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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 7 悪の王女と正義の味方と動乱の国
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グスターブの正義


 酒の臭いがこびりついた薄暗い酒場にわたくしは引きずり込まれている。

 この酒場がグスターブをリーダーにした、バルドポルメの二度目の革命を成そうとする者達の拠点のようだった。



「さあ、王女様っ、あのリュカとかいうフィアンセを呼べ、すぐにっ!」

「ぐ、ぅぅっ……!」


 革命を叫び、市民を煽動するグループのリーダー、グスターブ。

 彼に首を絞められ、強要をされている。気管を圧迫され、息ができない。どれだけ口を開けても、空気は入らず、絞められている痛みと、その箇所からじわりと広がっていく痺れが意識を遠退かせてくる。


「異教狩りの功績さえあればっ、教会は俺にこの国の指導者としての地位を認めると約束をしているんだ……! フィアンセなんだろう、頷けっ! あの男を呼び、無抵抗にお前のために死なせると約束をしろっ! それがお前の最後の仕事だ!」

「かっ……あ゛、お゛お゛っ……」

「クソっ……!」


 ふっと目の前が暗くなりかけ、思いきり突き飛ばすかのように放された。

 ようやく吸えた空気にむせ、固く冷たい地面の上でわたくしは締め上げられていた首をさする。

 この男は——グスターブは革命という自ら立てた使命に貪欲であり、彼自身の掲げる正義という大義名分の前には何をしても良いと思っている節もある。ある意味ではそれも正しいかも知れない。上に立つ者は、時に非情な決断を下さなければならない。かと言ってそのための犠牲になれ、と言われた者は大人しくそれに従えるはずもないと今さらながらに思い知る。ついさっきまでは死んでも良いと思っていたはずなのに、不思議なものだとどこかで冷静に考えているわたくしがいた。


 彼の言葉から察するに、革命を成功させるために教会と手を組もうとしていたようだった。

 異教狩りの命を教会が発したとなれば、それを果たした者には教会より名誉と褒美が与えられる。それを使ってクラーという人物より、己がこの国の指導者にふさわしいと民に知らしめるつもりなのだろう。だがリュカはそう簡単に殺されてしまう人物ではない。そこでグスターブはわたくしを利用し、リュカを手にかけるという企みを思いついた。


 広場で処刑を残虐な行為だと叫びを上げたのも、恐らくは革命の正当性を訴える材料。

 あらかじめ、それに合わせて武装蜂起をする準備はしていたに違いない。だからこそ、街中で革命派の者が武器を手にしているのだ。



「いいか、王女、ここはもうお前の国でも何でもない……! 王族(おまえら)が居座っていたせいで、何もかもがめちゃくちゃになったんだ! だから最後くらいは役に立てっ、俺がこの国のリーダーになるための礎になれ! フィアンセと一緒に仲良く死ねば、それだけでいいんだっ! 1人じゃないだけマシだろう!?」


 グスターブは必死だ。

 強い力でわたくしの両肩を掴み、すごんでくる。


「本当に……あなたに正当性があり、それを民が認めるのならばこのような方法を取らずとも良いはずです」

「抜かせっ! お前なんかに何が分かると言う!?」

「王を廃して共和制となったのであれば、正当な手続きに則れば良いだけのことのはずです。違いますか」

「黙れっ! あの男に最早、声は届かない! だからこそ、俺が取って変わろうというんだ! こうでもしなければ何も変わらない、革命に血はついて回ることだ、必要な犠牲なんだ、甘んじて死ね! それで未来は変わるんだ!」

「必要であるならばすぐに犠牲を払って進むのですか?」

「当然だ!」

「あなたの政策に民がついてこなければ、その民さえも切り捨てると?」

「そうなれば、その時だ」

「いずれ、誰もがその犠牲になって消えてしまいますよ」

「そんな話を今はしていない! さあ、早くっ、あの男を呼べ! 貴様が死にたくないのなら、あの男だけで勘弁をしてやる! そうすれば——」


 不意に警鐘が響いてきて、グスターブは深く眉間にしわを寄せたまま入口近くの者に怒鳴り声を向ける。


「どうした!?」

「分からねえっ!」

「ふんっ、まあいい……。言うことを聞かないなら、あの男を引きずり出すだけだ」

「リュカはどうやったとしても、あなた方が殺せてしまうような方ではありません」

「だからお前を利用するんだ。……おいっ、異教徒を誘き出しに行くぞ!」


 のそのそと、酒場の中にいた——革命派の主要なメンバーと思しき人達が腰を上げた。わたくしに枷やらをつけるつもりはないようだったが、この人数で丸腰の無力な女が逃げることはできない。酒場を裏口から出ると、細い路地裏へ出た。その狭い道を列になって彼らは歩く。全部で9人ほどだろうか。きっと彼らが革命派の幹部のような立ち位置なのだろう。



