自称・至らぬ王様の胸中
「選手宣誓。代表はベリル島、ディートハルト・エンセーラム王子殿下です」
運動会参加者が成した、各島100人ずつ、10本の列からディーが出ていって広場の正面に置かれた台に上がった。
「宣誓。我々、選手一同は正々堂々…………」
右手を高々と掲げて宣誓をしようとしたディーが、不意に黙って台の上で固まる。
その表情が微妙なものになり、それからたりと汗が流れているのが見えた。にわかにざわめき始める。参加者も、応援に駆けつけた人々も。
「…………ええっと、忘れちゃった」
あはっ、とあんまり真剣に受け止めているとは思えない笑いを漏らして告白したディーに気の抜けた笑いや、緩んだことで生まれた温かい雰囲気が生まれる。
「とにかく一生懸命がんばることを誓います! 以上!」
強引にディーが終わらせると拍手喝采が起きてディーが笑顔で列に戻っていく。
我が息子ながらキモが太い。忘れちゃった、なんて素直に言ったところがごまかそうっていう魂胆を感じさせずに素晴らしい。さすがである。いやあ、ほんと。やっぱディーは天使だ。
シオンが司会の下、開会式がつつがなく進行していった。
俺も選手登録はしているのだが、立場をわきまえろ――というような理由で運営本部の天幕の下で開会式を見守る。開会挨拶はさせられた。俺がこのエンセーラム四島対抗大運動会の発案者であり、企画者であったせいで。適当なことを喋っておいた。我ながらこういうことに馴れたな、とつくづく思う。
そも、このエンセーラム四島対抗大運動会は大人も子どもも楽しめて盛り上がれるようなイベントがあったらいいんじゃないか、という思いつきから始まった。リアンに企画をプレゼンすること3度、予算会議で熱弁を振るってどうにかこうにか開催費を用意して、と様々な苦労の末にようやっと実現された。着想から開催まで2年もかかっていたりする。
エンセーラム王国の主要な島々――トト島・ユーリエ島・トウキビ島・ベリル島から100人ずつ、競技に参加する人を募集した。多く集まりすぎた島は、各島で誰を出場させるかという話し合いが持たれた。各島には運動会のためだけのリーダーがおり、そのリーダーの采配で100人をどの競技に出していくか、という采配を振るう。
そうして決定された100人ずつ――合計400人の名簿を見てみると各島ごとに特色らしいのが見えて少し面白かった。
トト島はエンセーラムの玄関口も同然であり、商業が盛んだ。漁師や職人、商売人が多い。しかし船もたくさん出入りするので荷下ろしなどをする肉体労働者も多く、トト島の参加者はそういった体力自慢の比率が大きかった。
ユーリエ島は牧畜に適している土地だったので、畜産をやっている住民が多い。が、それ以上に学校関係者というやつが多い。ユーリエ学校の教師はもちろん、魔法大学もユーリエ島に作り、そこを中心に学生の街まで形成されてきているので魔法士の比率が多くなっていた。
トウキビ島は農夫が多い。サトウキビ畑がたくさんあって、田園もあって、その他の畑もわんさかある。ここはトト島に次いで人口が多いが、子どももたくさんいる。子ども達を楽しませてあげようというやさしい気持ちがあったのか、トウキビ島の参加者は平均年齢がかなり若かった。
ベリル島は人口がもっとも少ない。何せ、王宮で働くやつが41人と、俺達家族4人、宰相ご一家、滅多に使われない迎賓館の管理人一家、音楽ホールの管理人と楽器職人達。あとはリュカのところくらいなのだ。雷神と灯火神をそれぞれ奉っている2つの礼拝堂はエンセーラム唯一の孤児院も経営していて、そこの子ども達は全員参加だ。それでも100人に満たなかったから、ちょちょいと奥の手として助っ人も用意している。そのためベリル島はなかなかに戦力に偏りが生じていて、誰をどの種目に出すかというのは3日も悩んだ。
