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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 9 エンセーラム四島対抗大運動会
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運動会の朝



 パァン、パァン、と空で音が弾ける。魔法による花火だ。

 このエンセーラム王国では何か行事がある時、これがよく打ち上げられる。今日は何かがある日だ、と小さなころからこの音を聞くとわくわくさせられてしまう。


 今日の空包花火が告げるイベントは、エンセーラム王国の国王が発案してやっと実現に漕ぎ着けられたイベント。

 その名もズバリ、エンセーラム四島対抗大運動会である。


 正直よく分からない試みだけれど、要するにスポーツみたいな色々な競技をしていって、着順などでポイントが加算されていく。そのポイントが全ての競技が終わった時、もっとも多かった島が優勝となるのだ。優勝した島には立派な優勝旗が贈られる。ご褒美はそれだけ。

 でも、負けられない戦いがそこにはある。



「ディートハルト様〜、どちらにいらっしゃいますかー?」


 王宮の屋上で空に打ち上げられた空包花火を聞いていたら、俺を呼ぶ声がした。

 ちょっと体を起こして地上へ目を向けると、メイドのマノンが途方にくれたようにあっちへとことこ、こっちへとことことさまよっていた。王宮で1番偉いメイド――のはずなんだけど、ドジでおっちょこちょいだ。1番年長のメイドのはずでもあるのに。でもマノンは好きだ。見てると面白いし、やさしいし。


 屋上から地上まで、小さくジャンプして飛び降りた。魔鎧で体を強化しておけば、ほんの5、60メートル程度の垂直落下は余裕だ。石畳に降り立ってからマノンに手を振る。


「マノーン、こっちだよー」

「え? あっ、やっと見つけましたよ、ディートハルト様……!」


 パタパタとマノンが走ってきて、くたびれたように膝に手をついた。


「もういい年なのに元気だね」

「いい年とか言わないでください、坊ちゃん」

「はぁーい。……で、何? どうかしたの?」

「どうかしたの、って……今日は運動会なんですから、準備があるじゃないですか。ディートハルト様ものんびりしていないで、お支度をしますよ」

「支度なんていらないよ」

「いいえ、ダメです。最近、散髪もサボってらっしゃるから髪の毛がボサボサになってきているし、色んな人に見られちゃう日になるんですから身だしなみはしっかりしましょうね。行きましょう」

「ぶー」

「渋ってもダメですよ」


 手を引かれ、王宮の中に入っていく。

 普段はさんざん利用させてもらってる容姿だけど、どうもこの格好だとマノンからいつまでも子ども扱いをされちゃうようだ。俺だってもう14歳で子どもじゃないっていうのにさ。




「ディー、やっと髪の毛を切ったの?」

「マノンがうるさいんだもーん」


 サクッとマノンに散髪をされ、切った髪の毛で体中がチクチクしたからさっと王宮自慢の露天風呂に入ってきた。髪の毛を拭きながら部屋へ戻っていたらお母さんに出くわした。割とものぐさなところがあるお母さんでも、今日の運動会はお父さんが張り切りまくってるからか、つきあってあげているらしくて動きやすそうな格好をしていた。長い髪の毛をいつもは下ろしたまんまなのに今日は動きやすそうにまとめて結われている。


「あまりうるさいと言ってはいけない。マノンはあなたを心配しているだけ」

「心配されるような年かな?」

「鏡を見る?」

「見た目じゃなくてっ」


 お父さんは人間族だけど、お母さんは魔人族だ。青白い肌と、青い髪の毛からそれはすぐに分かる。

 そして俺と姉は、揃ってハーフで産まれてきた。違う人種同士の間に子どもは普通、両親どちらかの人種で生まれてくる。でも俺も姉もそれぞれの特徴を持っている。人間族にはあり得ない、海を思わせる紺碧の髪色という形で魔人族の血が出ているのだ。それ以外は人間族っぽく見えはするけれど、ちゃんと魔人族の血が身体の成長の遅さという形で現れている。具体的に言うと10歳くらいまでは普通に人間族の子と大差なかった。でも、だんだんとそこから同世代ではやたらに背が低くなって――いや、背の伸びが極端に悪くなったせいで取り残されるように小さく見られるようになって――来年には成人する年齢だというのに、全然、子どもっぽくてしょうがない。背が小さくて、体毛も薄すぎちゃって、骨格だって子どもみたいに華奢なままだ。

 子どもっぽく、あざとらしく振る舞えばけっこう皆、甘く、多めに見てくれるからそう振る舞って利用させてもらうことは多い。でもたまに、普通に人間族みたいな成長ができればいいのにとも思わせられる。



