おかえり
「おいおい、こりゃどうなってんだ?」
王宮内のあまり使っていない一室で思わず口にした。実は我が家――ならぬ、我が王宮、広いし立派ではあるが、稼働率は3割程度といった感じでほとんどの場所を使っていない。その空き部屋のひとつが、何やら大変なことになっていた。
「シオンさんのためのパーティーじゃないですか、レオンハルト様」
「いや……ささやかに、って言わなかったか?」
「ほえっ?」
慌てん坊のマノンおばさん、しっかりしろ!
でっけえテーブルは30人くらいは一度に座れそうで、キラキラした糸の入ったクロスをかけられている。並べられた燭台もどこから持ち出してきたのか、やたらに立派。しかもこの部屋には海を臨めるテラスまでついていて、かなり景観が良かったりするのだ。
「ええと……そ、そうでしたか……?」
「しっかりしてくれよ……」
「す、すみません……! ど、どうしましょう?」
「まあ、もう準備しちゃったんならしょうがないけど……これ何人来る想定してたんだ?」
「30人分も用意すればいいかと……思っていましたけれど」
「その半分が集まりゃ御の字だな……」
シオンがようやく帰ってきて、サプライズでも仕掛けてやるかと思ってマノンに進めさせていた準備を見に来たらこれだ。せいぜい、主賓のシオンと言い出しっぺの俺とディー、それにエノラとフィリア、マノンとイザークを同席させて、あとはリュカも声をかけりゃあ来るだろうと思っていたが、この準備に対してそれだけじゃあ寂しすぎる。今さらもうちょっと狭い部屋にしろっていうのもあれだし。
「夕方までに人でも集めてくるわ……。お前とイザークを入れて、今はえーと……大人が6人、子ども2人の合計8人か。あと10人も集まれば……まあ、いいか」
「す、すみません……」
「いいって。……まあ、人数が多くても悪くはねえし。メシの準備は?」
「イザークさんにお願いしてありますし……リュカさんがいらっしゃれば多少多く用意しても大丈夫かと思って、そういうように……」
「大正解だな。どんだけ来られるか分からねえけど、とりあえず声かけてくるわ。何人になるか分からねえってイザークに言っといてくれ。30人以上にはなりゃしねえと思うけど」
帰ってきたばっかだろうとシオンには俺に近づくなと言いつけてある。こんな準備は知らないはずだ。その間に、俺はレストに乗ってあちこちを飛び回ろう。
まず向かったのはマティアスの家だ。
「どうした、急に?」
「悪いんだけど今夜さ、ちょっとシオンに……あー、何だ、おかえりって意味合いの再歓迎会みたいなもんをするんだけど来られねえ?」
「今夜? 急だな、そう言うのは事前に――」
「いいよ。クラウスも一緒で、大丈夫だよね?」
「さすがミシェーラ。あ、マティアスくんは別にいいぜぇー? ひとりで寂しく冷たい飯でも食ってろよ」
これでマティアス、ミシェーラ、それに赤ん坊の3人だ。
この流れで、次は頼れる宰相閣下殿のところへ行く。
「頼む!」
「もちろん、いいよ。ね、リアン?」
「ええ、構いませんよ。あまり飾らずとも良いのでしょう?」
「そりゃもう、着の身着のままでいいんだよ。手ぶらでもいいし」
「分かりました。それでは時間になったら訪ねさせていただきますね」
話が早いぜ。ロビンとリアン、ラルフをゲット。
これで、合計14人っていうところだな。まだイケるだろう、きっと。
「リュカ、今日、メシ食いに来い」
「えっ? 何で? シルヴィアがご飯作ってくれる約束――」
「んじゃあシルヴィアも連れてこい。あとは……小娘もだな、うん。小娘も連れてこい」
「何かあんの?」
「ディーがな、シオンが帰ってきたの喜んでんだよ。でもあいつ、生真面目で何かぎくしゃくしてるだろ? だから、シオンのための……あー、うん、食事会みたいなもんだ」
「メシ!」
「おう、来い」
「行く。――あっ、マルタは?」
「ああ、マルタ! マルタも呼んどいてくれ」
「分かった。いつ?」
「暗くなったころに来い」
一気にシルヴィア、ミリアム、マルタで3人追加だ。
17人か。奇数は何か落ち着かないんだよな。あとは他に誰かいたもんか――って、大事なのを忘れてた。
「おう、ユベール」
「レオンハルト王……」
シオンを乗せて行き来してくれたユベールは、王宮の裏庭にいた。
ウォークスにかったい針金みたいなもんで出来たブラシをかけている。いつも身につけている銀色の鎧も今は外していた。
「今日はどこでメシ食うつもりなんだ?」
「決めていない」
「よし、丁度いい。シオンが主賓で、ささやかな集まりをやるから来てくれよ」
「俺が行ってもいいのか?」
「人数が多いに越したことはない」
「分かった。けれど今はちゃんとした服が……」
「んなもんはいらん。そのままでいい」
「分かった」
素直なやつである。
けっこうこの国に居着いているユベールだが、風の向くままに好き勝手しているのでいつの間にか消えてしまうようなこともある。メシだって王宮で一緒に食うようなこともあれば、トト島玄関港の食堂で食ったり、狩りをして自炊していたりと自由極まりない。
