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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 9 エンセーラム四島対抗大運動会
80/119

その名は幸福の証


 ナターシャ様が亡くなられた場所へ一度だけ赴いた。

 ロビン殿がカルディアについての研究をするため、ナターシャ様が拠点にされていた場所を調査する必要があった。ユベール様にウォークスへ乗せてもらい、自分が造り出された灰色の岩山で形成された不毛の島へと降り立った。


 そして、あのお方の最期の場所を見た。

 そこにはレオンハルト様がかつてキャス様にお譲りになられたはずの銛が突き立てられていた。そこに膝をつき、頭を垂れて自分は許しを乞うた。自分の創造主であり、存在意義を与えてくださったはずのナターシャ様と往くべき道を分かってしまったことを。



 そこでわたしは不思議な現象に遭遇をした。





「よしっ、よぉぉぉおおおおおお――――――――――――しっ!」


 レオンハルト様が棒倒し競技の結果に歓喜するように拳を力強く握られた。

 残す競技はリレーのみ。それぞれの四島のカラーにしたサトウキビの節をバトンにし、8人のランナーが競争をする。そして着順に1着から100ポイント、50ポイント、30ポイント、10ポイント――とポイントを得ることができる。

 棒倒しによってベリル島は1位につけているトト島と40ポイント差にまで迫れた。残すリレーで1着ゴールを果たせればベリル島の逆転優勝が可能となる。それをレオンハルト様は首の皮一枚で繋がった好機と見ているのであろう。



「あとはリレーだな、これで1着になれば……勝てる! シオン、シオンっ!」

「ハッ、何でしょう」

「お前からのリレーがキモだ。リュカんとこのチビどもから、お前にバトンが渡ってから。そこから、一気に抜いていかなきゃならない。全ての勝負はそこからで、お前がその最初になるんだ。気合い入れて走ってくれ」

「かしこまりました。この身命に賭して」

「そ、そこまではしなくていいけど、気持ちだけはそれでいけ。気持ちだけでいいからな」

「ハッ」


 主に軽く肩を叩かれ、深々と頭を下げた。

 それから顔を上げるとどこか呆れたような表情をされている。



シオン(おまえ)だろ、リュカだろ、セラフィーノだろ、ユベールだろ、でもって俺、かーらーの、ディー。この黄金リレーで何としてでも1位だ。不安要素は最初のチビどもだな……。リュカには足の速いやつ教えろって言ったものの……」

「ダイランとメレックですね」

「そうそう、ダイランとメレック」


 ダイランは10歳の男の子、メレックは11歳の女の子。

 ユーリエ学校を卒業してからダイランは船大工職人の下で見習いとして、メレックはトト島にある宿屋・海角牛の(ひづめ)亭の下女としてそれぞれ働いている。


「ダイランはユーリエ学校在籍中、レオンハルト様の御居処(おいど)を12回、カンチョーと叫んで指を突き立てています」

「あっ、思い出した。そうかっ、あれ、ダイランか! 振り返るとすでにピューッとガキどもが蜘蛛の子散らしたみたいに逃げてくから誰か分かんなかったけど……あれ、ダイランだったのか!? そりゃあ、足も速いわ……」

「メレックは海角牛の蹄亭で、客人の忘れ物を船の出港まであと数分という時間に気づいて無事に走って届けた、という話があります」

「へえー……ん? 俺もそれ、どっかで聞いたような……?」

「僭越ながら我が壁新聞クラブにて取り上げた記事でございます」

「おお、そうか。だからか。にしても、我が……って」

「何か問題があったでしょうか?」

「いや……うん、何でもねえ」


 少々の歯切れの悪さに引っかかるものはあったが、レオンハルト様が良いと仰るのならばそれまでにしておいた。

 ユーリエ学校の壁新聞クラブではようやく、子ども達にどのようにすれば掲載に足りうる記事を書けるか、という指導法を確立し始めてきている。メレックの記事も壁新聞クラブの子ども達が協力し、少々の手直しはあったものの掲載許可を出せる程度のものであった。



