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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 8 マオライアスとセラフィーノ
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我が身がかわいい


 学院に入り、4年目となった。

 一昨年にあった剣闘大会でセラフィーノは当時2年生、僅か12歳という年齢で出場して優勝を勝ち取った。前代未聞の結果だが、僕には当然のように思えた。セラフィーノは特別なのだ。エルフだから、というわけじゃない。それも1つの要素かも知れないけど、セラフィーノはもっと別のところで特別だった。


 僕も今年は剣闘大会に出なければならない。

 4年生になったら、騎士養成科の学生は剣闘大会に、魔法士養成科の学生は魔法大会に、それぞれ出場しなければならないという決まりがある。剣闘大会で上位の成績を残すと、学年末にある序列戦への参加資格を与えられる。だから序列戦で優秀な成績を残そうとする学生は本気でこれに臨む。——けれど。


 別に序列戦なんてどうでも良い、という学生もいる。

 そういう学生の多くは賭けに興じるか、剣闘大会も派閥争いの道具にして影で足を引っ張り合うかをする。



「カーノーヴァース……」


 オーロルーチェのラウンジで7人に取り囲まれ、そのままじりじりと壁際に追い詰められた。


「……何、ですか?」

「レヴェルトの邪魔をしろ」

「……えっ?」


 僕を取り囲んだのはいずれも上級生だった。


「腹を壊す薬をわざわざ用意したから、こいつを剣闘大会の朝にレヴェルトに飲ませろ」


 小瓶を見せ、それを僕の胸へ押しつけてくる。

 剣闘大会まではあと3日と迫っている。今年もセラフィーノが優勝するんじゃないかという予想は学院のそこかしこで聞いている。多分、それが嫌な人達がいて、それが僕の目の前にいる彼らなんだろうと思った。


「……で、できませ——」

「ああっ!?」


 顔の横を先輩の手が殴りつけた。

 壁からバンッと激しい音がして身をすくませる。


「……これはな、お願いじゃない。命令だ」

「っ……」


 セラフィーノを陥れるために僕を利用する。

 万が一バレようと、彼らはシラを切る。剣闘大会中に試合以外で問題を起こすとなれば、出場停止という処分もちらついてしまうから報復も先延ばしにできるだろうという魂胆が見え透く。


「もしもやらなかったら、痛い目ぇ見るのはお前だぞ?」

「…………」

「やれ、いいな?」



 僕は、我が身がかわいい。




「セラフィーノ」

「うん?」


 剣闘大会を迎えてしまった。すでに試合は始まっており、僕もセラフィーノも1時間以内に呼ばれるだろう。

 僕とセラフィーノは同じ控室だった。トーナメント表通りに互いに勝ち進めれば、僕とセラフィーノは3回戦で当たる。僕が勝てる見込みはほとんどないけれど。


 先日、先輩に押しつけられた小瓶を手の中に握り込む。

 同じ控室に、同僚の同期生がいる。先輩に言われたのか、今朝から僕をずっと監視している。腹を壊す薬というのを飲ませる、というのが僕への命令(、、)だ。何をされるのか、想像もしたくない。これまで何度も痛みを与えられてきた。屈辱を与えられてきた。もう嫌だ。でも、セラフィーノを陥れなければならない。


「……マオ?」

「……その、がんばって、ね」

「それはマオも。……3回戦で当たるのは残念だけど、戦おう」

「……でも、僕は、勝てないよ」

「マオは意気地がないだけで、やろうと思えばやれる」

「……ううん、ムリだよ」


 何か言いたそうにセラフィーノは眉根を寄せる。

 壁に背をもたれ、僕を見ている目が気になった。薬を飲ませないといけない。そうじゃないと僕が――。



「マオ、顔色が悪い。大丈夫?」

「う、うん……。緊張してるから、かな……? 大丈夫、だよ。それより……あの」

「うん?」

「こ、これ……」


 小瓶を出す。


「それは何?」

「げ、元気が出るっていう、薬……。セラフィーノが、勝てるように……って思って」

「……それならマオが飲めば?」

「えっ……。それは……」

「……分かった、ありがとう」


 セラフィーノが小瓶を取り、コルクの宣を開けて手の平に丸薬を1粒出した。それをぱくんと口の中に入れ、ごくりと飲む。


「……これでいい?」

「う、うん……」


 僕を見張っていた人がほくそ笑むのが見えた。

 と、セラフィーノが呆れ顔になりながらぺろっと舌を出して見せた。そこに丸薬が乗っている。飲んだふりをしたんだと分かった。そのままペッと舌先で自分のシャツの中へ落としてから、悪戯めいた笑みを見せる。



「試合が終わったら、お昼行こう。街にマレドミナ商会の店が出てるの、この前見つけたから」

「セラフィーノっ——」

「マオにもらった元気が出る薬飲んだから絶対に負けない」


 ちょっと大きな声でセラフィーノはそらぞらしく言った。



 セラフィーノの試合はあっさりと終わった。

 快勝だった。6年の上級生を相手に、終始、一方的に攻め立てて30秒もしないで場外にしてしまった。必要以上の力を出さず、それでも圧倒的な姿だった。どれほどの余力が残されているか、底の知れないものを感じさせる試合だった。


