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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 9 エンセーラム四島対抗大運動会
83/119

そして明日へ


「ぶるるるるっ!」

「うわっ、ラルフっ、飛沫飛ばしすぎ!」

「こっちにかかっちゃうだろ、考えてよ」

「うるさいっ!」


 バシャバシャと大きな浴槽の中で3人の子ども達がはしゃぐように遊んでいる。

 それを眺めながら僕らは浴槽のへりに腰掛けて、キンキンに冷やされた清酒をちびちびと飲む。疲れはお湯の中に溶けて消え、冷たいお酒が喉をするりと抜け落ちていく。咥内にスッキリとした清酒の風味が残る。



「いやぁー……何はともあれ、無事に終わって良かった、良かった。大きな怪我人も出なかったし、宴も盛大にやらかしたし。つーか、まだ飲んでやがんのな」


 レオンが露天浴場の端までいって王宮前の広場を見下ろした。

 まだまだ賑やかな声は届いている。てっきりいつも通り、レオンは夜通し騒ぎ倒すのかと思ったけど疲れているようだった。でも当然だ。今日のためにこの10日ほどはずっと駆け回っていたし、今日とて運動会で体を酷使して、誰よりも大きい声でずっと応援し続けていたのだから。心なしか、レオンの声も少し枯れているような印象を受ける。


「しかし……まさかユーリエ島に負けるとは思っていなかったな。トウキビ島をライバル視していたが」

「ああ、それなっ。ほんっと、ロビンとラルフにやられたわ。……おう、ラルフっ、お前、大活躍だったな」


 子ども達3人で遊んでいた方へレオンが寄っていき、ラルフの頭をぽんと叩いて撫でた。

 誉められてラルフは嬉しがりつつ、だが、悦に浸った顔は5秒で切り上げられてレオンの手を振り払う。


「撫でるなっ」

「ケチ」

「お父さん、クラウスは撫でてもらっていいって」

「言ってない!」

「何だ、揃って生意気になりやがって。んじゃあ、お前らまとめてこうしてやらあっ!」


 両手ですくいあげたお湯をレオンがかけると、子ども達がそれを被って声を上げた。やり返されたレオンが笑いつつも避難してきて、またお酒を一口飲む。



「元気だな、やっぱ。あれくらいの年は」

「そうだな」

「ごめんね、レオン。ラルフ、あんな感じで」

「いいって。簡単に触らしてくれないのは親父譲りなんだろ?」

「獣人族としては当然だから」

「ちぃっ」

「キミは本当に尻尾狂いだな……」

「おう、お前、自分の嫁の顔見てもっぺん言え」

「……み、ミシェーラは違うさ。キミほどじゃない」

「ハッ、よく言うぜ。……とにもかくにも、お疲れ、乾杯っ」

「何度目だ。乾杯」

「乾杯」


 手にした小さな器に酒を注ぎ入れ、軽くぶつけ合う。

 そしてまた飲み下す。もう何度目とも知れない乾杯だった。



 露天大浴場を出てから体を拭き、もう遅い時間になっていたので帰った。

 お風呂を上がるとラルフもクラウスも体力が尽きたようで静かになり、久しぶりに手を繋いで引っ張るようにしながら帰宅をした。クラウスなんて歩きながらこくりこくりと船を漕いでいたから、マティアスくんがおんぶをしていた。


「ラルフ、楽しかった?」

「んん……まあまあ……」


 普通に考えたら男の子は男親より、女親の方が好きだろうと思う。

 僕自身でもそうだった。父さんは尊敬していても、好きかどうかだと母さんを選んだ――だろう。でもラルフはリアンより、僕に懐いてくれている。ラルフが小さかったころに一緒にいた時間が多かったせいなのか、それとも別の要因によるものかは判然としない。 たまにリアンに嫉妬されるのだけが困りごとだけど、それ以外では大きな不安を持たされない子に育った。



「徒競走でも1着だったし、リレーはラルフが追い抜いたからこその勝利だったね」

「当然っ」

「棒倒しも手際良かったね」

「フィリアが教えてくれた」

「だからか……」

「すごかっただろ?」

「すごかったよ」

「へへへっ……」


 握った手をラルフが大きく振る。

 合わせて僕も手を振られるがままにされておくと、ラルフが見上げてきた。



「ん?」

「親父もすごかったぜ」

「ありがとう、ラルフ」

「当然っ」


 ふんす、とラルフが鼻を鳴らすと家が見えてきた。

 そこでラルフはパッと手を放して家へと突進でもするかのように走っていき、勢いよく玄関を開けて中に飛び込んでいく。僕も続いて家の中に入ると、ラルフはリアンに詰め寄って睨み上げていた。



