実はモテてた
「…………師匠、お願いあるんだけど」
「どうした、朝っぱらから? お前、学校は?」
「午前中は受け持つ授業ないからいいの」
執務室に閉じ込められて、あちこちから上げられてきた報告書に目を通しているところに小娘は現れた。目が据わり、何かちと酒臭くもあった。
「何だよ? 給料前借りか? んなもん、シルヴィアに――」
「そのシルヴィアとリュカのこと……」
「あん? シルヴィアと、リュカ? まさかっ、とうとう、あいつ!?」
「……うん」
「うおおおおおっ!? マジか、マジでかっ!?」
「はぁぁぁ〜……」
ようやくリュカがアタックして、しかも何か成功したっぽいような感じだってのに小娘は陰鬱なため息をこれみよがしについた。
「何だよ、そのテンション?」
「……今夜、ぜーんぶ忘れるくらいまでお酒飲みたいからつきあってよ」
「何で?」
「……リュカのこと、好きだったから……」
「はあっ!? マジでっ!? マジか、それっ!?」
机を叩いて、小娘がうなだれて座っているソファーへ向かう。やっぱり近づくと酒臭いのは、やけ酒でもしたってことなのか。
「いつからだよ?」
「……ちょっと気になったのは、ずっと前だよ」
「んで?」
「もう、いいの、今はそういうのは! 今夜、空いてるの、空いてないの!?」
「空けてやらあ、そんくれえ! 吐き出せ、何だよ、何だよ、お前もか? リュカのどこがいいんだよ?」
「悪いとこも目立つけどさあ……っていうか、ダメ、今それ始めたら学校戻れなくなる……」
「シオンに代わりに行かせるから。シオン、ゴー!」
「かしこまりました」
「ちょっと!?」
「お前がリュカをなあ……。さっぱり気づいてなかったぜ、おい。ベニータんとこで朝までつきあってやるよ。そんで、何がどうなったんだ? 言ってみろって」
「そのテンションうざいんですけど?」
「てめえ、うざいとは何だ、うざいとは」
「人が失恋したっていうのに、それを嬉々としちゃってさあ……。そういうのどうなの? 信じらんない。ぶっちゃけ財布代わり程度でしか声かけてないから」
「うるせえ、財布になってやるから全部言えってこった」
「はいはい後でね、あーとーで。授業代わってくれるんなら寝るし」
「はあ? そりゃないだろ、俺のこのわくわくをどうしてくれる」
「仕事してれば? お・う・さ・ま!!」
ソファーを立って嫌味ったらしく言うと小娘は大股で執務室を出て行ってしまった。
やさぐれてんな。だけどマジでか。フィリアに続いて小娘までもがリュカに……。でもってシルヴィアには成功したんだよな。何だこれ、あいつ、モテ期ってか。
「こいつは面白くなってきたぜぃ」
他人の恋バナほど茶化して楽しいものはないのだ。
1日が終わるのを待ちわび、夕刻にベニータの店へ向かった。すでに小娘は狭い店内のさらに奥のコの字型に配置されたボックス席で飲み食いをしていた。卓にはベニータもいる。
「あら、案外早かったのね」
「このためにな。んで、小娘? 詳しく聞かせてもらおうじゃねえか」
「どーせ茶化して面白がってバカ笑いするために来たんでしょ? お財布置いて帰っていーよ」
「お前なあ?」
「違うのぉ?」
「……まあ、ちょいとな? ちょーいと、ってだけだから安心しろって」
ケッとすっかりやさぐれた舌打ちをし、小娘が空になった樽ジョッキでテーブルを叩いた。ベニータが蒸留酒の水割りを作り、俺と小娘に出してくれる。
「にしても、リュカがシルヴィアとねえ……。まあ、案外いい具合なのかしらね」
「そうなんじゃないのー?」
「足りないものを補完できるように人は惹かれ合うらしいからな」
「バカとしっかり者ってこと?」
「んでもって、似た者同士も気が合うってもんだろ。どっちもバカなとこもあるし、どっちも意外としっかりしてるとこもあるし」
「ふふふっ、それもそうかも知れないわね」
「だろおっ? はっはっは」
ベニータと爆笑し合うと、早速酒を飲み干した小娘がきっつい眼差しで睨んできた。
「どーせ似合ってないですよーだ!」
「んな拗ねるなって……」
「そうよ、別にいいじゃない。あんたもまだ若いんだから、次見なさいよ。大体ねえ、あんたが塩送ったりしたからくっつくことになっちゃったんじゃない。それをうだうだと……」
「何だ、塩送ったって?」
「あーあーあー! 言わないでいーいー!」
「昨日の夜、雰囲気察してわざわざ2人きりにしてやったんですって」
「マジで? お前、男気あるな? さすがは我が弟子! さあ飲め、飲め! 男らしいじゃんかよ」
「女の子ですぅー!!」
「何が男らしいんだか……」
「いや男らしいって。要するにあれだろ? 好きなやつが幸せになるんなら、自分は身を引いてもいたしかたない的な? その英断を俺は誉めるな。小娘っ、よくやった。いやミリアムと呼んでやろう、お前は立派な男だ」
