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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 9 エンセーラム四島対抗大運動会
78/119

風船割り対決


 午後1番に行われる競技は樽転がし競争だった。

 小さめの樽を棒を使って転がしながら走るというもの。せいぜい20メートルほどの直線距離を折り返す。走る距離は約40メートルほど。短い距離だが、樽というのはまっすぐ転がりにくい。しかも長さ1メートル弱の棒を使って押していかないとならないのでさらに難しい――という競技だった。


 お母さんとクラウスがこれに出場している。

 お母さんはてんでデタラメな方向に樽を転がしてしまって、それを追いかけていっていた。でもそれが普通だ。そこが面白いという競技なのだから。けどクラウスは意外にもちゃんと、ある程度まっすぐ樽を転がしていって1着でゴールしていた。ゴールするなり、僕とお父さんがいる方を振り返って笑顔を見せていた。



「クラウスは、まっすぐだね……」

「ん? どうした、マオ?」

「何でも」


 この国はやっぱり、眩しい。

 目の奥がキュッと締められるように明るい国だ。太陽もよその場所より眩しく感じられるけれど、ここで平和に暮らしている人の姿に時折、胸が締めつけられるような心地がする。



「マオっ」

「セラフィーノ……」


 クラウスの出番が終わってから木陰で休んでいたらセラフィーノが近づいてきた。


「どうしたの?」

「ちょっと思い出したことがあったから。……ここは、ちょっと人が多い。来て」

「うん?」


 一体、何を思い出したのか。

 連れ出されるままセラフィーノについて行き、人気のない林まで来た。木に絡みついていた蔓を引き剥がし、それを高い枝に結んで吊るすと、その枝の上へ寝そべるようにしながらセラフィーノは蔓の根元に触れる。そして、剣を僕の方へ投げて寄越した。



「切って」

「ああ、これ……」


 スタンフィールドでセラフィーノに特訓をされた日々を少し思い出す。

 あの時、ついぞできなかったものがあった。ソウラーというセラフィーノ特有の魔法を使って強化されたロープを切る、というものだった。


「できるようになった?」

「分からないよ。会ってなかったでしょ?」

「自信は?」

「どうだろう……?」

「全然ないわけじゃないなら、やれる」


 セラフィーノに借りた剣を抜き、構えた。

 両手で柄を握り、余計な力を抜きながら息を吐いていく。上段の構えから、振り下ろす。ヒュンッと刃は空気を切り、その蔓を切り落とした。手応えは軽く、けれど確かに切ったという硬いものはあった。



「あ、切れた……」

「思ってたより時間がかかった」

「セラフィーノ基準で考えられたらね……」

「でも、それができればマオは僕にも傷をつけられる」

「傷……? どういうこと?」

「僕は同じような魔法で体を強化するから、素手で敵の剣を受け止めたりしても平気でいられる。でも、ある程度、腕が立てばそれを切り裂くこともできる。マオはそのある程度ができるようになった、っていうこと」

「そうなんだ……」


 セラフィーノが木を降りたので剣を返した。そして僕を見上げてくる。

 こんなにも身長差がついていたのかと改めて思わせられる。



「マオ、また何か勝手に落ち込むようなこととか考えてる?」

「勝手にって……」

「いつもそうだから、マオは」


 そうなんだろうか。そりゃあ、考えちゃうことはいっぱいあるけど。

 セラフィーノが歩き出したので、僕も足を動かす。広場へ向かって歩いていく。林を抜けると、やっぱり眩しい。



「……この国は、眩しいなって思う」

「確かに太陽の近い国だ」

「僕は、ここにはあんまり似つかわしくないのかなって……」


 きっと僕は性分が日陰者なんだろう。

 だから人の笑顔の輝きを直視できなくて、暗闇から出てきた人のように目が眩みそうになる。

 この違和感のせいで、僕はエンセーラムに戻ってきてもすぐにまたヴェッカースタームへ行ってしまった。ここには両親がいて、僕を慕ってくれる弟がいて、食べものもおいしいけれど――でも何だか、ここじゃないどこかへ行きたいと思わせられる。不満はないのに出ていきたいなんてワガママだけど。


「ここじゃないなら、どこがマオに似合う?」

「……分からない」

「オーロルーチェの穴蔵とかじゃないんでしょ?」

「きっとね」

「だったら行けばいい」

「セラフィーノ?」

「僕はマオが決めたことなら尊重する。踏ん切りがつかないなら、後ろから押してあげる」

「……うん、自分で考えるよ、ありがとう」




 エンセーラムにまた帰ってきた、その日の夜にお父さんと2人きりで話をした。

 これからどうしていくつもりなのか、という問いかけだった。学院を卒業してからは旅をして、エンセーラムに以前帰ってきても結局はお金を稼ぐということをせずにぼんやりするばかりだった。それでヴェッカースタームに逃げるように旅へ出たのだ。