「マオ、3回戦でやろう。ちゃんと深呼吸してやれば勝てるから」


 あっさりとセラフィーノは言い、僕の肩をぽんと叩くと控室から消えた。

 監視役をしていた同期生がすぐさま僕に近づいてきて、胸ぐらを掴んでくる。


「どういうことだっ!? ちゃんと薬は飲ませたんだよなっ!?」

「の、飲んだのは……見てた、でしょ……?」

「……っ」


 突き飛ばされるだけで、その時は終わった。

 そして僕の試合の番がやってきた。



「215番対283番! 構えろ!」


 舞台の中央で向かい合う。

 相手は1つ上の先輩だった。オーロルーチェじゃないところの、騎士養成科の先輩だ。顔には緊張の色が浮かべられている。僕が言えたことじゃないかも知れないけど、あんまり強そうな人にも見えない。


「始めぇっ!」


 教官の合図。

 強い人達は大抵、ここから即効で自分のペースを握りにいく。——けれど、僕も相手の人も動かなかった。どうやって攻撃すればいいんだろうという迷いが生じるばかりでいると、相手から動いた。踏み込みながらの突き。慌ててそれを払いのけると、それで相手の攻撃も止まる。



「…………」

「…………」


 再び睨み合う。

 思ってたほど鋭い攻撃じゃなかった。あれくらいならいなせる。

 今度は僕から仕掛けてみようかと思って、相手を観察すると視界の隅で何か黒いもやついたものが見えた。舞台上に落ちた影だ。ハッとして上を見ると同時、頭上から大量の水が降り注いでくる。かなり高い位置でウォーターフォールを使われていた。しかも大量の水を作り出して、溜めていたのだ。



「ぐっ……!?」

「せぇええいっ!」


 水の放出による重圧からどうにか逃げ出すと、そこを狙われる。

 剣で受けると、今度はエアブロー。膨れ、弾けた風圧で後ろに吹っ飛ばされる。場外まであと少し。



 ——ここで、落ちるか?

 落ちてしまえば、それで試合は終わってくれる。



『マオは意気地がないだけで、やろうと思えばやれる』


 不意にセラフィーノの言葉が蘇る。

 僕とセラフィーノは違う。セラフィーノの目にできそうだと見えても、僕の体はその通りじゃない。だというのに、そう言ってくれた。僕は先輩に脅されたとは言え、陥れようとしていたのに。


『マオ、3回戦でやろう。ちゃんと深呼吸してやれば勝てるから』


 僕なんかが、年上の上級生に勝てると言ってくれた。

 僕が脅されていることも見透かして、あの薬を飲んだふりして庇ってくれて。裏切ったのにも関わらず。



「これでぇっ!」


 相手が剣を振りかぶった。

 またエアブローを使って僕を吹き飛ばすつもりなのか。多分、あれはタイミングが重要だ。剣がぶつかり合うのと同時に、衝撃を受け止めきってこっちが力を緩めた僅かな隙に魔法を発動しなければそう簡単に崩せないのだから。


 お父さんとの約束・3か条。

 その3は『友達を大事にすること』だ。


「ぃぃやああああああっ!」


 叫びながら、体を回転させた。

 遠心力を乗せながら、相手の剣を横から弾き飛ばす。正面から受け止めればエアブロー。それならば、横に払いきってしまえばその手は使えない。押し込めないと考えた。右手で剣を振りきり、相手の剣を弾く。姿勢を崩した相手選手の左手首を掴んで、回転した勢いを殺さないように引っ張ってくるりと反転する。もう舞台のへり近くまではきているのだから。


 ここから叩き落とせば――。


「エアブロー!」


 自分の身を戻すようにして相手が魔法を使った。

 発生した突風で場外を避けようとし、真後ろから風を浴びたのだ。反射的に危ないと思ったけれど、それは杞憂だった。彼を投げ出し、そのままになっていた手に相手からぶつかってきたのだ。危ないと思って僕の体は強張り、押し負けなかった。その結果、ガツンと彼は僕の手にぶつかって跳ね返り、そのまま場外になってしまった。



「あ……」

「痛っつつ……」

「勝負あり! 勝者は283番!」


 きっと低次元の戦いだった。

 でも勝ててしまった。


「だ、大丈夫ですか……?」

「……あ、ああ」


 相手の人に声をかけると、彼はうなだれた。


「剣闘大会……未勝利で終わりか……」


 その先輩はきっと5年生だ。

 来年は剣闘大会ではなく魔法大会があるから、彼はこれが最後の剣闘大会だった。そして、勝ち星はなしのまま終わることが決まった。でも何かがちょっと違ったら、ああなるのは僕の方だっただろう。


 彼には覇気なんて欠片もなくて、猫背で、貴族のはずだけれどどこかみすぼらしい人だった。



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