりにリュカを行かせてリーズに会う機会を作ってやったし。だが、それをふいにし続けてしまったのである。こればかりはもう、どうにもしてやれない。
結局、幻の4人の嫁を持つリュカは今後登場することはないだろうという感じで落ち着いた。何やら春頃になったらシルヴィアと出かけなくちゃならないとか言って、事前に休みを宣言された。それが済んでからじゃないと結婚はしないらしい。
あとシルヴィアと小娘がシャノン教徒だったから、すんなり重婚なんて認めるのかと不安になったが数日にも及ぶ話し合いの席があってどうにかなったそうだ。8歳のマルタを嫁にするのもどうかと俺とエノラは考え直すよう言ったが、将来的に嫁にもらってくれればオーケー的な感じにマルタは妥協をした。
言いつけひとつをそこまで徹底して守ろうとするのは偉いものである。しかし8歳の女の子と婚約ってどうなのかと本当に思う。お偉い貴族様は生まれる前から嫁ぎ先が決まってるなんて珍しくもないそうだが、それにしたってという感じだ。
ちなみにこのリュカのハーレム、俺の周りでは意外と容認派が多かった。
具体的に言えばエノラ、マティアス、リアンだ。こいつらは一夫一婦が絶対ではないと言う。マティアスはまあ腹違いの弟までいるくらいだし、リアンもディオニスメリアのお貴族様出身だし、そんなものなんだろうかと思う。
あまり良い顔をしなかったのはロビンだ。
「夫婦は一対一がいいと思うよ、やっぱり。
理屈じゃない……と思う」
だ、そうで。
さすがはロビンである。
リュカのハーレム結婚が話題に出なくなったころ、ちょっとしたお使いでリュカにラーゴアルダへ行ってもらうことになった。マレドミナ商会はラーゴアルダに出店していたのだが、何と5階建ての超立派な建物を建てて、そのオープン記念のパーティーをやるのだそうだ。そこでエンセーラム王国からも誰か来れば格好がつくから寄越してほしいとセシリーから手紙があり、リュカに行ってもらうこととなった。
「ついでにリーズと会ってきてもいいんだぜ?」
「うるさいな……」
「まあ、羽根伸ばしてこい。独身の時じゃないとできないこともあるってもんだ」
「例えば?」
「え? ……お前、そんなん言わせんなよ、俺がエノラにしばかれるだろ。レストのことも頼むぞ」
「うん」
北の空へと飛び立っていくのを見送った。
リーズに会ってまたショックを受けたって、パーティーでごちそうをたんまり食えば少しは癒されるだろう。
それから10日後に帰ってきたリュカは吹っ切れた顔をしていた。
何だかんだでリーズには会ったようで、何かしら話したらしい。野暮なことは聞かずにおいた。
「まあ、3人も嫁さんもらうんだ。普通の3倍は幸せになれるってもんだろうよ。良かったな」
「うん」
ちゃんとした形でリュカが結婚をするのは1年ほど先のことになるが、通い婚のようなことにはなっている。リュカの礼拝堂には、まだ灯火神の礼拝堂ができていないからマルタがいて、週に何度かはシルヴィアとミリアムが住んでいる家に通っている。
羨ましいにもほどがあるようなやつである。
まあ俺にはエノラとかわいすぎて困っちゃう子ども達がいるんだけど、ハーレムというのは一種、男のロマンでもあるだろう。まったくもってリュカは色々な意味ですごいやつだ。