「さっきから何なんだ、この警鐘は? やたらに鳴らしやがって……」


 外に出てもずっと警鐘は叩かれ続けている。混乱の声も途絶えずに聞こえる。

 ただごとではなさそうな響きだった。甲高い鐘は多くの人に聞こえるように、そして不安を急かしつけるかのような音になっている。革命派による武装蜂起を告げるにしてはタイミングも遅い。しかし、何が起きているかを確かめる術はなく、後ろから押されるようにしてわたくしは彼らとともに細い路地を歩き続けた。


 連れて行かれたのは、やはりあの広場だった。

 ここから始まった暴動はすでに街中に伝播してあちこちで発生している。そのためか、この広場に残る人は少なくなっていた。事切れて倒れている兵士や、剣を持ったまま胸から赤黒い血を流して倒れる市民の死体があった。



「異教徒に伝えろっ、フィアンセを殺されたくなければここへ出てこいと!」

「先ほどは処刑を残酷なショーと仰られていたのに、今はあなたが同じことをするのですね……」

「黙れよ、王女様。口を開くな、指図をするな、黙って言うことを聞いていろ」


 低く押し殺した声でグスターブはわたくしに言い聞かせ、それから広場にぎろりと獣めいた視線を巡らせた。——と、そこでまだ若い青年が駆け込んでくる。


「グスターブ!」

「何だっ?」

「ヤマハミが街に入ってきてるらしい!」

「何? ヤマハミだと?」

「そ、それに……あの、ヴィサスも異教徒にやられたって!」

「ヴィサスが……。だがそれは想定内だ、せいぜいヴィサスとぶつかったんなら無傷じゃ済まないだろう」

「それが、傷一つつけないで、自分も傷を負わないでヴィサスを負かしたって言うんだ」

「っ……構うもんか、この王女がいれば——」


 突如、曇天の空からけたたましい轟音とともに稲妻が落ちた。

 稲光と轟音の後に激しく地面が揺れる。雷が落ちたのはチャパルクヤスの外縁部にほど近い場所だった。——リュカがやったのだとはすぐに分かる。そして、雷の落ちた方角からは黒い煙が立ち上っていた。壁の内側だ。ヤマハミはすでに、この街の中に入り込んでリュカと戦っている。



「リュカは今、ヤマハミと戦っています。どれだけ呼びかけても、ヤマハミをどうにかしない限りは来ないはずです」

「何?」

「リュカでも、ヤマハミは強大な敵のはず……。すでにこの街へヤマハミは入ってきてしまっています、早く避難を」

「避難だと? ふざけるなっ! 丁度いい、ヤマハミを殺したところで、異教徒を狩る! 弓をかき集めて高台を確保しろっ!」

「何を仰っているんですか……! 巻き込まれてしまっては——」

「黙れ黙れっ! 口答えをするんじゃねえ!」


 グスターブの毛に覆われた大きな手がわたくしの顔を打ちつけた。床に倒されたわたくしをさらに一度蹴りつけ、彼は顔を上げて仲間に呼びかける。


「さあ、場所取りだ! 急げぇっ!」

「国を想うのであれば、本当にやるべきことは別にあるのではないのですかっ……!?」

「黙れっ、それをお前が言う資格なんかない! お前らがっ! 王族がっ、この国をダメにしたんだ! だから俺達はっ、必死こいて戦わざるをえない! 知ったような口を、利くんじゃ、ねえっ!」


 何度も何度も蹴りつけられ、その度に骨が折れるのではないかというような激しい痛みが奔る。頭を覆うようにうずくまるしかできなくなると、髪の毛を掴まれて引きずられる。——これも、わたくしの撒いてしまった種なのだろうか。そう思うと惨めさと悔しさで涙がこぼれそうになった。



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