正義のため
ヤマハミはオオカミのようなやつだった。
雷を落としてもヤマハミの動きは僅かにしか止まらない。
「ガアアアアッ!」
赤い目。気色悪い紫色の爪と牙。
毛皮の下の筋肉は硬くて、魔纏をかけているのに刃が通らない。
ただ腹を減らした魔物なんていうもんじゃない凶暴さがあった。動くものなら何でも襲いかかるような獰猛さがある。動きは速いし、力も強い。全身を覆ってるごわごわしたダークグレーの毛皮そのものも硬かった。
「ヴァイスロック!」
足元を突き上げ、魔伸を使いながら空中のヤマハミに剣を突き込む。けど手応えはやっぱり重くて硬い。刺さらずに吹き飛ばしてしまう。ヤマハミは民家の壁に叩きつけられることはなく、4本の足をついてその勢いで俺に飛び出してきた。とっさに剣でヤマハミの爪を防ぐけど、勢いに負けて押し倒された。ずらりと並んだ牙が俺の首に突き立てられる。
「あっぐ……!?」
「グゥゥルルルル……!」
左手で思いきりヤマハミの頭を殴りつけるけど、それでさらに牙が食い込んできてしまったような痛みが奔った。このままだと首の肉と骨をかみちぎられるんじゃないかという不安が沸く。
「あっ、ああああああ……!」
今度は右手で握っている剣で、思いきりヤマハミの胴体を突き刺した。毛皮は切れるけどその下の筋肉に刃が止められてしまう。それでもヤマハミは牙を放して飛びのいた。全身の毛を逆立たせながら唸り、俺を見据えてくる。
「はあっ、はあっ……」
どうにか起き上がってヤマハミと向き合う。
首の左側がとんでもなく痛い。左腕を動かすのも痛くて億劫になる。でも、死ぬような心配はない。俺はシオンと同じで不死者だから体がどれだけバラバラになっても死にはしない。こういう時だけは、この体になってて良かったって思う。どれだけ食べても満腹になれないのは体のせいだってロビンには言われたことがあるけど。
前にクセリニアで戦ったヤマハミよりもこいつの方が強い。
あの時はどうやって勝ったんだっけ。必死だったからあんまり覚えてない。
右手だけで構えた。
こんな凶暴なヤマハミを野放しにしたら、きっとこの街の人は残らず食い殺されてしまう。ヴィサスだって弱かった。大人数でかかっていっても、いっぱい犠牲が出ちゃう。だから俺がここでこいつを倒さなきゃいけない。
「ふぅぅー……ふぅぅー……」
ゆっくり呼吸をしながら、痛みを和らげる。
でもヤマハミはそう長く待ってくれなかった。駆け出して俺に向かってくる。噛みついてくる。前に出した剣を噛ませて、そのまま力ずくで腕を振るって石畳に叩きつけた。剣を放してからヤマハミはその場を離れるように逃げ、でも弧を描くように軌道を変更して俺にまた向かってくる。飛びかかってきたのを横にかわしながら剣を振るう。やっぱり大したダメージは与えられない。片手だけだとちゃんと剣に力を乗せられない。こういう時、レオンが持ってたニゲルコルヌだと重いからいいんだろうなって思う。
「ガァァッ!」
「でぇいっ!」
何度もぶつかり合いながら、剣を振るう。
ヤマハミの爪と牙も俺の体を抉る。
「ファイアボール!」
空に直径2メートルサイズのファイアボールを5個出して、それをヤマハミに一度に叩き落とした。この程度でヤマハミがやられるはずない。飛び上がって、思いきりヤマハミに剣を突き落とす。だけど剣はヤマハミの毛皮を裂くようにしながら硬い地面に落ちる。貫通できないでヤマハミの体を滑ってしまった。素早くヤマハミは首を巡らせて噛みついてくる。
「ガァァッ!」
動かすと激痛がする、邪魔な左腕をわざと噛ませた。剣を逆手に持ち直し、ヤマハミの腹側から突き刺しにかかる。こっち側なら毛も薄いし、弱いんじゃないかと思った。その考えは当たって、初めて剣が刺さる。だけどヤマハミはすぐに逃げ出す。
「待てっ……!」
