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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 8 マオライアスとセラフィーノ
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愚者の焦燥


 表向きに酒場として営業をしている黒馬の(たてがみ)亭。

 3階建ての大きな酒場でいつも活気に満ちている。が、酒を飲みにくるだけの客は2階までにしか立ち入らない。黒馬の鬣亭の3階は博打をしにきた者が入り浸る場所だった。


 僕のいる卓にはディーラ―を含めて9人。

 ディーラ―がカゴの中に3つのダイスを振り入れて蓋をするようにカゴを置く。ダイスの上部に出てきた目に賭けるという遊び。3つのダイスの目が全て同じという賭け方をしたり、3つのダイスの目の合計が8以下12以上になることに賭けたり。この賭け方で配当が異なってくる。


 ディーラ―がカゴを開ける。

 ダイスの目はそれぞれ、「3」「4」「4」だ。


「ああ〜……」

「クッソ……」

「またダメか……」

「マオライアス、お前は?」

「4が2つ出たからダブル」


 得意になって言うとディーラ―が僕のチップを2倍にして返してくれる。


「またかよ。何で分かるんだ?」

「勘以外にないよ」

「頼む、マオライアス。貸して」

「……いいよ、利子忘れないでね」



 黒馬の鬣亭に入り浸るようになって、どれだけ勝って、どれだけ負けたかは分からない。負けた金額の方が多い、というのは確かだ。

 5年生となると受けなければならない授業も訓練も減り、その分は自学や自主訓練の時間に費やすようになる。まして、今は魔法士養成科の一大イベントである魔法大会が開催中。騎士養成科の者は、それを観戦して魔法戦の研究をするなり、あるいは外へ出て体を鍛えるなりする時間に充てられる。


 ——というのは建前で、手に入れた自由な時間を不真面目な者は遊びほうけて過ごす。

 序列戦や剣闘大会に本気で臨むような人は少数派だ。5年もいれば自分がどれほどの器かなどというのは分かってくる。どれだけあがいても上を目指せないと、身の丈を知らしめられる。


 ごくごく一部の才能溢れる者だけが、いつだって脚光を浴びる。

 物語の主役になることができる。


 僕や悪い友達(かれら)のような端役にもなれない者は、こうして何にも生産的なことをせず自堕落に過ごすのみだ。



 それから何度かゲームをして、途中勝った分は簡単に負けた。

 そろそろ追加の分のお金が送られてくるころだ。どこかでお金を節約しておいて、質に入れたお父さんからもらった成人祝いの品を取り戻さないと。あと何日くらいで流れるっけ。質料くらいは早めに入れておくかな。でも今日はすかんぴんになったから、また明日にしておこう。


 勝ったやつも負けたやつも一緒になって、さんざん賭け事を楽しんでからは酒を飲む。

 味はどれだけ飲んでもおいしいとは思わないけれど、たくさん飲むとどうでも良くなる。どうでも良い、というのが一種の救いになっている。何でもかんでもどうでも良くなってしまえば、悩むこともいじけることも怒ることもなくなる。酒が脳みそを緩く、麻痺させるかのように絡みついてくる。



 酔った頭と体で、寮には戻らずに近くの安宿へ帰る。

 魔法大会が始まってからはずっと、安宿と黒馬の鬣亭を往復している。他の皆はちゃんと帰っていたり、別の朝までやっている賭場へ行ったりするけれど僕はお酒を飲むと頭が動かなくなるから眠る。いちいち学院の表階段を上っていくのは苦行だから、寮には帰らずに宿で寝る。魔法大会開催中、ずっと連泊している宿に入ると女将は怪訝な目を向けてくる。


「お客さん、大丈夫かい? まだ若いのに、そんな酒浸りで……。学院の子なんだろう?」

「大丈夫ですよ……」


 小言のうるさい女将をかわし、宿の受付横の階段を上がっていく。

 壁に手を突きながら一段ずつ、今にも倒れそうな体で。視線は床に落としたまま、階段を登りきって一番手前の部屋。そのドアノブを掴んで回そうとし、吐き気が込み上げてきて思わずうずくまる。口を押さえ、両膝をついてそのままでいると、少し収まった気がしてドアノブを掴んで膝立ちのまま部屋へ入ろうとする。——その時だった。



「マオっ?」


 大人の声がした。

 誰だろうかと思って廊下の先に目を向ける。


「……え?」

「マオじゃないか、どうした? 何をしてる、こんなところで?」


 赤い髪の毛。

 前髪の一部を綺麗な紐で編んで耳の後ろへ流す、男性。


「お……とう、さん……?」


 ああ、最悪だ。


「酒臭いし、煙草の臭いもする……。一体、こんな時間に、こんな場所で何をして——」

「っ……おろろろっ……」


 肩を揺さぶられた拍子に戻した。

 吐き出すと体力の限界で、吐瀉物に倒れ込むように意識を失った。




 目が覚めると上半身は裸だった。

 ベッドから上体を起こして部屋を見渡すと、窓際へ寄せられた椅子でお父さんが腕を組んだまま眠っている。壁には2本の剣を立てかけている。まだ朝の早い時間だったようだ。頭がズキズキと痛みだし、水を一口飲む。


「…………」


 夢かとも昨日は思ったけど、現実だったらしい。

 言いつけを破って貴族の子息とつるんで、勉強も訓練も手を抜いて何となくで済ませて、毎日、博打と酒におぼれて眠る。そんな生活をありのままに話してしまったら、果たして叱られるのみで済むかどうか。絶対にそれだけじゃ済まないだろうなあ。


