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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 8 マオライアスとセラフィーノ
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バカ親のマティアス


「どうだったんだよ、マオライアス?」


 マティアスがユベールと一緒に帰ってきたので、その晩に酒でも飲もうと声をかけた。

 ぞんがい早い帰りだったが、マティアスの表情は複雑だったから不安解消というわけにいかなかったんだろうとはうかがえた。


「何だよ、不良にでもなってたのか?」

「ああ、なっていた」

「あちゃー、まあ……うん、ドンマイ。でもスタンフィールドでの不良なんてたかが知れるだろ」

「まあな……」



 今夜は宰相官邸での飲みである。酒席には俺とマティアス、そしてロビンがいる。

 官邸とは言え、コルトー家の住むちょっと豪華な家である。この席にいないリアンはすでにコルトー家の一人息子のラルフと一緒に床についている。

 5歳になったラルフはそりゃもうかわいくて、やつに噛まれるのが最近は幸せでたまらない。くすぐってやると尻尾がちぎれんばかりに振られ、そうしながらもしっかり噛みついてくる。ようやく甘噛みの力加減を覚えてきたらしく、多少は痛いがそこまで痛いというわけでもなくなってきている。——そうしてじゃれてる時のロビンの尻尾はめちゃくちゃ警戒心に満ちていたが。



「マオ、大丈夫だった? どんな様子だったの?」


 不安そうにしながらロビンが尋ねると、マティアスは力なく息を吐いた。


「オーロルーチェのバカ貴族もどきとつるんでいた」

「オーロルーチェって、あれか、お前もいた寮。鼻持ちならないやつしかない」

「お金持ち貴族ばっかりの、怖いところ?」

「キミ達、そんな偏見を持っていたのか?」

「事実だろ?」

「……まあ、そうかも知れんが。しかし僕まで同じに括ってくれるなよ」


 あいつら、ずっけえんだよなあ。

 学院内に寮があるから、毎朝、あの長い階段を上り降りしないで済む。この目でそこを見たことがあるわけじゃないが、めちゃくちゃ豪華だって聞いたことがある。

 一方の俺とロビンのいた寮は遠方や、ディオニスメリア国外から魔法士になりたくてやってきた、いわゆる身分なんて最底辺くらいのやつか、貴族の生まれではあるけど弱小だったり、大勢いる兄弟の末っ子だったり、っていう立場が弱いやつしかいなかった。そんなわけで割と庶民的だったけど、だからこそ居心地は悪くなかった。



「聞いた話によれば、毎日、賭場通い、酒場でへべれけになるまで飲んで酔っ払っていて、煙草臭くて……」

「うわあ……」


 想像以上だったのか、ロビンが苦い顔をする。


「ラルフがそうなっちゃったら……どうしよう……。マティアスくんはどうしたの?」

「まさか放置じゃねえよな?」

「丁度、魔法大会の開催期間中だった。だから目をつむって許してやろうと思ったさ」

「意外に器がでけえな」

「うん、意外」

「おい、キミ達」


 偏見ありまくりだけど、あの寮の連中はほんっとに馬が合わねえし。ぶん殴りたくなるようなクズ揃いだった。

 まあその寮で6年寝泊まりしたマティアスとだけは普通につるんでたけど、マティアスもあの寮の連中と仲良くしていたようにも見えなかった。



 マティアスがエンセーラム産の清酒をお猪口に注いで、ちびりと口をつける。

 徳利とお猪口もちゃんと作らせた。こいつができてからというもの、酒がうまくてしょうがない。

 ちなみに本日の肴は枝豆と刺身と冷や奴である。すっかり日本の食文化っぽくなってきている。最近、やきとりのタレが作れないもんかとあれこれしている。だが、どうやってあの味ができているのか、何も分からないので困っている。目指すはマレドミナ商会の新事業・マレドミナ居酒屋である。


「で、どうしたの?」


 マティアスが酒で口を湿らせたのを見てロビンが促す。


「そこまでは、別に何もなかった。

 多少の悪い遊びを覚えたって、それも経験だろうと思ってな」


 今度は枝豆を食い、木の匙で豆腐をくずして醤油を少し垂らして食べた。

 少しロビンとアイコンタクトをする。感じているのは同じらしい。マティアスが少し言いよどんでいるのだ。だから、ちまちま喋って、ちまちま飲んだり食ったりしている。



「んで?」

「ああ……。どうやら、色々と思い悩んだ末にそうなっていたようでな」


 想像はついている。

 かつて未来に飛ばされた時、落ちぶれたマオをこの目で見ている。


「自信を失っていると言うか、いやに卑屈になっていると言うか、そういう自己嫌悪に陥っていたようだった」


 やっぱりな、というのは口に出さずに飲み込んでおいた。

 マティアスは今度は刺身を一切れ、醤油に軽くつけてから口に入れる。最初は生で食うなんて、て具合で敬遠していたのにもう馴れたようだ。


「挙句に……自分が落ちこぼれだから、ヴァネッサ女王に捨てられたんだ、なんて口走ってな」

「はあっ?」

「僕も耳を疑った。だが、本気でそう思い込んでるようだった」

「そういう事情じゃない……よね? 確か」

「ああ、彼女は知っての通りに僕を無理やり寝所に引きずり込んだんだ……。いや、まあ、うん……。忘れたい記憶だから、詳しくは掘り下げないでくれ」

「う、うん」

「だが彼女の主義として、生まれた子は父親に一目見せてやるということにしている。それでリュカがジョアバナーサに来たのを良いことにディオニスメリアへマオを送り出した。僕が養育する気になれなかったら、マオは今ごろジョアバナーサにいた。決して捨てられたんじゃなく、彼女は父親に育てるか否かと突きつけて、それに従っているのみだ。だから、まずはそのことをしっかり言い聞かせた」