『マオ、お前がしたいようにすればいいと思ってはいる。

 その上で、父親としての個人的な誘いになるが、一緒にこの国を守る仕事をしてみないか。

 小さな国で、大きな海が他国を物理的に遠ざけているが、かと言っていつ、良からぬことが起きるとも知れない。

 治安維持もしなければならないし、水の害がこの国は大きいからその備えや、対処、処理などもしなければならない。

 少しずつ人員を増やしてはいるが重大なことを任せられるような者がまだ出てこないというのが現状なんだが、お前になら任せられると思っているんだ』


 お父さんの誘いは嬉しくもあったけれど、僕にはどうしても重圧に感じた。

 学院にいたころに比べれば、多少は剣の腕に自信がついた。魔法も同じだ。けれどお父さんと一緒に仕事をすることで、顔に泥を塗ったりしたらどうしようかとか、こんな僕にそんな重大なことが務まるんだろうかとか、次々と不安は沸いてきてしまった。



『それとも、やりたいことが何かあるのか?

 あるんなら教えてくれ。知りたい。お前がこれから、どうしていきたいのか』


 その問いかけにも答えられなかった。

 旅の疲れがあるから、と逃げて以前使っていた僕の部屋へ向かった。クラウスが使うようになっていたから共用だったけれどベッドはちゃんと2つ置かれていて、その空いている方で寝転がった。



 やりたいことは見つかっていない。

 でも、このままずっとふらふらし続けるわけにもいかない。


 相変わらず、僕は悩んでばかりいる。




「風船割り対決の説明をします――」


 シオンがラウドスピーカーを使いながら喋る声で物思いに耽っていた頭が現実に引き戻された。

 トラック内には運動会の運営スタッフを除けば、僕を含めて各島から1人ずつ選出されている代表――たったの4人しかいない。スタッフがそれぞれの代表者に競技に必要な装備をつけていく。


「頭の上、胸、左右の肩、腰の後ろへそれぞれ紙の風船がついています。

 これをこちらのサトウキビで叩き割るという競技です。5つの風船を全て割られた時点で脱落となります。最後まで残れた代表者の所属する島に60ポイント。3番目の脱落者に50ポイント。2番目の脱落者には30ポイントが与えられます」


 渡されたサトウキビは生えているのをそのまま引っこ抜いてきたような長いもので、長い分だけの重量があって頭を垂れてしまっている。これは剣とは全く違う。どう振り回せばいいのやらとも悩まされそうだ。長さは2メートル以上。葉っぱもついたまんまだし、こんなのでバサバサ叩き合うのかと思うとお笑い種になりそうだ。



 スタート位置に誘導された。

 トト島からは僕が、ユーリエ島からはクラウスのお友達のラルフ、トウキビ島はねじれ曲がった左右の角が特徴的な魔人族の男性、そしてベリル島からはセラフィーノが選出されていた。セラフィーノと向かい合うような配置で、右手側にラルフ、左手側に魔人族の人がいる。僕らを点にして線を結べば正方形が出来上がる配置だった。


 渡されたサトウキビを握る。

 茎の太いところを。こうしてセラフィーノと特訓でもなく向かい合うのは初めてかも知れない。セラフィーノも他の2人には目もくれず、僕をじっと見てきているような気がした。



「用意……始め!」


 一目散にセラフィーノ目掛けて地面を蹴り、サトウキビを振り下ろした。セラフィーノは下から振り上げていた。バサッとサトウキビの先端の葉は当たるが、風船はそれでは割れたりしなかった。互いに思っていたよりもサトウキビを過信していたらしかったようで、ちょっと驚いたようなセラフィーノの顔に思わず笑ってしまった。セラフィーノも口の端で笑った。


「うりゃああっ!」


 元気な声がし、サトウキビの中程を握って右手側に突き出した。突っ込んできていたラルフの胸を突いて飛ばす。素早くセラフィーノを見れば、魔人族の人を僕と同じように撃退していた。それから互いに邪魔な葉っぱの部分を手でむしり、幾分さっぱりさせたサトウキビで打ち合う。根元の方を持った方が硬くてしっかりと扱えた。



「魔法禁止だから今日くらいしか僕に勝つチャンスはないよ」

「分かってるよ、それくらい……!」


 サトウキビ同士を打ち合い、力で押し込んだ。セラフィーノは魔法さえ使えなければ体はまだまだ未成熟だ。長命であるがゆえに長い成熟期間。それを普段は魔法で補っているんだろうけれど、それを禁止されている今は技術と経験と知恵を備えただけの少年に過ぎない。押し込んですぐにセラフィーノはあえて自分から引いた。体勢を崩されてしまう。そこでわざと、セラフィーノの右足の方へ体を倒しにかかった。肩と胸の風船は割れかねないが、最後の1つさえ死守できれば勝てるのだ。