ユベールも入れて18人。
20人には届かなかったが、四捨五入すりゃあ20人になるし問題あるまい。
かくして、どうにか人も呼び集められて空を見ればすっかり夕陽が沈もうとしていた。
「よう、シオン」
「レオンハルト様」
王宮内に設けたシオンの部屋に行った。ここで休んでろと言いつけていたし、俺が奔走していたことも知るまい。
「シオン!」
「ディートハルト様まで……。何か自分に御用でしょうか?」
「ちと早いけどメシだ。今日は無礼講だからな、俺らと同じ卓で食え。いいな」
「しかし、自分は――」
「いっしょにたべよ?」
「……はい、かしこまりました」
ディーがシオンの手を掴んで見上げると、柔らかい顔になって頷いた。
そうしてマノンがあくせく準備してくれた部屋に行けば、そこに俺が呼び集めた全員が集ってシオンを迎え入れた。
「これは……どうして、皆様がお揃いに?」
「あのね、シオン。シオン、げんきないから、シオンにおかえりなさいのことしたいの」
「ディートハルト様……」
「そういうことだ。お前のためにディーがわざわざやってくれたんだ、不謹慎な面ぁすんのは今日限りだぜ? さ、座った座った」
飲み込みづらそうな顔でしばらくシオンは呆然としていたが、かしこまりましたとまた几帳面なことを言って口元で笑った。イザークとマノンも一緒に座って食えって言ったのに、給仕があるからとなかなか座ろうとはしなかった。6品のちゃんとしたコース料理が全て出てから、2人をどうにか座らせられた。
ディーはさんざん悩んでから、シオンの似顔絵を描いてあげたらしい。エノラが何色かの顔料を揃えたようだ。が、フィリアもそのおえかきを見てやりたくなったようで、マネされたとディーが怒っていた。ちなみに絵のデキは、まあ年齢相応だろう。親としてのひいき目を使えば力強い線のタッチが素晴らしいと絶賛するが、ディティールについては触れられない。そういうところだ。
でもってエノラはいつの間に作ったのか、シオンがここへ漂着した時に着ていた着物を再現したものを用意してあげていた。元々はナターシャの郷愁から着せられたものなんだろうが、感極まるものはあったようだ。俺は紅茶の茶葉をくれてやった。あれから何度か作り、1番うまかったと思ったのを瓶詰めにしておいたやつだ。
メシを食って、喋って、酒も入れて、子ども達がうとうとしかけてきたところで、子持ちは帰っていった。エノラもフィリアとディーを連れて部屋を出て行き、マノンとイザークも食器だのの後片付けやらで退室していった。マルタも眠くなったらしく、同じタイミングで礼儀正しく挨拶してからリュカの礼拝堂へ帰った。
「レオンハルト様……本日は、まことにありがとうございます」
酔い覚ましにテラスで夜風に吹かれていたら、シオンが来た。
「ディーに礼は言えよ」
「明日、改めてディートハルト様には」
「そうか」
「……ここへ辿り着けて、自分は幸運です。レオンハルト様のように、心の広いお方に巡り会えたことも」
「よせやい、照れるだろ」
ふと夜空を見上げると、満月だった。
その光の下をレストとウォークスがじゃれ合うように飛んでいる。レストがちょっかいを出して、ウォークスに追いかけられているんだろう。もう見慣れた光景になっている。
「暖かく、美しく、未来のある国だと思います。
レオンハルト様の気性が移ったのか、この国の民は快く他人を受け入れてくださる」
「そりゃ気のせいだ」
照れることばっか言いやがって。
よいしょの仕方が実直なんだよなあ。
「再び……この尽きることのない命を、レオンハルト様と、この国のために燃やしたいと思います。自分は老いることも、死ぬこともないでしょうから」
「先の長いこと言うなって。……んでも、俺の寿命じゃあ、エノラも、当然だけどフィリアやディーも残すことになっちまうからな、お前が色々とやってくれるんなら安心だ。想像はまだできねえけど」
静かな声でシオンが返事をした。
背にしている部屋からは、まだ騒いでいる賑やかな声がする。
欄干に腕をついて眺める海からは波のさざめきが、近くの森からは虫の涼やかな声が聞こえてくる。
「守ってやってくれ……。
俺はできた王様にゃあなれねえから」
「はい」
「……おかえり、シオン」
「はい、帰りました」
大きな欠伸が漏れ出てきて、体を伸ばした。
「お休みになられますか?」
「ああ、風呂入って寝る。解散だ、解散! リュカ、帰れ! ユベール、お前まだガキだろ、寝ろ! 小娘も夜更かししてっから胸えでっかくならねえんだぞ?」
「はああっ!? 師匠、何言ってんの失礼すぎ!」
「いいから帰れ」
あと何十年かして、俺が無事に死んだ後もどうにかこうにかやってくれるだろうと祈る。
こんなちゃらんぽらんをトップに据えてやれてきたんなら、多分、問題はないだろうとも思っている。この国を好きでいてくれるやつがいれば、きっと、ずっと。