 またもや口を閉ざし、マティアスはしばらく何か考えにふけるように目を伏せる。


「だがな……一緒に、別のことも口走ったんだ。

 何をしても平均以下、自分に価値もない。

 そしてセラフィーノを裏切って、保身にはしった、と」

「それ、どういうこと……? 裏切った?」

「マオライアスが、セラフィーノを?」


 あいつら、仲いいのに。

 喧嘩でもしたってか?


「詳しいことは分からないが、推測するにマオは……恐らく、学院で孤立していたのだろう。

 最初のころのロビンのように、安らげるのはレオンと一緒にいるくらいのもので」

「あの性格じゃ、やり返したりしないだろうな……」

「レオンはすぐ尻尾狙ってきたから、そこまで安らいでもなかったけど」

「うん? ロビン?」

「セラフィーノに庇われ、それさえマオには苦痛だったんだろう」

「ちょっと、分かるかも知れない」

「それより、何、ロビン、俺と同じ部屋、嫌だったのか? なあ?」

「レオン、真面目な話してるから」

「ロビィーン……」

「そしてマオとロビンで違ったのは、唯一の味方であったのがセラフィーノだけということで……セラフィーノもレオンのように疎まれていたんだろうな。剣闘大会でどうもセラフィーノは2年の時に優勝していたらしい。二連覇のかかった剣闘大会で、これは去年のことだろうが……セラフィーノを陥れようとするバカどもに取り入るために、セラフィーノを陥れて妨害をした。

 それから悪い遊びを覚えて、金の工面を手紙でするようになっていったんだろう。そのことも言っていたさ。金がないとつきあえないんだ、って。言い訳をしていた。だが……あの叫びは、僕はその時はもうカッとなっていて気づいてやる余裕がなかったが、自分に対して言い訳していたんだろうな。僕が学院に入れるための条件として提示していた、バカどもとつるむなという約束のせいで虐められたらしい。

 僕としたことが、途中から頭の中が真っ白になってしまってな、何をどこまで言っていたか、よく覚えていない。だが、葛藤があったんだろう。色々と言っていたが、それらは全部、開き直りでもあって、葛藤している自分への言い訳でもあり、ずっと押し殺してきた本音だったのだと思う」


 空になっていたマティアスのお猪口に酒を注いでやる。

 眉間にしわを寄せながらマティアスは腕を組む。



「それで、どうしたの?」

「……カッとなってしまった、と言っただろう? マオを殴ってしまった。思いきり、こう」


 言いながらマティアスが握り拳を俺の頬へ押し当ててきた。

 腕を引いてからお猪口を持ち、またちびりと飲む。


「序列戦で一位になれと言って、それができなければ騎士団の親衛隊にぶちこむと言いつけた」

「お前、何してんの? コネ乱用? 俺でもしねえよ、そんなの」

「つい言ってしまったんだ」

「つ、つい、って……それにしても……」

「親衛隊でずっと蔑まれながら生きたいのならそれでいいさと言ってやって、あと、逃げてもどこまでも追いかけてやるとも言って、序列戦も観に言ってやると言いつけた」

「どんだけプレッシャーかけてんだ、お前? あいつ、そういうの弱いだろうが。あーあ、あーあー、そうやって追い詰めたせいでバカな考え起こすかも知れねえぞ? どうすんだ、お前?」

「うるさいっ、そこまで気が回らなかった」

「どうどう……」

「気が回らなかった、じゃねえだろ」

「悔しかったんだ、僕だって」

「はあ?」

「想像してみろ、レオン。ロビンもついでに想像しろ」

「えっ?」

「何を?」

「ディーが、ラルフが、自分はクズだ、生きている価値がない、いつか親に捨てられる、そんな風に思い込んで自分を卑下しているんだぞ? 情けないやら、育て方を間違ったのかやら、そうまで周囲の者が傷つけたのかやら、頭の中が爆発しそうになった」