 そして、僕は知っている。セラフィーノは鍛錬によって技を体に染み込ませた。それは非常に実践的で、あらゆる攻撃を仕掛けて、迎撃され、追撃されていく中で磨き上げてきた反射によって成り立っている。反射――つまり、体に染み込ませた癖。


「っ――!?」


 セラフィーノはいつも通り、体に染みつきすぎた癖で僕を蹴ろうとしてくる。

 でもこれは真剣勝負ではなくて、運動会という老若男女を問わず楽しめるようにというコンセプトがあり、この競技で相手を攻撃するために使っていいのはサトウキビだけなのだ。サトウキビを右手で持ち、左肩から地面に倒れ込む。肩の風船は確実に割れただろう。胸の風船もどうだか分からない。


 ――でも。

 とっさに僕を蹴ろうとし、慌ててそれがダメだと引っ込めたセラフィーノには普段の彼らしい余裕はなかった。



「でえええいっ!」

「ぐっ……!?」


 思いきりサトウキビを振るってセラフィーノの左肩と頭の風船を割った。ここでようやくサトウキビのリーチが活きた。本当はこのまま転がって距離を取りたいけど、そんなことをしたら貴重な風船が割れかねない。

 素早く起き上がると、姿勢を持ち直したセラフィーノがサトウキビを振り下ろしてきていた。――が、その軌道が変わって横凪ぎになる。


「えっ?」


 セラフィーノがサトウキビを振り切って薙ぎ払ったのはラルフだった。恐らく、僕を攻め込んできたんだろう。吹っ飛ばされて最後に残っていた肩の風船が割れる。そこまで確認し、気配を感じてサトウキビを体に引きつけながら体を回転させた。魔人族の男性が仕掛けていたのだ。力任せに振られた一撃を避けるなり、僕はサトウキビを素早く二度振るう。頭の上と、左肩の風船を瞬時に割った。これでこの人も全ての風船を割られたことになる。



「これで落ち着ける」

「そうだね……。でも本当は僕のこと、真っ先に落としたかったんじゃない?」


 トト島は今、四島の中でトップだ。

 追いかけなければならない他の島は少しでもポイントを与えたくないと考えるはずだった。もう僕とセラフィーノしか残っていないから、最低でもトト島は50ポイントを手に入れられる。


「レオンはそう考えてただろうけど、僕はそれよりマオと勝負したかった」

「……セラフィーノらしいね」


 苦笑すると、セラフィーノはよく分かっていなさそうな顔をした。

 サトウキビを構え直すと、セラフィーノも僕を見据える。おしゃべりはおしまいだ。

 残っている僕の風船は頭と腰裏、右肩の3つ。セラフィーノは胸、腰裏、右肩の3つ。違いは頭か胸かの違いだけれど、セラフィーノの背は低い。僕の頭上の風船を割るのは、サトウキビの長さを活かしても少し難しいだろう。僕の方が有利な状況だ。


 僕とセラフィーノを応援している声が遠鳴りのように聞こえる。

 集中力を高めていく。目の前のことだけに意識を集中させる。セラフィーノの挙動を見逃さず、確実に風船を割りにいく。



 地面を踏みしめ、ジャリっと小さな音がした。

 セラフィーノが出てくる。跳び上がりながらの薙ぎ落とし。腕を引くことで肩の風船は僕から外を向く。胸の風船はサトウキビを握る両腕の向こう。腰裏はもちろん、僕の方へ向いていない。攻めつつも完璧に風船を守っている。少し屈み、頭の風船をセラフィーノに譲った。まずは厄介な僕の頭の風船を取りにきたんだろうが、僕は見逃さない、振り切った後の隙を。右肩が僕に向いている。そこを叩き、勢いで胸の風船までもをかっさらう。セラフィーノの目が少し大きくなったのを見た。踏み込みながら、セラフィーノを叩いたサトウキビを彼の体から離さず密着させる。


「ぜえええいっ!」


 思いきり、まだ着地できていないセラフィーノの体を仰向けになるように地面へと叩きつけた。

 わあああっと大きな歓声が上がった。肩を下げ、自分の風船を確認する。ちゃんと2つを残せている。



「勝っちゃったね」

「うん、これくらいできなきゃ。マオなら」


 セラフィーノに手を差し伸べると、小さな手が掴んできた。

 軽い力で引っ張るとセラフィーノが立ち上がる。変なルールではあるけれど、初めてセラフィーノに勝った瞬間だった。



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