「レオンハルト様、お時間です」

「よぉっし、行くか。優勝(てっぺん)取りに!」

「ハッ!」


 レオンハルト様の後ろへつき、入場口へと向かった。

 そこには四島合計32人のリレー出場者が集い、最後の競技に向けて気力を充実させていた。



「ベリル島勢、集合!」


 主のお声かけでダイラン、メレック、リュカ殿、セラフィーノ殿、ユベール様、ディートハルト様が主のそばへ集う。

 それからレオンハルト様は集まられた者全員を見渡し、一度頷いて見せた。


「いいか、運動会は楽しむものという前提だ。が、しかぁーし! 負けたけど楽しかったからいいや、よりも! 勝ったし楽しかったぜ、の方が100億万倍、いいに決まってる! ――勝ちにいくぜ」

「りょーかい!」

「ハッ!」

「おうっ!」

「おー!」

「うんっ!」


 セラフィーノ様とユベール様以外が返事をすると、レオンハルト様は2人へ目を向けられる。


「セラフィーノっ、ユベールっ、返事! お前ら、いいかっ!? 王宮(うち)に一泊でも、小難しい事情なしで泊まったら俺が家長だ、従えっ! 返事!」

「大丈夫、声に出さなかっただけで頷いておいた」

「ばっきゃろう、セラフィーノ、こういうのは気合いだ! 声を出せ、声をっ! お前は若者かっ!」

「若者だよ」

「ああいえばこういうやつだな……。で、ユベールっ、お前は頷きもしなかったな!?」

「ウォークスに乗っちゃいけないのか? ウォークスは魔法じゃない」

「ダメに決まってんだろうが……。いくらドラグナーだからってな、自分の体だけでもやれるだろ?」

「はぁ……。ウォークスがさっき、カリカリ怒ってたから後のことを考えると……。今日だけで何十分、ウォークスをひとりぼっちにさせてるか」

「何、ウォークスって、あいつってそんな寂しがり屋なのか?」

「前に体調を崩して1日も顔を見せなかったら、ものすごく怒って……」

「へえー、サフィラスなんて誰がいようがいまいがお構いなしののんびりマイペースなのに、けっこう違うんだね」


 ワイバーンの個体による性格の差異について話は膨らみ始めたが、そこで係の者が入場を促したので我々8人はレオンハルト様を先頭に入場口のアーチをくぐった。



 係員の合図でリレーが始まる。

 レオンハルト様はトラックの内側で大きな声を張り上げられ、走者の応援をされている。いや、レオンハルト様でもなかった。トラックの内外で、このリレーで運動会の優勝を勝ち取るのだという気持ちから、誰もが誰かを応援していた。――自分を除いて。


 いまだ、ふと考えることがある。

 ナターシャ様のために仕えてきた過去があり、今はレオンハルト様のために仕えている。

 ここへ至る間に自分は、温かく迎え入れてくださった方々を傷つけ、自分がいなくなったことでこの国に微量ながらも迷惑をかけた。そうであるにも関わらず、灯火神イグニアスとその神官マルタ殿の導きによって、再びこの国の一員として受けていただけた。この与えられた幸福をどうすれば自分は返していけるのだろうか、と。


 レオンハルト様のお傍に仕え、お世話をすることだけで良いのか。

 生産的なことをせずに貢献ができていると言えるのだろうか。


 どころか、一部の方は自分のようなものを敬ってくださる。

 王の傍仕えをし、壁新聞の責任者という立場を与えられ、ユーリエ学校で子ども達に手伝いをさせている程度にすぎない自分を。



「シオン、ぼさっとすんな!」

「っ……ハッ!」


 第2走者のメレックが気づけば近づいてきていた。

 バトンを受け取り、少しでも速く次のランナーへ――リュカ殿へ繋げなければならない。スタート位置につき、メレックが近づいてきたのを見計らってゆっくりとスタートを切る。


