俺も一緒に
「リュカ、ちょい待ち」
「何?」
解散、解散ってレオンが騒ぐから帰ることにして、王宮のおっきい玄関ホールまで来た。そこでレオンに呼び止められると、手招きをされて壁の方に行く。
「どうかした?」
「お前の体の件は、引き続きどうにかできねえかロビンとかに調べてもらう」
「うん」
「けども、これであれこれあったのに一段落つくんだ。お前もいい加減、身を固めろ」
身を固めろ?
身を、固める?
「ふんっ」
「筋肉じゃねえよ」
「んじゃあ何?」
「はあ……」
呆れたため息をつかれる。分かりやすく言えばいいのに、変な言い方して呆れるとかちょっとイラッとする。むっとしていたらレオンが俺の首に腕を回してきた。耳元に顔を近づけられる。
「結婚だよ、結婚……。シルヴィアにしろ、リーズにしろ、どっちか選ぶなり、両方にプロポーズするなりしろ」
「んなこと言っても」
「いいか? 俺はなあ、お前がいつまでーも独身でうだうだしながら、好きだった女がどっかの誰かに嫁いでって意気消沈するお前を見たくねえんだよ」
「でもタイミングとか……」
「うじうじすんな、行け。思いの丈全部、今日吐き出せ。いいな」
乱暴に放されて、尻を蹴られた。出口のところでシルヴィアとミリアムがシオンとおしゃべりしながら待ってる。レオンも含めて、あの4人で学校の先生をしてたから仲がいいんだ。3人の方を見ていたら、ミリアムがこっちにちらっと視線を向けた。すぐに話に戻っていく。
「俺から雷神様に祈っといてやるから。うまいこと運べ、って」
「……分かった」
うるさいから返事をしておいた。
だけど何て言えばいいんだろう。いきなり言ったらビックリされると思う。
どこかで鳥が鳴いた。
小舟でユーリエ島に漕ぎ着け、桟橋につけてから降りる。
「ここまででよろしくてよ? いくら夜だからと言っても、もうここまで来れば歩き慣れたところですし」
「レオンに家まで送ってけ、って言われたから」
「まあっ……そ、それで闇夜に紛れてわたくしに良からぬことを……!?」
「しない」
「……よろしいですわ、信頼しましょう」
無言で歩いた。ミリアムも一緒だ。シルヴィアと一緒に暮らしてるから。
レオンには今日だって言われたけど、いきなり結婚してだなんて言えないし、2人きりにならなきゃいけない。でもミリアムがいるし、どうしよう。ソアはこういうのに協力してくれる神様じゃないし。
家まで送ってから、ちょっと話したいとかシルヴィアに言ったら2人になれるかな。
それから、どうしたらいいんだろ。いきなり、言う? でも、違う気がする。何か違う話から始めればいいのかな。好きな食べものの話とかして、それから俺はシルヴィアのこと好きとか言ったりしたらいいのかな。
「リュカ、どこまで行くの?」
「えっ?」
考え込んでたらミリアムに引っ張られた。いつの間にか、2人の家まで来ていた。危うく、そのまま踏み鳴らされた道を歩いていっちゃうところだった。
「それではわたくしどもはこれで。送ってくださったことを感謝いたしますわ」
「あ、うん……いや、シルヴィア、ちょっと」
「わたくしに何か?」
「ちょ、ちょっと話したいんだけど……」
「まだ浮かれていますの? では、家の中で続きでもなさりますか? 良い薫製を先日いただきましたの」
「薫製?」
「ええ、学校で教えている子の――」
「シルヴィア、出かける時散らかしちゃったからダメ」
「あら……そうでしたの?」
頭の中が薫製でいっぱいになってたら、ミリアムが口を挟んできて我に返る。
「長いお話にならないのなら、たまにはお外でお話をするのも良いかも知れませんわね」
「それがいいと思うよ。リュカも、いい?」
「うん、それがいい」
「……じゃあ、片づけてるからごゆっくり〜」
言いながらミリアムが家の中に入っていった。ドアを閉める時、ミリアムは俺を見てちょっと寂しそうな顔をした。でもすぐ、それは閉められたドアに隠れる。
「それで……何のお話があるのですか?」
「あ、うん……。その、シルヴィア」
「はい」
向き合うと何か恥ずかしくなってきて何もない方に顔を向けた。
だけどやっぱり、何て言い出せばいいか分からなくて、ああでもない、こうでもないって考えがぐるぐる回る。
「わたくしはあまり詳しい話は教えていただけていませんが、大変な戦いがあったのだとはミリアムから聞きました」
「え? うん」
悩んでたらシルヴィアがそう言って、俺の横に立って同じ方を向いた。それから顎を上げて空を眺める。俺もその視線につられて星がキラキラしてる夜空を見た。
「……わたくしも、大きな戦いに臨まねばならないのかも知れません」
「大きな戦い……? シルヴィアが?」
「はい。ずっと、逃げてきましたの。逃げていたところで、気がついたらこの国へ来ていましたわ」
「何から逃げたの?」
「故国より。バルドポルメという国で、王女としてわたくしは生を受けましたの」
王女? 王女様?
