二人三脚
「何でこうなるんだよ……。どうしてだよ……。この国で『偉い人』ってお題なら、普通に考えたら俺だろ? 俺だよなあ?」
よっぽどフィリアに選ばれなかったのが悔しいみたいだった。
運営に関わっている――ていうか、運営のトップだからってフィリアにわざと偉い人というお題を引かせたにも関わらず、その目論みが砕かれてしまったのがよほどショックなんだと思う。
「別に地位や権力的な意味じゃなくてもさ? 一家を支える大黒柱として偉い、とか、あるじゃん? そういうのでも全然オーケーじゃん? なのにさあ、なーのーに、何で俺じゃねえんだよぉ……。ああああああっ、フィリアああああっ!」
「うるさいよ、レオン」
「うるさいじゃねえっ、こんにゃろうっ!」
レオンが俺にヘッドロックしてくる。
今は二人三脚の競技中だ。2人一組になって足を紐で縛ってかけっこする。本当はシルヴィアかミリアムかマルタと出ればいいなって思ってたのに、レオンが俺を指名しちゃったから一緒に走ってあげることになった。
「つーか、リュカ」
「何?」
「フィリアにちゃんと言い聞かせたよな? なあ? お前じゃなくて、俺が、父親なんだぞ、って」
「うん。フィリアがちっちゃかったころはね」
「なら、何でだよっ!?」
「何か、レオンがうざいって」
「死ねる……」
「すぐ構ってこようとしたり、スキンシップが面倒とか言ってた」
「何でお前に愚痴こぼしてんだよ、フィリアはよぉ……」
そんなこと言われたってしょうがないのに。
はあ、と重苦しいため息を漏らしたレオンに何も言えなくて俺も面倒になってくる。
「日頃からの尊敬が足りていない、ということだな」
「あんだと?」
と、横からマティアスがレオンにそう声をかける。
マティアスはマオと一緒に走るみたいだ。ロビンはラルフと一緒みたいで、待ってる列を離れて2人で歩くくらいの練習をしている。
「いや、尊敬に値する態度を取れていない、と言うべきか。だがキミはそういうやつだ、諦めることだな」
「てんめえ……」
「お父さん、レオンにそんなこと言っちゃ……」
「マオライアス、もっと言ってやれ!」
「ええっ……」
「ま、僕はその点、マオからもクラウスからも多大なる尊敬を受けているよ。だがそう気に病むことはないさ。僕とキミとでは、こういう差が出てしかるべきなのだからな、ハッハッハ!」
「マティアース!」
「何だっ、やめろ、レオンっ、こらっ! 見られるだろうが!」
レオンがマティアスに襲いかかり、地面に倒して腕十字を極めた。地面を叩きながらマティアスがギブアップをするが、レオンは意に介さずに腕を極め続ける。運動会は皆、けっこう楽しみにしてたけど――今だけはレオンとマティアスが1番楽しんでると思う。
「あっ。マオ、おかえり」
ふと思い出してマオに声をかける。レオンをどう止めようかっておろおろしてたマオが俺に驚いたような顔をする。
「どうかした?」
「だ、だって、これ止めなきゃ……」
「放っておいていいんじゃない? じゃれてるだけだし」
「馴れてるよね……」
「まあね。ヴェッカースターム、どうだった?」
「楽しかったよ。大チェントロ山っていうところに登ったら、チェントロ川を隔てて、南北で全く景色が違ってて綺麗な風景画みたいだった。草原と森林で色味の違う緑のコントラストが……リュカ?」
「ごめん、頭痛くなった。話難しいから」
「どこが難しいの……?」
ちょっとこめかみを押さえる。
よくは分かんないけど楽しかったんなら良かったと思う。改めてマオを見ると、やっぱり大きくなった。俺より背はちょっと低いけど、昔はもっとちっちゃかった。
「マオ、レオンとマティアスいるけどちゃんと競争しよう」
「……うん」
握手すると、昔のことをまた思い出す。
俺がジョアバナーサからディオニスメリアへ送った時はすごく小さい手で俺の指を握ってた。なのに、今は手が大きくなってて、ずっと剣を振ってきたっていうのが分かるゴツゴツした手をしてる。成長したんだな、って思う。
「どうかした?」
「何か、マオ、立派になったなって」
「まだまだだよ……僕なんて」
「でももうちゃんとした大人だ」
照れ臭そうにマオは笑った。
順番がきて、スタートラインに並んだ。足を紐で縛り、レオンと肩を組む。
「いいか、最初の一歩は外からだぞ」
「分かった」
「で、かけ声を合わせろ。いっちに、いっちに、って」
「分かった」
「こん中じゃ俺とお前のペアが年季は1番長いんだ。確実に勝ちに行く。このままじゃベリル島は点差が引き離されちまうからな」
「分かった」