「いや、キレて殴ったんだから爆発してんだろ」

「いちいち揚げ足を取るな」

「へいへい」

「マオは、そんなに弱くないんだ。それなのにああも自分を追い詰めて自己嫌悪に浸っているかと思うと、色んな感情が膨れ上がった。冷静でいられるはずがないだろう」


 言いながらマティアスはまた怒っているようだった。

 ディーがもしもそうなってしまったら——いや、考えたくない。ムリ。

 うん、気持ちは分からんでもない。考えたくないくらい嫌だっていうのは伝わる。



「お前の努力が足りていないから落ちこぼれなんだ、とか言ってしまってな」

「うわ、ひっでえ」

「僕だって反省しているさ。……だが、期待をかけない方が難しいだろう」

「気持ちは……分かりたくないけど、分かるよ」

「……やってしまったよ、本当に。ユベール王子に乗せてもらった帰路で、ずっと後悔した。だが、そんなに追い詰めるほどよくがんばった、なんて僕には言えないんだ。言えなかった。強くあってほしい。そうだろう?」


 同意を求められてもやや困る。

 曖昧に考え込む素振りを見せておく。



「立ち直ってほしいんだ」

「……序列戦、ダメだったらどうするの?」


 ロビンがそっと尋ねると、マティアスは今度は肘をついて頭をかかえた。渋い顔をする。


「できるはずがないだろう……。いくら僕が元親衛隊だったとは言え……」

「そこは有言実行しろよ」

「だから、何か良い落としどころを考える。何か、こう……がんばったと分かるようなものを見られれば撤回。どう思う?」

「ふわふわしすぎだろ」

「もし、何も変わってなかったら?」

「…………うぅむ……いや、そんなはずはない……」

「も、もしも、だよ」

「もしも……変わらなかったら、か……。……介錯してやってから、僕も死ぬか」

「重いわ」

「それくらいのことなんだ! キミ達には分からないさ、僕の気持ちなんて!」


 今度は逆ギレし、俺らは閉口してしまう。

 いつも不遜を装ってるマティアスだが、割と中身がデリケートだと再認識させられる。



「クラウスにはマオ宛ての手紙の返事を持ってきてやると言ったのに、そんなこともできなかったし……。ねつ造するか、手紙を……。マオの筆致を真似て……」

「やめろ、バカ」

「じゃあクラウスに何て言えばいい。僕が帰るなり、手紙の返事はどうしたと目を輝かせて走ってきたんだぞっ!? あの眼差しを前にマオが不良になっててそれどころじゃなかったなんて言えるかっ!?」

「マティアスくん、声大きいよ……」

「あっ、そういや、お前、赤い剣どうした?」


 そろそろ真面目な話も終わりだろうと思って椅子に片足を乗せ、立てた膝に顎を乗せる。そうした時、ふと壁に立てかけられているマティアスの剣がアーバインのものしかなかったのに気がついて尋ねた。



「マオにくれてやった。激励のつもりだが……」

「重いわぁー。あんなに純粋に親父を尊敬してたマオライアスが、ぶん殴られて、脅しつけられた挙句に剣だけ置いてかれるとか、重すぎるわぁー」

「うるさい、うるさぁいっ! 黙れ、レオンっ! そもそも、剣だけじゃない! クラウスが書いたマオ宛ての手紙も一緒だ!」

「声、声。大きいから。ラルフが起きちゃうよ」

「潔く、自決のために使うかもな……」

「何っ!? い、いや……いや、いや、そんなつもりは……」

「あーあー。やっちゃったな」

「ないっ! 絶対にない! というかレオン、キミはそんなにマオが嫌いか? 嫌いなのか?」

「んなはずねえだろうが」

「だったら何で悪い方向に話を膨らませようとするっ!?」

「お前が余計な気をはってそうだからほぐしてやろうと——」

「余計なお世話だ! クソっ……ああ、気になる……。マオ、大丈夫だろうな……。大丈夫なんだろうな……?」


 本当に心配性なこって。

 自分の子どもが大事だってのは俺も分かってるけど。

 けど目の届かないところにいるから尚更、ってのがデカいんだろうなあ。いつか、フィリアとディーがどっかへ行っちまうんだろうか。そうなったら心配で夜も眠れなくなりそうだ。そう考えるとマティアスの取り乱し方も分からないでもない。キャスがメーシャと一緒に行っちゃった時も、かなり寂しくなったし。



「レオン!」

「あん?」

「レストを貸してくれ、早まっていないかだけでも確認してくる」

「待て待て、お前、バカ。お前が不在の間に、俺とリアンがどんだけ穴埋めに働いたと——」

「うるさい、王ならばデカい度量を持て!」

「お前、俺がスタンフィールド行けって言った時は渋ったくせにっ!?」

「ことここに至って関係があるか! ユベール王子はどこだ!? 探してくる! 見つからなかったらレストを借りるぞ、レオン! じゃあな!」


 バタバタとマティアスは出ていってしまう。

 やや、足取りが覚束なくなっていた。酒で酔ってたのもあるんだろうな。そこそこ飲んでたし。


「……大丈夫かな、マオ?」

「さーて……どうだかなあ」

「そんな他人事みたいに」

「んでも、大丈夫じゃねえか? 何だかんだで、さ。そこまで弱くねえよ」



 翌朝にはマティアスはすでにスタンフィールドへ行ってしまっていた。

 エンセーラムにいてくれたユベールに頼み込んで、ミシェーラに一言だけ伝えて飛んでいったらしい。


 親バカ――いや、バカ親である。

 それはそれは愛すべき、心配性でバカ親なマティアスだった。




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