「分かっているとは思うけれど、運動会でズルは厳禁」

「しないよ」

「魔技も厳禁」

「…………」

「ディー、返事は?」

「……はぁーい」


 お母さんに念押しされ、返事をしてしまう。

 魔技がなしじゃあ、この見た目通りの運動能力しか発揮できないのになあ。


 バレないように使ってみようかとか、ちょっと考えていたらお母さんが肩から提げていたタオルで俺の頭をごしごしと拭いてきた。


「いいよ、子どもじゃないんだから」

「ディーはすぐに体調を崩す。ちゃんとすぐに髪の毛も乾かしておかないと」

「大丈夫だってば。外に出ればすぐ乾くし」

「そうやってこの前、また熱を出した」

「あれはラルフとふざけて遊んだせいだから」

「でもラルフは大丈夫だった」

「んもうっ、とにかくいいってば」


 逃げるように廊下を走って自分の部屋へ入る。

 サッと着替えてから、わざわざ王宮の玄関に行くのも面倒臭いから3階にある窓から外へ飛び降りた。




「あっ、ディー、遅いぞ!」

「ラルフっ、おはよ! クラウスも!」

「おはよう、ディー」


 運動会が開催されるユーリエ島の広場に弟分であり、子分も同然であるクラウスとラルフの姿を見つけて駆け寄っていった。俺より3つ下だ。クラウスは茶髪で女の子みたいに髪が長くて、それを綺麗な髪紐で編み込んでいる。ラルフは金狼族というオオカミっぽい獣人族で、綺麗な金髪と黄金色で風になびく稲穂を思わせる綺麗な尻尾を持っている。耳も頭に三角形のがくっついている。

 この2人は同じ日に生まれて、親同士の仲が良いっていうこともあって家族ぐるみで仲良くしている。俺と姉ちゃんは2人より年が上だから昔から色々と面倒を見てあげていて、最早弟分そのものだ。



「姉ちゃん、まだ来てないの?」

「あっち」


 尋ねるとクラウスが顎でしゃくった。そっちへ目を向けると、ああ、と納得する。

 運動会の準備で色々と大変そうにしている、姉ちゃんが大好きな人がいた。名前はリュカ。うちのお父さんの従者、って本人は言ってるけど、それっぽいところはあんまり見かけないエンセーラムに2人いる神官だ。背が高くて格好良くて、やさしくて、いっぱいご飯を食べる。お嫁さんが3人もいて、ちょっと呑気なところはあるけど小さい時からずっと遊んでもらってるから、俺も好きだ。

 でも姉ちゃんは、そういう意味とはちょっと違う感じの好き、って具合でいつもリュカにかまってもらおうとしてる。すごく甘えるし、いつもリュカのことを考えてる。恋でもしてるのかも、って前にお父さんに言ってみたことがあったけど、お父さんが言うには「そういうベクトルの好きじゃない」って言っていた。


 まあ、どんなニュアンスの「好き」だろうがリュカはお嫁さんが3人もいるし、年だって違いすぎるし、姉ちゃんの好きが通じるはずもない相手なんだろうけど。



「クラウスはトト島で出るんだよね? じゃあ、俺達とは敵?」

「そうだよ」

「ふふーん、じゃあラルフ、いっしょにクラウスをやっつけようね!」


 かわいいかわいい、ラルフの尻尾へサッと手を伸ばして触れる。中に太めの芯があり、そこから長い毛が伸びて垂れ下がっていくタイプの尻尾だ。これがもう俺は大好きで、よく触らせてもらっている。――けど、やさしい手つきで捕まえたと思ったら尻尾はするりと俺の手を抜けてしまった。


「俺はユーリエ島で出る」

「え、何でっ? 同じベリル島なのに」

「親父が立場があるから、ってユーリエ島で出るんだって。だから俺もそっちにつくことにした」

「へえ……。じゃあコルトー家はユーリエ島で参加?」

「お袋はベリル島で出るってさ。宰相なのに陛下と別はどうだとか何とか」

「家庭内分裂?」

「この機会だから俺の実力をお袋に見せつけてやるっ!」

「ああー……がんばれ、ラルフ」

「ムダだろうけど」

「何だとっ!?」


 どうどう、とラルフを落ち着かせるべくやさしく頭を撫でてあげたけどペシッと手を払われてしまった。

 ラルフのお父さんはユーリエ学校にある、エンセーラム魔法大学の学長先生だ。今日の運動会の会場になってる広場だって、厳密には魔法大学の敷地内っていうことになっている。うちのお父さんとは大親友で、魔法大学を作ることになった時、まっさきにその責任者として頼み込んだらしい。