「すごかっただろっ!?」

「ええ、とても素晴らしかったですよ」

「ふふん……どこがすごかった? 何が?」

「そうですねえ……。徒競走もリレーのアンカーも素晴らしかったですが……」


 うんうん、とラルフは期待を込めた眼差しをリアンに向けている。


「障害物走の最後に帽子をくわえて走ったでしょう? ご婦人の帽子をためらいもなく口にくわえて、ただ勝利のためにひた走ったという姿勢が素晴らしいですね。普通、淑女から帽子をお借りしたら汚さぬように、型くずれをさせぬようにと気を遣うものですが、ラルフはその点――」

「もういいっ! ふんっ!」

「おやっ、ラルフ?」


 尻尾と耳をピンと立て、ラルフは足音をわざと立てながら自分の部屋へと行ってしまった。


「気に障るようなこと言いましたかね?」

「ははは……」


 リアンは自分より僕にラルフが懐いている、っていうのをたまに恨めしくチクチク言うけど――実のところ、僕はリアンのように敵視されていたい。ラルフがリアンに抱いているのはきっと、勝てないと思う相手への尊敬と挑戦心だ。それはつまり、リアンのことを1人の相手として認めて対等になろうと背伸びをするように突っかかって気にしているのだ。


 ラルフにとってリアンは超えるべき壁であり、目標。

 それは良いことだけれど、つまりは父親であるはずの僕がその役を担えていないということに繋がってしまうわけで――たまに僕もリアンが恨めしい。



「やはり、今度、休暇でも取ってラルフと過ごす時間でも……。何をすれば良いと思います?」

「うーん……」

「ダイアンシア・ポートまで行って買物なんかはどうですかね?」

「ああ、それはいいかも」


 買物ならラルフはリアンとの差をまたハッキリ見せつけられる――という憂き目に遭わない。


「元マレドミナ商会の代表として商売の極意というものをラルフに教えてあげるとしましょう」

「あっ……」

「はい?」

「……いや、ほどほど、にね?」

「何を仰りますか。たまの2人きりになれる時間なんですから、親としては色々と教えてあげた方が良いでしょう? ラルフは体を動かすのは得意ですが、頭の方はやや苦手のようですからね。分かりやすく懇切丁寧に教えてあげましょう。どうします、買物に自分から行くなんて言い出したら。いやぁ、楽しみですねえ」


 ああ、ラルフ。

 キミの母さんは一筋縄ではいかないんだ。

 でも決してそこに悪意があるわけじゃなくて、天然だから上手なつき合い方を自分で見つけてね。



「あ、そうそう。明日から仕事の都合でクセリニアまで行ってきますんで、しばらく留守にしますね」

「え、聞いてない」

「いやあ、すみません。先ほど、緊急案件の知らせが届けられまして。そういうわけで、明日の朝も早いので先に眠らせていただきます」

「ああ、うん……おやすみ」

「あ、あと、そうそう」

「今度は何?」

「優勝おめでとうございます」

「……ありがとう」



 家事をやっておこうと思ったら、もうすでに終えられていた。

 リアンがすでに済ませていたらしい。運動会が終わってからすぐに仕事へ戻って、明日からの渡航の準備もして、家事まで済ませているというのは驚かされるとともに、少し体が心配になる。体は丈夫なんだろうけれど、かと言って激務で疲弊しないというわけではないはずだ。


 特にやることもなかったから研究室にしている部屋に入った。

 地道な実験と観測を繰り返し、いつもより早く睡魔がやって来たので作業を切り上げる。寝る前にお水を1杯飲もうと炊事場に立ち、逆さまに置かれていた杯を手にして水を飲んだ。寝室へ向かう途中、ラルフの部屋から光が僅かに漏れているのを見つける。ドアが半開きになっていた。



「ラルフ? もう眠る時間――」


 ドアを開けて声をかける。

 ランプに火を灯したままラルフは机に覆い被さるように眠っていた。起こさないようにそっとラルフの体を持ち上げてベッドへ運び、机上のランプの火を吹き消そうとする。そこで、何かを書いていたらしいのに気がついた。


「『これからの強くなる計画』……?」


 上手とは言えない字で殴り書きにされた、計画書のようなものだった。

 あれこれと箇条書きにされている。剣の腕を磨く、素振りをする、武者修行をする――みたいなことが恐らく思いつくままに書き連ねられている。そして最後に目標とされた項目があって、そこに『お袋と親父にサシで勝つ!!』なんて書かれていた。


 しげしげとそれを眺めてから、ランプの火を消した。

 元気でいてくれればいい。成人するくらいまでなら仕事をしろ、なんて言わなくてもいいだろう。


 自分を大切にして、友達を大切にして。

 それだけのことさえできるのなら、見守っていこうと決めている。

 少しくらいやんちゃでも、跳ねっ返りが強くても、今はこの子の成長を近くで見ていられることが幸せだった。


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