「メレック、駆け抜けて渡せ! スピードを落とさずに渡しきれ!」


 現在のトップはトウキビ島――次いでユーリエ島、トト島か。

 トト島との差はまだ僅かだが、自分から巻き返していかねばレオンハルト様が望まれているベリル島の優勝には届かなくなるだろう。


「シオン、先生――お願いっ!」


 バトンを受け取った時、メレックがそう言った。


「よぉっしゃ、行っちまえ、シオン! ぶっちぎれぇっ!」

「シオンっ、がんばれー!」

「走って走って!」

「シオーン!」



 声がする。

 たくさんの声が、走っていると耳に届いた。

 誰もが自分の名を呼び、応援してくれていた。

 不死の戦士(アインス)ではなく、国の一員(シオン)と。





『お許しください、ナターシャ様。

 自分はこれよりレオンハルト様のために、この身命を捧げてお仕えすることにしました』


 銛の前に跪いて懇請(こんせい)する自分の前で、銛は不思議な光を発した。

 それは淡い光で、一肌に触れれば融けて消え去る雪のような儚さを感じられた。光を凝視すると、その中にナターシャ様の御姿を幻視したが、ハッとして目をこすると光も、あの方の姿も最初からなかったかのように消え去っていた。


 あれは自分の心が見せた幻だったのか。

 そうも思ったが、そうとは言い切れぬほどずっと、鮮明にそのことを覚えている。


 印象的であった。幻視したナターシャ様のお顔にはわたしが拝見してきたどの表情とも違うものが浮かべられていたためだ。ほほえみとは違っていたが、寂寥の滲むお顔とも違っていた。自分の望む許しを与えるとでも言いたげな、どこか超然たる、しかし――幻視を前におかしな表現ではあるが――血の通っているような、不思議なお顔をされていた。



 ロビン殿に頼まれていたものを回収し、拠点の調査をし、エンセーラムへ舞い戻ればディートハルト様の発案ということで皆様が自分を歓迎するための催しを開いてくださった。そして、おかえり、と言ってくださった。

 初めて感じるものが胸に込み上げてきたのを覚えている。そして、これで良いのだと思った。この不死の体を永劫に、この国がこの国である限り捧げていこうと胸の内に誓った。




「抜けっ、1人でも多く抜けっ、シオン! お前ならやれんぞっ! もっと走れ、速く走れぇいっ!」


 レオンハルト様の声はとてもよく響き、多くの声の中でも通る。

 耳朶を打った激励のお言葉に胸が震えるのを感じる。


 前を走るのは3名。

 大きく腕を振りながら、歩幅を広くし、強く強く地面を踏みしめる。

 前をゆく走者の背に迫り、追い抜く。1人、2人。――しかし、3人目はバトンを渡してしまう。リュカ殿が片手を後ろに出しながら走り出そうとしている。



「っ――リュカ殿、追いつきますのでそのまま走ってください!」


 叫ぶように言うとリュカ殿は一瞬、驚いたような顔をしてから無遠慮に走り出す。

 さらに自分は全身を使いながら走り、あと少しでバトンの受け渡しゾーンから出てしまうというところでリュカ殿へ青く塗り染められたサトウキビのバトンを渡した。



「ハァッ、ハッ、ハァッ……」

「シオンっ!」

「ハッ……何、でしょう、か……?」


 息を整えながらレオンハルト様を振り返って歩いていくと、肩を組まれてしまった。


「完璧だ、よくやった」

「……ハッ、ありがとうございます」



 ニィッとレオンハルト様は笑みを浮かべられ、リュカ殿に今度は声援を飛ばした。

 自分をシオンと呼ぶ誰かがいる限り、この国に生き続けよう。今、自分が見渡している全ての人が天寿をまっとうされたとて、自分が見てきた全てを記憶に残していこう。


 それで受けた幸福を返しきれるかは分からないが。

 この幸福さえ忘れなければ、自分はずっとシオンとして生き続けられるだろう。


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