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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 9 エンセーラム四島対抗大運動会
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エンセーラム王家のお昼ご飯


「いいか、ディー。いいか?」

「いいよ、もう……」

「いいや、ダメだ。あのな、ディー。棒倒しは上に乗っかるお前にかかってるんだ。しがみついてでも、絶対に最後まで棒から落とされるなよ? そうすりゃあ、攻めに回ってるリュカとユベールとセラフィーノがどうにかしてくれる」

「僕がどうにかするの?」

「たりめーだろ、セラフィーノ。お前は貴重な貴重な、重大な戦力だ」


 ご飯粒を飛ばしながら喋り倒すレオンハルトに呆れてしまう。

 そんなことだからまたフィリアが冷めた視線を送っているのに気がついていない。まあ、もうしょうがないというところまできちゃっているのかも知れない。ディーもつきあってはいるけど、あれはレオンハルトのご機嫌取りに近しいものだ。ああやって普段からレオンハルトにちゃんと構ってあげることで、小遣いをせびりまくってもいいという口実にしている。そしてレオンハルトはディーをさらに甘やかして調子に乗らせることになっている。



「とにかく、だ。棒倒しで加算されるポイントは1着で100ポイント。こいつを逃したら、ベリル島(うち)はなかなかにヤバい。いや、ここで取っておかないと絶望的だ。だからこそだな、棒倒しは確実に点を取る。こっそりマティアスと話はつけてある。最初に2位につけてるトウキビ島の棒をトト島勢と協力して落とす。でもって、今度はユーリエ島を攻めにいく――っていうプランだが、だがな、ここでベリル島(おれたち)は裏切って、トト島を攻めにいく。そっちはロビンと話をつけてある。でもって、トト島を落とす時はユーリエ島の連中に倒させてやれ。点数は残った順にもらえることになってるから、どこが倒そうが変わりゃあしないからな。ユーリエ島の連中にトト島の棒を落とさせたとーこーろーで、一足先にトト島攻めから離脱してた俺達がユーリエ島を攻め倒す。一気に、最後は瞬間風速が物を言うぞ。けどこれはタイミングが大事だ。どのタイミングで、どこを攻めていくかっていうな? そこでディー、お前が棒のてっぺんから指示を飛ばすんだ。何たって高いとこにいるから、見晴らしがいい。管制塔になるわけだ。分かるか?」

「かん、せー……とう?」

「え? ああ、管制塔っていうのは、あー……司令官でいい、司令官。な、分かるだろ?」

「でも棒にしがみつくのに必死になってたらあんまり周りの状況分からないんじゃ……」

「大丈夫だって、棒の守りには俺がついてる。だからお前は安心してていい」


 長ったらしいレオンハルトの作戦には少々の穴を見受けられるが、黙っておいた。

 フィリアもその穴には気がついているようで首を少し傾げている。


「でもってな、セラフィーノ――」

「やっぱりイザークの料理はおいしい。このオニギリに混ざってる緑のは? これが、この海の香りの元?」

「それは食用の藻。アオサというもの」

「持って帰ってお父さんに食べさせたい」

「乾燥させたものならある程度保存が効くから、それなら持ち帰れると思う。食べる時は水にひたせば戻る」

「聞いてっ、セラフィーノ!?」

「レオンハルトの話より、これの方が気になる」

「オニギリに負けるのかよ……。あとな、フィリア? お父さん、一生懸命話してたのに、何でセラフィーノとのお話を優先しちゃうんだ?」

「興味ないから」

「…………ディーっ」

「もー、姉ちゃん、ハッキリ言っちゃ可哀想だよ」

「事実だからしょうがない」


 またもやフィリアに素っ気なくされ、レオンハルトはディーを抱き締めて逃避に走った。

 嫌がりはせず、しかし顔だけは面倒臭そうにしながらディーはオニギリをもぐもぐと食べる。だがレオンハルトはそんな顔にも気がつかず、フィリアと違って邪見にしないから、ということでディーを可愛がるように抱擁したまま頭を撫でさすっている。


 本当にもう、やれやれ……。

 ディーも14歳で見た目通りの子というわけではないというのに。

 レオンハルトは親離れというものをできるようになるのだろうか。やはり母親として、あたしがこの子達をしっかり見届けていかないといけない。



「ごちそーさまっ。姉ちゃん、クラウスとラルフ誘って、午後の競技始まるまで遊んでようよ」

「ラルフがいるなら」

「ばっちり連れてく!」

「なら行く」


 2人が立ち上がるとレオンハルトは手でイナリズシを持って口に運んだ。


「遅刻するなよ」

「大丈夫っ」

「フィリアも怪我とかしないようにな」

「しない」

「ディーもはしゃぎすぎて、疲れきるなよ」

「大丈夫だってば。じゃあ行ってくるね」


 子ども達が走っていくとレオンハルトはしばらく、2人の背中を眺めていた。

 それからイナリズシをまた手にし、ぱくりとかじる。



「セラフィーノ、あいつら大きくなったろ?」

「なった。前はフィリアもディーも幼児だった」

「だろっ!? 2人ともな、魔法大学に通ってんだぜ。しかも一発合格で! さすがにこういう入試にまで権力ねじ込むのは良くねえと思って、厳正に試験をしてやってくれって言っておいてさ、それで一発で合格なんかしちゃってさあ」