 で、ラルフのお母さんはエンセーラム王国の宰相だ。厳密には国王を補佐する、っていう立場なんだけど実質、宰相がこの国を取り仕切っているも同然だ。難しい諸外国との交渉だとか、経済的なことだとか、色んなことをやっているすごい人。


 そんな、すっごい両親の一人息子のラルフは、一匹狼なところがある。

 有り体に言っちゃえば、ツンケンしてる。怒りっぽくて、じゃれ合うことを格好悪いことだって思ってる。でもけっこう寂しがり屋で、かわいい尻尾と耳を持ってる。一見、相反するようなこの組み合わせから感じられてしまう、えも言えぬかわいい、って気持ちをお父さんは「萌え」なんだって教えてくれた。つまりラルフは萌えである。

 普段はツンケンしちゃってるのに油断したり、気を抜いていたりすると僕や姉ちゃんがどれだけ撫でててもされるがままになるし、口ではあれこれ言っちゃってるけども何だかんだでいつも俺やクラウスと一緒だ。


 ちなみに僕と姉ちゃんとクラウスは通うことが国民の義務になってるユーリエ学校を卒業してから、そのまますぐに魔法大学へ入ったけどラルフだけは入らなかった。その変わり、ついこの前までラルフのお父さんの故郷に行っていて、そこで金狼族としての教えだとかっていうのを学んできたらしい。具体的には狩りとか、伝統とか、そういうところらしい。

 帰ってきた今は、特に何をするでもなく俺と遊んでくれている。俺も魔法大学に籍は置いてるけどあんまり通ってなくて暇だから、最近はよくラルフと一緒に遊びまくってる。



「そうだ、2人とも」

「うん? どうしたの、クラウス?」

「お兄様が今、帰ってきてるんだよ。今日も運動会に出るって」

「マオライアスか! ついでに俺が叩きのめしてやるっ!」


 ラルフが燃えて拳を握る。

 クラウスのお父さんはエンセーラムの国防と災害対策を担っている、現在唯一のエンセーラムにおける将軍だ。常備軍が最近ようやく整えられてきて、外国に比べると規模はめちゃくちゃ小さいし、人員も少ないんだけど、言わずと知れたエンセーラム四天王の一角で、さらにその中で1番か2番っていうくらいの実力者だ。ちなみにエンセーラム四天王は、リュカ、クラウスのお父さん、ラルフの両親の4人だったりする。


 で、そんなクラウスには腹違いのお兄さんがいて、その人がマオライアス。クラウスとは10歳上だっけ。だから21歳だ。

 マオライアスはディオニスメリアにある、騎士と魔法士の学校みたいなところにずっと行ってて、卒業したら帰ってくる――はずだったらしいけど、まっすぐ帰らないであちこち旅してから帰ってきて、3年くらい前にようやくクラウスは初めて会った。それからは居着くのかな、って思われてたけどふらっとヴェッカースタームに旅へ出たって最後に聞いていた。帰ってきてた、っていうのは初耳だった。


 ちなみにラルフは誰にでも敵意を燃やす。

 基本的に競争と、それに勝つのが大好きっ子だ。そこがかわいいんだけどね。負けると悔しがって、慰めてあげるとしゅんとしてされるがままに慰められてくれるから、それが激しく萌える。ラルフかわいいよ、ラルフ。



「今日は皆、敵同士かあ……」

「ベリル島はヤバいんじゃないのか? 人数少なくて」

「でもディーもフィリアもそうだけど、陛下とか、エノラ様とか、リュカ、それにラルフのお母さんまでいるんだから……ベリル島は怖いよ」

「ふんっ、勝手にビビってろよ、クラウス。優勝はユーリエ島がもらうぜ!」

「ビビったりするもんかっ! トト島の人口は四島の中で1番多いし、お父さんもお兄様もいるんだからな!」


 クラウスとラルフが張り合うのをほほえましく眺める。

 俺と姉ちゃんからすれば2人まとめて弟分だけど、この2人は同じ日に生まれて、仕事で宰相が忙しかったからってクラウスのお母さんのおっぱいをラルフは飲んでもいた。乳兄妹だ。だから何だか、ちょっとこの2人の間には特別な絆を感じる。



「まっ、ベリル島が勝つんだけどね」

「負けないぞっ!」

「そうだ、ディーにも僕は負けないからなっ!」

「ふふーん、お子様は吼えるばっかりだからなあ〜。ここはひとつ、大人の力ってやつを見せてあげるよ」

「ディーだってまだ成人してないくせに」

「背とか俺より小さいし!」

「むっ……気にしてることを。でーも、それでも、負けないかんね」


 もうすぐ、運動会が始まる。

 ぞくぞくと広場には国民が集まってきている。

 今か、今かと、皆がどこか浮き足だって始まるのを待っていた。


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