聞き込み
「あっ、マオのお父さん。ええと……」
「マティアス・カノヴァスだ」
「そうっ、マティアス……様? わたし、ミルカです」
マレドミナ商会をスタンフィールドに見つけたので、マオの最近の様子を知らないかと思って足を運んでみた。するとユーリエ学校でマオと同期に卒業したという娘が食堂で働いていると言われ、商店と併設されていた食堂に顔を出す。何となく見覚えはある少女だった。喋ったのはこれが初めてだが……。
「ここにマオは来たことがあるか?」
「ありますっ」
「最近は?」
「あ、1回だけ……去年の、今ぐらいにきましたよ。セラフィーノと一緒に」
「そうか。その時の様子――」
「ところでご注文は何になさいますかっ?」
「……あ、ああ。そうか、ではお茶を」
「お茶と?」
「……何がうまい?」
「スパイスチキンがおすすめです」
「じゃあそれを」
「はい、少々お待ちくださいっ!」
ぱたぱたとミルカは厨房の方へ走っていった。
食事ではなく、聞き込みに来ているというのに。
商魂逞しいというか、僕の事情は気にもかけないというか……。
昨夜、ユベール王子にスタンフィールドまで連れてきてもらったがすでに日が暮れていた。
宿だけ取ってどこかで適当にどこかで食事をしようと部屋を出れば、隣室に赤毛の若者が泥酔しながら入っていこうとしているのを見つけた。最初はだらしないとだけ思ったが、それがマオだった。声をかけても酔っ払っているせいか要領を得ないことばかりで、挙句に嘔吐してそのまま眠るという目もあてられぬことになった。
そして僕が目を覚ますと、ちゃんと体を綺麗にしてやってベッドに寝かせておいたのに蛻の殻だった。
一体全体、何がどうなっているのかも分からない。
そんなわけでマオの近況を探ることにし、冒頭にいたるというわけだ。
こういうことは手分けをした方が効率が良いのだろうが、生憎とユベール王子は僕をここへ乗せてきてくれるとそのままどこかへ飛び去った。迎えにくるのは2日後だ。
「意外とイケるな」
「ありがとうございます」
出されたスパイスチキンなるものを一口食べてから、脂のついた指をクロスで拭いて茶も飲む。
「それでミルカ。去年マオが来た時というのは、どのような様子だった?」
「セラフィーノと一緒に来て、2人でいっぱい食べていきましたよ。でもマオ、何だか元気なかったみたいな感じがして……」
「そうか。……それきり、来ていないのか?」
「はい。セラフィーノはよく来てくれるけど、マオは元気って尋ねても何かいっつもはぐらかされちゃって」
「……ふむ」
確かセラフィーノもマオと同じでオーロルーチェだったか。
学院に足でも運ぶか――しかし親バカのように思われてしまうのもマオが嫌がるかも知れんな。すでに成人しているのだし。だが、それでも15歳なんてまだまだ若い。親としては監督責任もある。
「あの……マティアス様」
「うん、どうした?」
「その……見間違いだったかな、とも思うんですけれど」
「ああ」
「前に黒馬の鬣亭っていう酒場にお品物を届けに行った時、マオみたいな人を見かけたような気がして……。赤髪で、背格好も同じくらいだったんですけど、一緒にいたのが貴族の御曹司って感じの人ばっかりでちょっと怖かったんですけれど」
黒馬の鬣亭——か。
あそこは賭場も兼ねていたはずだな。
昔からスタンフィールドへ来た貴族の子息がこぞって遊びにいく老舗だ。大多数はすぐに金をなくして痛い目に遭うが、オーロルーチェの連中は金持ち揃いの高位貴族が多いから入り浸る。泥酔していた理由も、煙草の臭いがした理由も、あと時間帯も一致する。あそこは朝までずっとやっているわけではなかったから、途中で追い出されることになる。
僕は賭場に入り浸れるような時間的余裕ができたころには、序列戦第一位になるべく毎日、剣の稽古と魔法の練習に追われていたから行かなかったが。それに賭場へ女の子を連れていくようなこともできないし。
「でも……マオがあんなお店行くはずないですよね」
「……ああ、そうだな」
スパイスチキンを食べてから店を出た。
今は魔法大会の開催期間中らしい。で、あれば騎士養成科は暇だ。ちょっと賭場で遊ぶ程度は許容範囲だが——どうして早朝に姿を消したものやら。そこだけが引っかかる。あまりの醜態をさらして顔向けをできなくなった、とかか?
