最近の若者は?
「俺もう、最近の若者について行けねえよ……」
「リュカもシルヴィアも、レオンハルトとは1つしか違わないはずなのに、何を言っているの?」
「いやそうなんだろうけど……」
「……別に重婚はそこまで珍しいことでもない」
うちの嫁さんは何かドライだ。
ベニータの店から帰ってきて風呂に入り、寝室まで行けばエノラはまだ起きていた。まあ珍しいことじゃない。けっこう夜更かしするやつだ。
「リュカの収入は神官としてのものと、レオンハルトの従者としての給金で成り立っているから、複数人の伴侶を持っても養うことは可能。少々の頭の悪さに目をつむれば、やさしい心根と逞しい肉体で、優秀な遺伝子を持っている雄とも言える」
「いやあ……でもこう、心情的にどうよ?」
「それはレオンハルトが、一夫一婦を基本としている社会で暮らして刷り込まれた価値観」
「リュカも似たようなもんだったはずなんだがなあ……」
もっと言えばシルヴィアにしろ、小娘にしろ、重婚ダメ絶対のシャノン教じゃんか。何かこう、嫁同士の争いとかって言うのは起きないもんなんだろうか。嫌だぜ、リュカが家庭内に居場所のないやつになっちゃったら。あの世のバリオス卿に合わせる顔がねえ。
「人間族は寿命もそう長くはないから、多くの牝に種つけしたって仕方のないこと」
「でもよお、俺がそれしたらお前……嫌だろ?」
「……それは、そういう価値観を共有した上で婚姻を結んだから言えること」
「あっそ。……エノラさんや、マッサージしとくれ……」
椅子に腰掛けていたエノラがベッドに来た。うつぶせになっている俺の上へ座り、背中から指圧をしてくれる。これが効く。知らずの内にこわばっていたものが、がんがん揉みほぐされていく。
「リュカは偉い子だから、多少、欲を張っても文句は言えない」
「偉い子、ねえ……。まあ、確かに……手は焼かされたけど――あ、そこ、そこいい……ああああ〜……」
「ここから、こういくと……」
「うお、おおっほほほう……いい……」
まあとにかく、リュカが身を固めりゃあフィリアももう将来的に色目を使ったりする心配がないということだ。万事めでたしじゃあないか。
「エノラさんや……」
めでたしめでたし、ときたところで。
腰から捻りながら上半身を横に向けてエノラを振り返る。
「何? まだ終わってないから、体を戻して」
「子作りしましょう」
「……さすがにもう、難しいと思う」
「いやいや、ヤるだけヤらないと分からねえって」
肉体的にも精神的にも、欲求的にもスッキリして迎える朝の、何と清々しいことか。
ついでに朝風呂なんかに入っちゃったりして、最高の目覚めである。やっぱ王宮に露天大浴場を作らせて良かった。
そして朝食の後には、自作茶葉のお紅茶を優雅に飲んでまったり。
何とも贅沢なものである。この至福の一時もちょっとしたら終わり、今日は学校に行って腕白ボーイズとおませガールズにもみくちゃにされるとは分かっているが、それでも今だけは――
「レオン、エノラっ、誰でもいいから助けてっ! 大変なんだよっ!!」
「ぶっふぉぉっ!?」
いきなり飛び込んできたのはリュカだ。血相を変えて、マルタを腕に抱えながら乱入してきた。俺のまったりティータイムをぶち壊しだ。
「何だよ、朝っぱらからっ!?」
「ま、マルタが……マルタから、血が止まらなくて!」
「はあ?」
「あ、あの……リュカさん……ち、違うんですぅ……」
「朝起きたら、マルタの寝床が血でべったりしててっ! 病気かもしんない! 股のとこから出てる!!」
朝っぱらからほんとにこいつはもう……。
「それは、月のものだから、マルタの体が大人になったということ。落ち着いて大丈夫」
「えっ? 月って?」
「うぅぅぅ……」
マルタもかわいそうに。
多分、マルタは分かってるのにリュカが騒ぎ出して聞かなかったんだろう。
「で、でも今までこんなのなかったし……今朝突然!」
「だーから……マルタはもう子ども産めるようになったってえことだよ、言わせんな。マルタがかわいそうだろうが」
「子どもぉ?」
「はっ?」
「まさかリュカ……まだ、分かって……?」
「子どもとどう関係あんの?」
2日で2人と婚約しておきながら小作りさえ知らないとは。
誰だ、こいつがそういうのに旺盛なころにそういう知識を与えなかったのは。……俺か?