「レオンハルト、待ってほしい」

「あん?」

「これがおいしい。何か教えてほしい」

「いなり寿司だよ……。それよかな?」

「これはどうやって作るもの?」

「聞いてくれよっ、お前はマイペースだな、ほんとにっ!?」


 何だかんだでレオンハルトは蔑ろにされてはいるが、楽しそうな様子だった。

 イナリズシについてセラフィーノに説明を始めた。レオンハルトが考案した料理で、これはなかなか評判も良いし、あたしもおいしく食べている。運動会と言えば、このイナリズシというものらしい。レオンハルトの価値観はいまだによく分からないことが多い。何がどうなって運動会にはイナリズシなのか。そもそも、この運動会というものさえもレオンハルトが考え出したものだというのに。



「マオと色々と話してくる。また」

「お前も行くのかっ、セラフィーノ!」

「時間はまだたっぷりある。僕はエルフだ」

「俺は人間だ」

「大丈夫、レオンはすぐ死ぬような人じゃない」

「あのなあ……」

「じゃあ。イザーク、おいしかった」


 イザークがこくりと頷いたところでセラフィーノも腰を上げて歩いていった。

 そうしてレオンハルトのためにわざわざ用意された天幕には、子ども達を除くいつもの顔ぶれが残る。レオンハルト、あたし、マノン、イザーク、シオン。ユベールも一緒に食べようかとレオンハルトが声をかけていたらしいが、ウォークスと一緒に食べると断られたそうだ。



「何だか今日は懐かしいお顔が多くて、楽しい日ですね」

「そうだな……。皆、大きくなっちゃって……だんだん、そばからいなくなっちゃうんだろうな」


 マノンの言葉にレオンハルトはしんみりと呟く。


「寂しいったらありゃしない……」

「わたし達はずっとおそばにいますよ」

「マノン……マノーンっ、やっぱいいやつだよなあ、お前……。何で嫁の貰い手が出てこなかったんだろうな」

「出会いがないんです……」

「あ、悪い。ガチトーンにならないでくれ……」

「すみません……」


 しゅんと落ち込んだマノンをレオンハルトが慰め、イナリズシをすすめた。大人しくそれをパクつくマノン。



 イザークが食後の口直しに冷たい菓子を作り始めた。砂糖を加えた甘いクリームに、凍らせてから細かく砕いたフルーツを混ぜ込み、あらかじめ焼いてきていたクッキー生地で挟み込む。口当たりはサクッとしつつ、クリームと冷たいフルーツの甘味が広がる。サクッ、ふわっ、シャリッと一口で様々な食感がハーモニーを織りなすお菓子になっていた。


「これ、うまいな……。イザーク、お前、天才か」


 ニッと口元で笑みを作り、イザークが親指を立てて見せた。

 レオンハルトも同じ手を作って見せる。



「俺さあ……」


 食後のデザートを平らげたところでレオンハルトが、広場のあちこちで家族や親しい者同士で寄り集まってお昼を食べている光景を眺めて喋り出す。


「正直、王様なんてガラじゃねえし、ほっとんどリアンに任せっきりだし、向いてねえとも思うんだよな……」

「そのようなことはありません」

「そうですよ、レオンハルト様」

「いや、ほんっと。買い被りすぎなんだよ、持ち上げすぎ。だけどさ、何かこうして、皆が幸せそうにしてるの見てると、こんな俺でも王様にしてくれてる全員がありがたく感じちゃうんだよな。だからってしてやれるのはこういう催し程度なんだけど……」


 シオンとマノンはそれを否定したさそうだったが、レオンハルトは聞く耳を持たないだろう。それが分かっていて2人は口をつぐんでいる。イザークは静かにあたし達が食べたお菓子を量産している最中だが、耳を傾けているだろうというのは雰囲気で分かった。


「こういうことが、ずっと続いてくような国になっていったらいいよな。

 お気楽で自覚に乏しい王様やってるけど、変に偉ぶってたり、お高く止まってたりするよかさ、こんな俺みたいのがやれてる国っていうのが平和で長閑でいいと思うんだ」

「大丈夫」

「エノラ……」

「あんまりデキていない上がいることで、下の結束と能力は高まっていくもの」

「おいこらぁっ!?」

「そして」

「まだ言うのかっ? まだ俺をディスりたいのか?」

「どんな旦那だろうとも、あたしにかかれば完璧に支えきってみせる。

 だからレオンハルトはそのままで大丈夫。現に皆が慕ってくれているから」

「え、エノラっ……エノラぁっ!」


 他人の目があるのに、ディーにやるようにレオンハルトがあたしを抱擁した。

 腕を突っ張って突き放そうとしてもしつこい。フィリアの気持ちが分かる。



「3人目、そろそろできねえ?」

「その気配はない」

「あのぅ……レオンハルト様、お言葉ですけど、まだお昼ですし、近くには子どももいますから……」

「女の子がいいなぁ……。フィリアがかまってくれないから……。あ、でもそしたらフィリア、ますます俺から離れる……? それはキツすぎるよなぁ……でもなぁ……」


 ああ、しくじったかもしれない。

 今夜のレオンハルトはしつこそうだ。でもつきあってあげるとしよう。最愛の人なんだから。



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