領主の息子と王子様
「何、腰痛っ? んじゃ、代わりを立てねえとな……。とりあえず旦那にはお大事に、って言っといてくれ」
「申し訳ありません、王様……」
「いいって、いいって。しょうがねえから」
その天幕に近づいていくと、レオンが細めの婦人と喋っていた。婦人が申し訳なさそうに、でも王に大しては軽すぎるような態度で天幕を去っていく。
「どうされますか、レオンハルト様」
「そうだな……。割と綱取りは若いやつが少なくなってたから、若者投入をするか……。お前、いくか?」
「しかし、自分はその後のバルーンシードがありますので」
「ああ、そっか。お前、それ出るのか……。んじゃあ、えーと……」
書類をぺらぺらとめくりながらレオンが考え込んでいる。
近づいていくとシオンが僕に気がつき、会釈をしてきた。
「ディー、ディーいこう、ディー! ディーならうまくや――」
言いながら顔を上げたレオンが僕を見て、固まった。
「久しぶり、レオン」
「……セラフィーノっ!? お前、はぁっ? いつからっ?」
「丁度、さっきダイアンシアから到着した。そうしたら何かやってるって聞いて来た」
「セラフィーノ、お前……あんま、変わらないな」
「エルフだから。でもそれなりだと思う」
「まあ、うーん……それなり、か」
だいたい、人間族で言うところの14歳や15歳くらいに見られるだろうか。
自分の格好を見てからレオンにまた目を向ける。
「それで、何してるの?」
「お前さ、ちょっと出ねえ? 運動会」
「うんどーかい……?」
レオンに説明をされ、生じた欠員に穴埋めで出てくれないかと頼まれたから二つ返事で承諾した。何だか楽しそうだったし、盛り上がっているから良いだろうと思った。
僕に出てほしいという競技は綱取り合戦というものらしい。フィールドに長さ3メートル程度の綱が12本置かれる。4つの陣営に別れているチームが、その綱を自分の陣地に引き入れていくというものらしい。12本の綱は3本ずつ、それぞれの陣営の方へ近い形で配置されるが、その3本だけを引っこ抜いても全陣営で同じ点数しか入らないため、どこの陣地のものを奪いにいくかという戦略も必要とされる。単純だが奥深そうだった。
「魔法禁止な」
「……一切?」
「魔力禁止」
「分かった」
レオンにそう注意され、魔技を使うというプランはボツにしておいた。
「セラフィーノ様、待機の入場口までご案内いたします」
「見て分かるからいらない」
「かしこまりました」
「がんばってくれよ、セラフィーノ」
「うん」
レオンのいる天幕を後にし、入場口と看板のかかっているアーチへ向かう。
10年――いや、11年ぶりだったか、エンセーラムに来たのは。目線が高くなってもこの国の雰囲気はあまり変わらないように思えた。賑やかで、でもどこか牧歌的なのんびりした雰囲気もあって、ここの人々は総じて笑顔でいる。ディオニスメリアとは大違いなのだと改めて感じさせられた。スタンフィールドとも、僕の故郷であるメルクロスともやはり違う。
「ここで待てばいい、のか……?」
入場口とされているアーチの近くには競技に参加するらしい人々が大勢いた。
大人もいる、子どももいる。男も女もいる。老人がいて、小さい子がいる。赤や青や黄色や緑の細い布を頭に巻いたり、輪っかを作って首にかけていたり、腕に巻いたりしている。それが各陣営のカラーのようだ。
「セラフィーノ!?」
「っ……マオ」
声がして振り返るとマオがいた。
首に赤色の布。布は結び目を胸の上に置くように首へ垂らしている。
「ど、どうして、セラフィーノがいるの……?」
「エンセーラムに遊びにきた。マオ、久しぶり」
「う、うん。3年くらいだね……」
「元気?」
「元気だよ。本当に、ついこの前までヴェッカースタームの草原地帯を中心にぶらっと旅してきた」
「へえ。どうだった?」
「すごいよ、あそこは。広大な大地が続いてる」
「僕も行ってみたいな。……エンセーラムの後、ヴェッカースタームへ行こうかな」
「あ、それだったら往路と復路を考えておいた方がいいよ。ダイアンシア・ポートしかヴェッカースタームは海に出られるところがないから、何も考えないで行ってると往復で同じ道を通るしかなくて、ちょっと物足りなかった」
「そっか……。分かった、ありがとう」
「うん」