すでに周囲に人はいない。皆、どこかに逃げている。だけどこれだけ大きな街の人が、短時間ですぐに逃げられるはずもない。どこかに逃げられなくなってるような人もいるはずだ。ヤマハミをここで取り逃がすわけにはいかない。通りを疾駆するヤマハミを追いかける。走る度にすごい痛みがした。左手は指一本も動かせないくらい痛いし、首の傷も思っていたより深い。けど痛みがするお陰で気絶するとは思えなかった。
「ヴァイスロック!」
ヤマハミの前を塞ぐようにして大きな土棘を突き出させた。動きを止め、すぐにヤマハミは別の方向へ逃げようとする。けど、残った三方も同じくヴァイスロックで壁を作って逃げ道を塞ぐ。
「グレートロックレイン!」
出口を封じたところで、ヤマハミに巨岩の雨を見舞う。
大小無数の岩を空中に作り出して、それを高いところから落としまくる。これで岩の中にヤマハミは閉じ込められた。
「燃えろ――」
油に火をつけるように、魔技の応用で岩の中へ巡らせた魔力に火を放つ。
「クリムゾンジャベリン!」
岩の中で猛烈な炎が湧き起きた。
そして爆発し、激しくヤマハミの身動きを封じていた岩が粉砕されながら弾け散る。その深部の岩はどろりと溶けてオレンジ色に光って熱を持っている。
「ウォーターフォール!」
岩まで溶けるくらいの熱に、大量の水をぶち込む。
さらに大爆発が起きて、熱が弾けとんだ。真っ白い煙がぶわっと広がっていく。魔影を使い、まだヤマハミに息があるのを確かめ、剣を握りながらその中へ駆け込んでいく。
「うおおおおおおおおっ!」
毛皮が焼けこげ、それでもギラリと赤い瞳をヤマハミは俺に向けていた。
力ずくで刃を押し込みながら、ヴァイスロックをまた使う。最初はヤマハミの向こうに壁を作り出す目的だ。貫通しない剣でも、ヤマハミの向こうに壁を作って押しつければ力は逃げない。さらに、ヴァイスロックの岩が迫り出す性質を使って斜め下から体ごとヤマハミに剣を突き出す。
「ガアアッ、アア……!」
強い手応えの後、ズブッと剣はヤマハミの体を突き抜けた。
剣先が奥の岩壁にぶつかる。ヴァイスロックで作り出していた岩壁を消し、突き刺したままのヤマハミを振り落とすように地面へ叩きつけた。剣から抜けてヤマハミの体が落ち、そのまま滑っていく。まだヤマハミは動こうとしていたけど、まともに立ち上がることもできずに崩れ落ちて動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
ヤマハミはやっぱり、強かった。
前にヤマハミと戦ったのは、確か14歳くらいのころだった気がする。あの時よりずっと強くなったはずなのに、それでも危なかった。もし不死者じゃなかったら死んでたかも知れない。剣についた血を払ってから鞘に納めると、どっと疲れと痛みが押し寄せてきた。
倒すのに苦労はしたけど、ヤマハミの牙と爪は赤魔晶になる。
お守りを作るのに必要になるものだし、不死者の研究とか何とかでヤマハミの心臓がどうこうってロビンも言ってた気がする。もらっていった方がいい。そう思ってヤマハミの死体に近づこうとしたら、背中に何かがぶつかったような気がした。ドッ、ドッ、ドッと三回衝撃がきて、それが痛みに変わって俺の胸から2本の矢が、脇腹から1本の矢が突き出ているのが見えた。
矢だ。
振り返ると、民家の2回の屋根から弓を構えた男が3人見えた。
さらにもう2本、矢が放たれる。抜いた剣でそれを叩き落とすけど、3本目が時間差で飛んできて膝の少し上に刺さった。
「リュカ……!」
シルヴィアの声がした方を見ると、そこにいた。グスターブもいた。家と家の間にある路地から、シルヴィアを盾にするみたいに体の前へ出しながらグスターブがニヤニヤした笑みを浮かべている。
「……どういう、こと?」
「俺の正義のためだ、死ねよ、異教徒ぉっ!」
気がついたら囲まれていて、誰もが弓を持って引き絞っていた。
グスターブの号令に従うように矢が放たれ、全身を矢が貫いた。