本当は国民が全員、何かしら1つの種目にでも出られれば良かったんだろうが、それをするには喜ばしいことに人口が多すぎてできない。が、家族の勇姿だとか、住んでいる各島への帰属意識とかで応援も盛り上がってくれるはずだ。豪華景品なんて用意できなかったが、応援で声を出して、体を動かしてくれれば、運動会という非日常を充分に楽しめるだろうと信じている。
そう、この運動会はエンセーラム王国への愛を高めようという、いわば愛国心を植えつけるようなイベントなのだ。
昨日の敵は今日の友、なんて言葉もあるが全力を出して競い合って、勝った負けたと言い合っても、同じことに熱中したという仲間意識が芽生えて、健闘を讃え合うようになれれば各島ごとではなくて国全体に連帯感が生まれるものと信じている。もともと、ここに住んでいた者はいなかった。誰もがどこか別々の土地からやって来たというせいで文化の摩擦などが生じることもあるが、こういうイベントを通じて相互理解ができるはずなのだ。
開会式が終わり、最初の競技が始まる。
最初はやっぱりオーソドックスに徒競走だ。各島から36人ずつ参加の徒競走。大人も子どもも、人間族も獣人族も魔人族も入り乱れての、かけっこ。速い、遅いはあるが応援をする声がたくさん重なり合う。
そんな光景を見ていると、何かもう、ずぅーっとこの日のために身を粉にして働き続けてきた甲斐があったと心底感じた。
俺なんかが王様をかろうじてやれてるのは、こんな俺の突飛な発案を無碍にしないでつきあってくれる国民がいてくれるお陰なんだな、って。至らない王様だけど俺、がんばる。――なんてそっと胸の内でしんみりしている内に、徒競走の最終レースとなった。
一度に4人ずつ走るのだが、徒競走のような個人競技などは最後の出場者だけ本命をそれぞれの島で投入しようぜ、という明記していない約束がある。で、なかなかに有望なのが出揃っていた。
トト島代表は何と、マティアスんとこの長男にして、いつの間にか帰ってきていたマオライアス。
ユーリエ島代表には、ロビンとリアンの一人息子ラルフ。
そしてベリル島代表として本命に投入した、ディー。
これはなかなかに面白そうなレースになりそうだ、と椅子に座ったまま身を乗り出す。
「用意……スタート!」
そのかけ声で各走者が一斉に駆け出した。
一周200メートルのトラックを半周するから、100メートルを競うことになる。真っ先に飛び出したのはラルフだった。やはりこういう競技で獣人族というのは強い。両手を使って獣のように四足で爽快に駆け出して、先頭になる。続いてディー、それからマオライアスとトウキビ島代表の、えーと、名前忘れたけど大豆の生産から加工までやってるやつ。こいつの豆腐はうまいから顔はよく知ってる。
「ディー、行けっ、走れっ! もっと腕を振れ、腕!」
さすがにラルフが速すぎるのか、どんどんラルフだけが突出していく。
半分ほど走ってきたくらいでマオライアスとトウキビ島代表の大豆マンが加速をかけてディーに迫っていく。カーブがほぼほぼ終わったかというころに、先にラルフが1位でゴールしてしまう。直線距離、ここで踏ん張らないといけない。
「ディーっ、がんばれ、走れ、いけいけいけっ! いったれ!」
喉が枯れんじゃないかってくらい声を張り上げたが、惜しくもディーは3位に転落してゴールした。2位はマオライアスだった。
「ぐぬぬ……ロビンとマティアスに負けた気分……」
「でもラルフ坊ちゃんは金狼族ですし、マオ様は今が1番肉体的に成熟していますし……」
「マノンっ、お前、玉入れだよな。がんばれよ」
「はい! もちろんですともっ!」
「よしっ。……てか、もう行った方がいいんじゃねえの?」
「え? ああっ、すみません、うっかりしてました! 見ててくださいね、レオンハルト様、マノンが必ずや貢献しますから!」
マノンが慌ただしく入場口へと走っていくのを見送り、徒競走での各島のポイントが大きな看板に貼り出される。
ベリル島は、いきなりビリっけつだった。うーむ、これは由々しき事態だ。