マオはあまり変わっていないように見えた。でも、またちょっとマオの方が大人っぽくなってる。この分だと僕の外見が大人に見られるころには、マオはおじさんになっちゃうだろう。少し寂しい。
なんて思っていたら、マオの後ろから僕を見ていた男の子に気がついた。目線は近い。茶髪の子だった。
彼と目が合うと、僕の視線に気がついてマオが後ろを見てから、その子を横に並ばせる。
「僕の、弟。クラウス」
「ああ……。てっきり、マオと一緒の髪色かと思ってた」
「クラウス、セラフィーノだよ」
「はじめまして、クラウス・カノヴァスです。お兄様の、お友達の方……ですよね? お話でも聞かせてもらったし、お手紙でもよくセラフィーノさんのことは書いてありました」
礼儀正しい子だった。
でも無邪気そうで、マオみたいに妙におどおどしたところもない。
「よろしく、クラウス」
「はいっ」
「ところでセラフィーノ、ここにいるってことは……出るの?」
クラウスとの挨拶が済んだところでマオがアーチを見て、それから僕へ目をやって尋ねてくる。
「出るよ」
「……どこの島から?」
「島? ……多分、青いの。レオンに欠員が出たから、代わりにって言われて」
「じゃあベリル島ですね。ハチマキもらわないと」
「ハチマキ?」
「これ」
マオが首から提げていた赤いのをつまんで見せる。
なるほど。確かに僕はもらってない――と思ったら、後ろから肩を叩かれた。振り返るとそこにまだ若い青年が立っていて、僕に青色のハチマキを差し出していた。彼の左腕にも同色の同じものが巻かれている。
「ユベール・カスタルディだ。天空王ロベルタ・カスタルディの息子にして、カスタルディ王国の王子でもある」
「セラフィーノ・レヴェルト。ディオニスメリア王国、レヴェルト領領主の息子」
ハチマキを受け取ってから首に巻きつけ、締め上げないようにたわませた状態で固結びにした。
ユベールと名乗った王子の印象は、一振りの剣だった。鋼で鍛え上げられた頑丈で、装飾のほどこされていない剣。しかし、斬るということに特化した品であるからこその突き詰められた力強さという魅力を与えられるような――質実な気風といったものを感じさせられる。髪は陽光を反射するような銀の髪で、肌はやや浅黒い。雰囲気のある人物だった。
「……お兄様、何だかこのお2人……」
「うん……あるよね、雰囲気」
兄弟がそっと囁き合ったのを聞く。
似たようなものに感じられてしまうのかも知れない。
「ハチマキ、ありがとう」
「問題ない。レオンハルト王に渡してやってくれと頼まれた」
「レオンとはどういう関係?」
「以前、レオンハルト王がカスタルディ王国で開催される聖竜祭というものに参加し、競い合ったことで交流ができた。カスタルディは西クセリニアに位置していて距離はあるが、ワイバーンを満足させるほどに飛ぶ分には良い距離感だ。だからよくエンセーラムには来ている」
「ワイバーン?」
「ワイバーンだ。カスタルディには聖竜信仰があり、ワイバーンは国にとって大切な存在だ。戦になればドラグナーというワイバーンに跨がった空の戦士が出陣する。僕はカスタルディでは父に次ぐドラグナーと自負している」
「強いっていうこと?」
「強い」
「同じ陣営だと競えないのが残念だ」
「それなら、後で軽く手合わせしてもいい」
「そうしよう。よろしく、ユベール」
「ああ、よろしく。セラフィーノ」
握手してもユベールはほほえんだりすることはなかった。
僕も同じだけれど、互いに相手の瞳を見ていた。握手すれば分かる。ユベールの手は使い込まれた武人に備わるものだ。
それから、ふと周囲でひそひそ言い合っているのが聞こえてきた。
陰湿な陰口を叩いているものとは違う。目を向けると、僕とユベールを見ていた若い女性が恥じらうように体ごと顔を逸らした。
「……セラフィーノはエルフだからか」
「えっ? ユベールが魔人族だからじゃなくて?」
「しかし魔人族はこの国ではそこまで珍しいわけじゃない」
「でも僕は前に1年ほどこの国にいたから、今さらこの手の視線を受けるのは違うと思う」
言い合うと、互いに腑に落ちずに首を傾げあった。
するとマオが、控えめに口を挟んでくる。
「2人とも顔が美形だから、女の人には眼福ってやつなんだよ……」
「ああ、そうなのか」
「なるほど、分かった」
「変に似てるのかも、この2人……」
そうだろうか。
髪の毛の色も違うし、背丈も違う。
それに僕の方が彼よりもユーモアはあると思った。