「だーから!」
「いやいや、それがバカらしいってのよ。なーにが、相手が幸せになるならよ。そこは、自分が幸せにしてやるから邪魔者はどいてろってスタンスじゃないと取れるもんも取れないってなもんなのよ、バカ?」
「バカとは何だよ! 男の美学だろ!?」
「美学ぅ? んな言葉にかこつけて、結局は自分に自信がないヘタレの言い訳でしょ?」
「いいや、美学だ!!」
小一時間ほどベニータとは言い争ったが、決着はつかなかった。ほったらかしにされた小娘がキレて、構えと叫び始めたので論争を打ち切った形だ。
「だぁいたいさあ〜? リュカって、モテるじゃない?」
「え? あいつモテてんの?」
「そこそこね……。だってそこまで関わりがないのからすれば、神官で、あんたの右腕で、顔もそこそこ、体つきは逞しい方だし、大食いなのもギャップで世話したくなる〜……みたいな感じらしいわよ」
「マジでかよ……。俺は? 俺はないの、そういうの?」
「あんたはないわよ」
「俺はここの王だぞっ!?」
「だからでしょ。分かりなさいよ、ちょっとは」
「だああああっ! すぐに置いてけぼりにしないでってばぁ! リュカの好意がシルヴィアに向いてたのなんて、露骨に分かってたけども! でもあたしだって、それなりの接点もあったし、チャンスあるかもーって思ってたの! なのに、何したって興味見せないんだよ!?」
「何したんだよ?」
「……稽古つけてもらった時に、お礼でご飯とか作ったり」
「胃袋は色んなとこにがっちり掴まれてるからなあ、あいつ……」
「学校休みの時とか、シルヴィアとかち合わないように気をつけながら礼拝堂まで行って、お喋りとか」
「何喋ったのよ?」
「…………剣、とか?」
「それが誘ってるトークになるかあ?」
「師匠うるさい!」
何だよ、話を聞いてやってんのに。
それからもことごとく、どっか空回りしているようなアプローチを小娘はぶつぶつ話し出した。昼過ぎからずぅーっと小娘に絡まれているベニータはすでにお疲れなようで、何度か欠伸をしていた。夜から店を手伝っているビーチェにちらちらアイコンタクトをしては無視されていたりもする。替われと合図しているんだろうが、ビーチェは寄りつかない。傍目に面倒臭い席だと理解しているんだろう。ベニータももう若くはないのにかわいそうに。
なんて思っていたら、店にまた客が入ってきた。何気なく顔を上げると、リュカだ。
「リュカ?」
「そうだよ、リュカに何もしないで振られましたぁー!!」
さっぱり周囲を気にせず、ヤケを起こして小娘が叫ぶ。
それから、あーあこいつ本人の前で、というやっちまった空気感に気づいたのか、小娘が振り返る。丁度、入口に背を向けるような位置に小娘は座っている。
「俺に振られたって何?」
「あ」
いくら鈍いリュカでも、これはちっとごまかせそうにない。
きょとんとして首を傾げるリュカから、ゆっくり顔を逸らしてから小娘はまた酒を煽った。その間にリュカはこっちの席へ歩いてきて、ベニータが腰を上げて席を譲る。
「な、んでも……ない、ヨ」
「何でもなくないじゃん。すごい酔ってるし」
「何でもないの!」
「シルヴィアが学校も休んで、帰ってもこないって心配してる。何でこんなとこで飲んでんの?」
「ああああもうっ、バカリュカ!!」
「はあっ!? いきなり何だよ、バカはその通りだけどいきなり言われても嫌だろ!」
そういう問題なのか、リュカ?
「いいじゃん、別に! シルヴィアといちゃいちゃしてれば!? 昨日みたいにぶっちゅう〜ってしちゃえばいいじゃん!」
「はあっ? 何だよそれ?」
「いいか、リュカ。落ち着いて聞け?」
「ん?」
「ああ、もう師匠言わないでってば! ねえ!」
「こいつ、お前のこと好きだったんだと」
「あああああああっ!!!」
「そうなの?」
「っ……そうだよ、そうだったの!! ぜーんぜん気づかれなかったし? むしろもう、どうでもいいけど!!」
「で、それが何?」
「いや何じゃないだろ?」
「シルヴィアと結婚するんでしょ? 早くしたら? 心の整理でいっぱいお祝いのお金あげるから!! 早くしないと銅貨1枚もあげないよ!」
「別にお金欲しくないけど、何でそんな怒ってるの?」
「だからあっ!」
「俺、ミリアムのこと嫌いじゃないし、結婚する? 大勢いた方が楽しいかも知れないし」
こいつって、こんなことはすっげえナチュラルに言えるのな。
だけどそんなついでみたいな言い方で、はい喜んで〜なんて言えるやつはそういな――
「ほ、ほんと?」
「うん」
「いるのかよぉっ!!?」
意味が分からない。
何なんだ、リュカって何なんだ。
ついでにこの小娘も息巻いてたのに何だこの、この感じは。
「……ベニータぁ、酒」
「ビーチェ、今日はもう店仕舞いよ……。ちょっともうムリだから」
頭が痛いのは、酒のせいじゃないと思う。