すまんマルタ、間接的に俺が恥をかかせたみたいで。
朝っぱらだというのに、リュカに性教育をしてやらないといけなくなった。おしべとめしべだのというぼかしなしで教えてやると、怪訝な顔をしつつも、何となくは理解したらしい。まったりティータイムを邪魔しやがってこんちくしょうめ。
「女って大変なんだ……」
「個人差はあるみたいだけど、けっこうつらいらしいぞ。俺らには分からんが」
そんな会話で締めくくったところで、子ども達を排しておいた食堂にエノラとマノンに付き添われながらマルタが入ってきた。
「……ごめん、マルタ」
「うぅぅ……」
だがいまだに、マルタは涙目だ。
よっぽど恥ずかしかったんだろう。
そりゃそうだ、まだちっちゃいし。いくら神官だって言っても、子どもなのだ。まあもう半分大人みたいなもんにはなったっぽいけど。それをこんなにおおごとにされて知られたっていうのも輪をかけてるだろう。
「あ、あの……俺、知らなかったから……」
「知らないで、済んだら……ソアの裁きはいりません……」
「うっ……」
「お母さんに……将来、旦那さんになる人にしか、触らせちゃいけないって……言われてたのに……」
あーあ、こんな子の純潔を汚しちゃって。
まあ事故なんだろう。下心なんて完璧になかったんだろうとは思うが、股から血が出てたとか言ってたし、パニクりながらデリカシーの欠片もないことをしたんだろうなあ。
「リュカさん……」
「う、うん」
「責任……取ってください……」
「…………うん」
「おいこら待てリュカぁっ!!」
「リュカ、それは早計にすぎる。考え直すべき」
「りゅ、リュカ様……」
「な、何? 皆してっ!?」
何じゃあねえよ、何じゃあねえんだろうがよ、お前はよう。
ほんっとに何なんだよ、こいつは。宇宙人か、あるいは異世界人か。あ、それは俺か。
「責任取れってのは、要するに結婚してずっと一生面倒見ろってことだぞ?」
「そうなの?」
「そういうこと。リュカは何でも安請け合いをしすぎる。頭からっぽのままの返事には意味なんてないのだから、きちんと考えた方がいい」
「責任……取ってくれないんです、か……?」
ぐすん、とすすりあげながらマルタが目を潤ませて言う。
「い、いや……マルタも落ち着け? 母親の言いつけだからってな、それは――」
「だって……もう誰も、お嫁にもらって……くれません……」
「マルタも落ち着いて。これはそういうことではなかった。あなたはまだ若い。早急に答えを出さねばならないことじゃない。忘れられないのなら、忘却の薬を作ってあげるからそれを飲んで……」
「ひぐっ……お、お母さん、は……ダメって、言ってたんですぅ……」
あかん、これ。
エノラと目を見合わせる。
マノンもおろおろしてて、何かひっくり返しそうだ。
「と、取る! 俺が悪かったんだから、俺がちゃんと責任取るから!」
「本当ですか……?」
「うん……3人目でいいなら……?」
何かもう、ダメ。
これ、際限なくリュカの嫁が増えていくんじゃねえのか?
「エノラぁ……俺ぁよう、最近の若者についていけねえよぉぉ……」
「目を逸らしてはいけない……これは紛れもない現実……」
「はわわわわ……え、えと……おめでとうございます……?」
もうやだ、リュカ。
末永く爆発してやがれ。
リュカに扶養手当とかつけて、それを3倍とかにした方がいいんだろうか……?