ちょっと信じづらいけど、何でか納得もしそうになった。
確かに何か、リーズとは違うけどそれっぽいのかも知れない。
「けれど父の代まで続いた治世はある時、革命と反乱によって途絶えましたわ。家臣に逃がされ、わたくしは右も左も知らぬ城の外で、ずっと逃げました。国内にいてはわたくしのことを誰もが知っているから、ディオニスメリアへ命懸けで渡って……そこでも国交なき国の王女という身分がバレればどうなるかという危惧から、人のいない方へと、ずっとずっと、逃げましたわ」
「怖かった?」
「とても……。今でも、ここは大丈夫だとは思っていても、一度胸に刻まれたものは消えないのですわね。誰もわたくしに害意を持っていないと頭では分かっているのですが……ふとした時に恐ろしい想像が脳裏をよぎって、この国の方に対しても、いきなりわたくしを捕まえに来るのではないかと思ってしまうんです」
「……そっか」
革命と反乱っていうのは、王様を倒すことだ。シルヴィアは王女だったから、一緒に殺されそうになって逃げた……。どんな気分だったんだろう。自分の国から追い出されちゃうどころか、命まで狙われるって。
「逃げてはならないのかも知れないと……最近、思いますの」
「どうするつもりなの?」
「わたくしは……命惜しさに逃げました。けれどまだ、あの国に住む人々が幸せに暮らせているのだろうかと不安もありますの。それをこの目で確かめてみたいと、思っています。とても寒い国で、いつも民は飢えてばかりでした。ディオニスメリアとの戦争でも叩きのめされて……誰もが疲れきっていましたの。革命は閉ざされかけていた未来を切り開くために、民が起こしたものです。わたくしも王族として生まれたからには、その責任があるでしょう。ですから……見に行こうと思っております。見て、ダメであったのならば今のわたくしに何かできないかと動いてみます。うまくいっていたのならば……心残りは消えます」
視線を俺へ向けて、シルヴィアがほほえんだ。
それから細い指で俺の手を取ってくる。
「……内緒になさってください。ユーリエ学校からまた、子ども達を送り出したら……こっそり行こうと思います。その時にどなたか心配してくださる方がいたら、あなたから、濁してご説明をしてください」
「どうして、誰にも言わないの?」
「すでに居場所は失われましたが……それでも立場のあった身です。この豊かな国に、争いの種を持ち込みたくはありません。ご心配をおかけしても、ご迷惑は……」
新芽の季節に、シルヴィアが遠い国に行く。
もしかしたら帰ってこない。ただ見るだけで終われるなら、でも――。
「あなたにお話できて、少し胸が軽くなりましたわ」
「シルヴィア」
「はい、何でしょう? やっと用件を思い出しましたか?」
「……行かないで」
「それは……やはり心配をしてくださったのでしょうか? でも、すでに心は定まっているのです。申し訳ありません」
「違う」
「違うというのは?」
「シルヴィアは、帰ってこない気がする。そんなの、俺は嫌だ」
「ふふ、子どものようなわがままを仰らないでください」
「だけど、嫌だ」
「向き合わねばならないのです。そして……いえ、わたくしはもう、とても充実した日々を過ごせましたから、悔いはないのです」
分かってない。
それじゃあダメなのに、でも何て言えばいいか分からない。言葉にならない。
「俺、俺は……シルヴィアが好きだから、行かないでほしい」
「ありがとうございます。わたくしも……良き友人として――」
「その好きじゃない。結婚したい方の好きだ!」
顔が熱くなる。シルヴィアはビックリした顔をして、それから目を左右に泳がせ始めた。
「そ、そんなことを、言われましても……わたくしは……いえ、わたくしなんて……」
「シルヴィアはすごいんだ! 頭もいいし、ちゃんと先生ができてて、すごく……すごいんだよ、とにかく!」
「リュカ……」
「むしろ、俺なんて……孤児だったし、盗みとかして、捕まってぶん殴られたりしてたくらいだったけど……でもシルヴィアは違う。偉い人だから、すごい。なのに……シルヴィアは自分の国に帰って、そこに死ににいくみたいな感じがする」
「……分かりません。そういう覚悟がないとは言い切れませんが、まだ……悩んでいます。誰かに言ってしまえば、あとは行動するのみとも考えて……打ち明けたような気もいたします」
「じゃあ、俺も行く。俺も一緒に行くから、一緒に見よう。もし、まだシルヴィアの命を狙う人がいるんなら、俺が全部やっつける。もし、シルヴィアがバルドポルメに残りたいって言うんなら、俺も一緒に残るから」
目を大きく、大きく見開いてからシルヴィアが地面を向いた。薄明かりで肩が震えているのが分かる。
「わたくしは……偉くもなければ、立派でもありません……。それでも、よろしいのですか? 幻滅をしてしまうかも知れませんのに」
「俺、バカだからそう言うの分かんないし……幻滅なんてしない」
「ふふ……そうもあけすけだから、あなたといると、胸が安らぐのかも知れませんね」
息を震わせながらゆっくりと吐き出していって、シルヴィアが顔を上げた。でもまだシルヴィアの目からは涙がこぼれていく。抱き締めると、俺の背中にシルヴィアも腕を回した。腕の中に感じたシルヴィアは小さくて、弱々しかった。