「お前、分かった、分かった、ってそればっかだな。本当に分かって――」
「あ、待って待って、レオン、もうスタートってなるから」
「そんなん分かってるっての。それよかお前、歩幅が大事でな――」
「スタート!」
「えっ!?」
「ほらあっ! レオン、早く!」
ずっとマティアスとふざけてたくせに、直前になって色々言うから合図を聞き逃す。
慌ててちゃんと外側の足から前に出したけど、続いて踏み出そうとした内側の足が動かなかった。紐が足首に食い込んで、そのまま姿勢を崩して転ぶ。
「レオンっ!?」
「お前、バカっ、最初はせーの、とか合わせねえと始められねえだろうが!」
「だってレオンが悪いんだろっ!?」
「だってじゃねえよ、お前なあっ!?」
「いいから走んなきゃ、引き離されちゃうって!」
どうにか起き上がって肩を組み直し、せーの、って2人で揃えた合図からやっと走り出せた。
すでに3組ともずっと前を走ってるけど、ロビンとラルフが転んだ。
「飛ばすぞ、リュカ!」
「うんっ!」
歩幅を少しずつ大きくして、スピードに乗っていく。
だんだん大股になって、俺とレオンの繋いだ足がテンポよく前に出るようになる。
「もっとだ!」
「分かった!」
さらに速く走る。スピードに乗ってとうとう一組抜いて、二組目も抜いた。
前を走るのはトウキビ島代表のジーカス兄弟だ。仲の良い兄弟でさすがに息がぴったり合っている。でも俺とレオンの方が速く走れる自信はあった。目だけで確認し合ってまたペースを上げ、ジーカス兄弟に迫る。
マティアスとマオは転んだりはしていないけど、何となく息が合ってないみたいでスピードが出せていない。ロビンとラルフはてんでバラバラだった。実質、ちゃんとした競争ができてるのは俺達とジーカス兄弟だけだ。それでも最初のロスが大きくて、ゴールがもう近づいてしまっている。あと6歩くらいの距離までは迫れている。
「リュカぁっ! ゴールの向こうまでペース落とさずに駆け抜けんぞぉっ!」
「分かった!」
レオンはまだ諦めてない。
俺も返して、全力で地面を蹴っていく。あと少し、もうちょっと、2歩――!
ゴールを一気に駆け抜けてから、足を止めるタイミングが別々になっちゃってレオンと一緒に倒れ込んだ。それから慌てて2人で顔を上げて審判の方を見る。
「1着は、ベリル島!」
「よぉっしゃああああ!」
「やったあっ! レオン!」
「やっぱお前だよ、リュカっ、ナイスだ!」
紐も外さないでレオンと抱き合って喜んだ。
本当にギリギリのところでジーカス兄弟を抜けた。3着はマオ達で、ビリはロビン達だった。
「リュカ、お疲れさまです」
「1着だったね」
「おめでとうございますっ」
「うん」
応援席に戻ると3人が俺に声をかけてくれた。
それから、礼拝堂と併設した孤児院の子ども達が俺の周りを取り囲んでくる。下は2歳から、上は12歳まで。男の子4人、女の子5人で9人。皆、それぞれ事情は違うけど親も引き取ってくれる相手もいない子達だった。
何でか、シルヴィアにもミリアムにも子どもができない。俺が問題っぽい、って前にレオンに相談したら言われてちょっと落ち込んだけど、それからすぐにエンセーラムで育てる人のいない孤児が出てきて、神官として引き取って育てることにした。ちゃんと血の繋がった子どもはできないけど、孤児の子ども達がその代わりみたいに思えている。悪戯されるし、赤ちゃんは夜泣きをして眠る時間が取れなかったりするけど、今では俺にも、シルヴィア達にも懐いてくれてかわいいと思う。誰も血が繋がってないけど、それでも家族っていうものができていた。
それにこれまでずっと貯め込むばっかりだったお金も、子ども達を育てるために使えている。本当の親子じゃないから、ってもしよその誰かに言われたりしたら嫌だから、普通の家族よりもずっとこの子達を大事に育てるって決めている。
俺が昔、サントルを本当のお父さんみたいだって思えたように、子ども達から本当のお父さんみたいだって思われたかった。俺はサントルに短い時間だったけど育ててもらって、色んなことを教えてもらって嬉しかったし、あの時間がなかったら今の俺もなかったと思うから。
「レオンはけっこうダメだから、皆でベリル島を優勝にするぞっ」
子ども達に言うと、元気な声で返事をもらえた。
俺と、シルヴィアと、ミリアムと、マルタと、子ども達9人で家族だ。ちょっと大勢すぎちゃうけど、賑やかなのは好きだった。毎日忙しいし、喧嘩もけっこう多くなっちゃってるけど楽しい毎日を送っている。幸せってこういうことなんだ、って最近になってようやく分かったことだった。