……やれやれ、我が息子ながら繊細だ。
そう言えばクラウスにもそういうところが少しある。僕の血筋によるものだろうか。
夜を待ってから黒馬の鬣亭へ足を運んだ。
なかなか賑わっている店だ。まっすぐ3階まで階段を上がると、そこの空気は一変する。張りつめた緊張感と、一度の勝負ごとに漏れる嘆息や歓喜。煙草の煙が充満し、飲んでもいないのに酔いそうになる強烈な酒の香りが満ち満ちている。ざっと視線を巡らせると学院の生徒らしい若者達の一団を見つけられた。
遊んでいるのはチャックという、カゴと3つのダイスを使ったもののようだった。
少し懐かしい感じもする雰囲気だ。もう20年近くも前だったか、僕がここの学生であったのは。彼らが占めている卓の端の席が空いていた。その椅子を引いて腰掛けると、不躾な視線を向けられる。
「混ぜてくれ」
金貨を3枚出す。
いくら貴族の子でも、一度に使う金額というものの上限はある程度決まっている。せいぜい、銀貨10枚程度だろう。それだって庶民が倹約しながらどうにか一年で貯め込めるかどうかというものだが。ディーラ―が僕の出した金をチップに替えた。大量のチップの山に変わる。
ルールは簡単だ。
卓上にはシートが出されている。そのシートは枠で区切られていて、それぞれの枠に異なる賭け方が表記されている。単純に何の目が出るか、というのを賭ける場合は1から6までの数字が記載されている枠の上にチップを詰む。他には、出目がいくつ以上、いくつ以下というように決められている枠が複数種あるので、そこにチップを詰んでいっても良い。
賭けの参加者がチップを出したところでディーラ―がカゴの中に3つのダイスを振り入れ、カゴの中でダイスをかき混ぜながら卓上に置く。カゴを取った時、ダイスの上になっている面の数字が出目だ。出目の予想と外れればチップは回収され、的中すれば配当を得られる。
単純だが、奥が深い。
熟練したディーラ―は自在に出目を出せるとも聞いたことがある。
これがチャックというダイスを使ったゲームだ。
「キミ達、学生かい? こんなところで遊んでいいのか? 将来は騎士団に入るのだろう?」
彼らの目に僕がどう映るものか。
この僕の生まれもった高貴さを鋭敏に嗅ぎ取るものか、それとも話し相手のいない寂しいおじさんに見られてしまうものか。
「……今は魔法大会というものをしているのですよ。僕らは騎士養成科ですから、今は束の間の休暇です」
「そうだったか。息抜きは大事なことだな」
よし、寂しいおじさんとは見られなかった。
僕もまだまだいけるということだ。ふっ、まあこのマティアス・カノヴァスならば当然のことか。
彼らと当たり障りのない雑談をしながら何度かゲームをし、配当は低いが堅いところに賭けておいた。
小さな当たりでの増減を繰り返し、少しずつチップを溜め込んでいく。彼らと僕とでは、一度に使うチップの量が違うため、小さい当たりでも繰り返していけばあっという間に彼らが数日使い込むような分を勝たせてもらえた。
そこでもう飽きたとばかりに立ち上がる。
一方、僕と同じ卓にいた学生達はそろそろチップが尽きかけているという頃合いだ。
「キミ達、ここで出会ったのも何かの縁だ。
訳あってここへは1人で来ているのだが、未来ある若者のために食事でも奢らせてくれはしないか?」
いきなり話を探ろうとしても警戒されかねないが、同じ卓を囲ってゲームをし、結果的に僕の1人勝ちという状況。その勝者が勝った金を持て余しているというような雰囲気を醸し出しながら誘いをかければ、毎日、金を絞られていくばかりの貧乏な学生どもは簡単に僕についてくることになった。
階下の酒場へ移動し、マオライアスのことをそれとなく探った。
生憎彼らはオーロルーチェの学生ではなかったが、マオのことを少し聞き出す分には問題なかった。必要な情報だけ聞き出してから、金を置いて僕は黒馬の鬣亭を後にする。やはりというべきか、まさかというべきか、話に聞いた限りではマオはオーロルーチェの一大派閥に与しているらしい。そここそが、典型的な傲慢で高慢で自惚れ屋ばかりいる、典型的な貴族の子息の巣窟だというのに。
……いや、どの寮を選べとか言わなかった僕が悪かったのだろうか。
朱に交われば赤くなる、というやつだろうか。
「どうしたものか……」
明日にでもマオに会おう。
やむにやまれる事情というものは往々にしてある。頭ごなしに否定して叱り散らすなど、主義に反する。まして、あのマオが軽卒に、迂闊に、馬の合わなさそうな貴族の子息達と仲良くできるかというのも疑問なのだ。