 だから逃げることにした。

 明日からお金をどうしようか、学院に通わせないと判断を下されたら、それからどう生活をすればいい。

 不安を抱えながら父を起こさないように部屋を抜け出して、人のいなかった宿の受付には父から宿泊費を支払ってほしいとメモを置いていった。何度も後ろを振り返って父が追いかけてきていないのを確認しつつ、オーロルーチェに帰る。朝早いから、こんな時間に寮の共用スペースに人はいない——はずだった。



 ラウンジに足を踏み入れ、そこにセラフィーノがいたのはビックリさせられた。

 これから早朝の稽古にでも行くのか、剣だけを手にして出てきたところだった。ハッとして足が止まり、セラフィーノと目が合う。


「……おはよう、マオ」

「…………うん」


 ただそんな挨拶だけでセラフィーノは無関心に僕の横を通り過ぎていった。

 お父さんがセラフィーノと出くわしたりすれば、僕のことを知られてしまうだろうか。それはマズい。


「あ……せ、セラフィーノっ」

「……何」


 振り返らず、足を止めてセラフィーノは返事をする。

 でも何て言えばいい。何も言わないでくれ、と頼む義理が僕にあるのか。僕はセラフィーノを裏切った。謝罪も何もなく、あれからずっとまともな会話をしたこともない。きっと怒っている。それを通り越して無関心になっているかも知れない。


「……いや……何でも……」

「…………」


 すぐにセラフィーノは歩いていった。

 出会わないでくれと願う。自分の部屋に戻り、ベッドに腰掛けて頭を抱える。



 どうしよう、どうすればいい。

 逃げたい、父から。でも逃げたら僕はどうなる。

 卑怯者だと軽蔑されて、親子の縁でも切られてしまうのか。


 不安と焦りばかりが膨らむ。煙草を吸っても、お酒を飲んでも嫌な想像が消えない。落ち着かない。落ち着けない。嫌だ、嫌だ。どうしよう。何で逃げたんだ、宿から。あそこでちゃんと頭を下げたら説教だけで済んだかも知れないのに、逃げ出した。名誉を重んじる父は卑怯を許さない。逃げ出すような、卑怯な息子を許してはくれないはずだ。



「マオライアス、いるかい?」


 ノックもなしにドアが開き、ピエトロ先輩が入ってきた。


「は、はい……」

「何だい、その顔?」

「お父さんが……来てて、出くわして、逃げちゃったんです……」

「へえ、お父上が? それで?」

「それでって……こんな、生活してるのがバレたら、どうなっちゃうか……分からないです」

「ふうん……。大変そうなら別にいいよ、それじゃあね、マオライアス」

「あっ……ぴ、ピエトロ先輩」

「何だい?」

「どう、どうすれば……いいですか……?」


 出て行こうとした先輩が、狐みたいな目をちょっと開く。

 それから微笑を浮かべて踵を返し、僕の方へ寄ってきた。


「あのねえ、キミ? 何でもかんでも他人に尋ねるってどうなんだい?」

「っ……」

「……まあ、でも、そうだね。僕なら、口八丁でごまかすんじゃないかい? 申し開きをしてさ、どうせすぐに帰るんだからその場だけ取り繕えばいいよ。今まさに、心を入れ換えようとしていたんです……みたいなこととか言えば?」


 ごまかして、申し開き……。

 他人事のような気楽さと嘘っぽさをピエトロ先輩は隠そうともしていない。


「そんなの、いつまでも……」

「そもそもキミは悪いことをしてるのかい?」

「えっ……?」

「普通だろう、僕らはここの学生さ。キミみたいに過ごしている人はいくらでもいる。違うかい?」

「……それは、そうですけど」


 でも遊ぶばかりに金を使って、足りなくなったから送ってくれなんていけない。周りに勧められるまま無心を繰り返して、いつの間にか普通になっていたけど、それがどんなに自分勝手だったのか。うちはこの国の貴族みたいに領地からの税収でお金を得ているわけじゃない。お父さんがあの国で必死に働きながら稼いだ金だ。それをほんの数時間で溶かすように消して遊びほうけていたのだ。


「社会勉強だろう? 大切なのは人と人の繋がりなんだろう? それを構築する場に出入りして、何を咎められるんだい?」

「……はい」

「じゃあね、マオライアス」



 先輩が出ていく。また煙草を吸おうとして、シガレットケースに1本も残っていなかったのに気がついた。煙草が欲しい。煙草を吸いたい。だが手元にはない。手に入れるには街へ降りて行かなければならないが、お父さんと鉢合わせたくない。どうしようもならないことへの不安と、これからどうすべきかの葛藤が爆発して真鍮のシガレットケースを床に投げつけた。



「はあ……はあっ……」


 僕は何をしているんだ。

 どうすれば良かったって言うんだ。

 あのままずっと誰かに虐げられていれば良かったのか。人付き合いを選ばないで、ずっとセラフィーノの陰で惨めな思いをし続けていたら良かったって言うのか。


 そうだ……。

 もう、どうだっていいじゃないか。

 どのみちこうならざるをえなかった。

 こうなるしかなかったんだから、そう言えばいい。


 何があったって、落ちこぼれに違いないんだから。


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