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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 7 悪の王女と正義の味方と動乱の国
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異教徒狩り


「異教徒を殺すんだ! 異教狩りの許しを司教様が出された!」


 燃え上がっていた家に大量の水を浴びせて消火した時、そんな声が聞こえた。

 異教狩りっていう言葉は前に神殿で教わったことがある。シャノン教はシャノン以外の神様を認めないから、十二柱神話の神々を悪魔だって言う。異教狩りは、シャノン教以外の信者を殺すっていう意味で、それをした人はシャノン教の中では偉い信者になることができるらしい。——今までは本当にそんなのあるのかなって思ってたけど本当だったらしい。ちょっと嫌な気分になる。



「かかれっ、かかれぇっ!」


 バルドポルメの国民同士で戦い合っていたはずなのに、それよりも俺を殺すのが優先になっちゃったみたいだった。近くにいた人から俺に襲いかかってくる。何年か前にミリアムの故郷でもクルセイダーって連中に襲われたことはあったけど、どうしてシャノン教の信者はこんなに心が狭いんだろう。


 突き込まれた槍は穂先を叩いて下げ、そのまま懐に入って顔にパンチを叩き込んで倒す。横から振られた剣は魔鎧で受けて、ぎょっとしたその顔に頭突きをぶちこんで倒す。次から次へと、たくさんの人が俺に向かってきてしまう。勝負にもならないくらい弱いけど手加減しなきゃいけないのがちょっと大変だった。


 10人くらい気絶させると、俺が強いって分かったのか、無闇に向かってくる人がいなくなった。俺を取り囲んで、武器を握りながら睨みつけてくる。魔影を使って背後から近づいてくる人の確認もしておく。



「俺はシャノン教の人じゃないけど、別に悪いことするつもりない」

「黙れ、異教徒がっ!」


 本当にシャノン教って、話を聞いてくれない。

 囲まれたまま、どうしようって思っていたら人混みの向こうから体の大きな人が近づいてくるのが分かった。人混みが割れ、その大男の道ができていく。黒くて長い髭を口の両端から垂らして編み込んでる人だった。顎の下にまで2本の髭の束が垂れ下がっていて、背中には長くて厚くて幅の広い剣を背負っていた。



「ヴィサス将軍……!」

「ヴィサス将軍、あの異教徒を討ち倒してください……!」

「この方にかかれば、負けやしない!」


 大男はヴィサスって言うらしい。何だかすごく、頼りにされてる。

 将軍って言えば、多分マティアスと同じような仕事だ。だったらすごく強いのかも知れない。見た目もかなり強そうだし。



「異教徒め、ここはバルドポルメ共和国だ。

 この地に足を踏み入れたからには、シャノン教に改宗せん限りは生きて出られぬぞ」

「……改宗するつもりはないよ。俺は雷神ソアの神官だ」

「それでいいのだ……。ならばこそッ、異教狩りの名誉はこの俺が手に入れる!」


 背中の巨大な剣を抜き構えて、ヴィサスが走ってきた。

 そして力任せに大剣を振り落としてくる。後ろに跳んで避けると、石畳が割れていた。そして素早く刃を俺に向け、今度は横に薙ぎ払ってくる。下がり続けるわけにもいかないから、俺も剣を縦に構えて受け止めた。激しい音がし、衝撃が襲いかかってくる。


「っ……!」

「受けるかっ!? ぞんがい、力はあるようだなっ!」


 受け止めはしたけど、そのまま振り払われてしまう。尻餅でもついたら危ないから、受け身を取ってすぐに姿勢を直した。けどヴィサスはすでに大剣を振り上げている。


「しかぁーし、この俺に勝てる道理はないっ!」


 剣を横にして受け止めた。

 上から押し込まれ、ギチギチとぶつかり合う刃が音を立てる。


「ぬぅぅん……! 女神シャノンよ、力を貸し与えたまえぇ!!」


 剣ごと俺を押し切ろうとしているのが分かった。

 ちょっとでも力を抜いたら、確かに斬られちゃう。

 だけど、それは魔鎧を使わなきゃ、って話だった。


 シャノンの加護だってヴィサスは持っていないし、強いのかもって思ったけどパワーだけだった。真正面から生身で受けたら確かに危ないし、今も押し負けそうになってる。——でも、それだけだ。


 魔鎧は使わないまま、全力で剣を押し返す。

 一瞬で俺の剣を引くと大剣の切っ先は石畳に叩き落とされた。それだけの隙で事足りる。片手でヴィサスの大剣を握る左手を押さえ込みながら懐に入って、右手に持った剣を相手の首筋に当てた。動けばすぐに切れる。首を切ったら、人は死ぬ。



「将軍って、それだけなの?」

「な、んだ……何なんだ、あの異教徒は……!?」


 誰かがおののくように叫んだ。

 皆して怖がっていた。恐怖が広がっていく。

 ヴィサスは動けないまま、頭から汗をかいて顎髭にそれを染み込ませている。



「本当は……シルヴィアに、石を投げたやつを許したくない」


 俺が喋り始めると息を飲む声が聞こえた。


「あんなに怖がらせて、殺そうとしたのが、許せない」


 ずっと俺も怖かった。

 最後までシルヴィアは「助けて」の一言も言えないんじゃないか、って。

 もしもそうなっていたら今ごろ俺は、シルヴィアをみすみす死なせちゃってどうなってたか分からない。


「だけど、シルヴィアは……ずっと、苦しんでたんだ。悩んでた。

 自分はバルドポルメのお姫様なのに、自分の国で苦しんでる人がいたことを知らなくて、そのせいで家族を殺されちゃって……。それでも、王様の娘に生まれたから、バルドポルメの人に何かをしてあげなくちゃいけないって責任を感じてた。

 この国で流れる最後の血は自分の血がいいんだ、って。

 自分が死んじゃえば、起きようとしてた争いもなくなるんじゃないか、って」


 ヴィサスの目が俺を睨みつけている。

 まだ諦めていない目だったけど、睨み返すと息を飲んでいた。


「自分が悪になればもう争いは起きなくなる。

 悪者の王族が全員いなくなれば、この国の人達が団結してくれるって」


 剣を下ろして、ヴィサスの封じ込めていた手を放して後ろに下がっていった。

 膝をついたヴィサスに兵士が数人駆け寄っていく。いまだ俺から2メートルくらいの距離を置いて、大勢が取り囲んでいる。



「そんなに、この国の人をシルヴィアは想ってたのに……死ね、死ね、死ね、って言ってたお前らが、俺は嫌いだ。

 お前らは皆、シャノン教同士で俺なんかと違って話し合いもしたくないってわけじゃないのに、血を流して何かを変えようとするのが嫌だ。

 正しいことだ、革命だ、って言いながら関係ない人を巻き込むみたいにして、こんな街中で武器を抜いて戦っているのも許したくない」


 ぐるりと周囲の人を見渡すと、俺に怖じけづくように腰を引くやつが何人もいた。


「でも、俺は自分からこの国の人を傷つけたくない。

 だってシルヴィアが、命を投げ出してまでどうにかしてあげたいって人達なんだから。

 もう、異教狩りとか言って向かってくるのはやめて。ムダに血を流す必要はないんだから」


 歩き出すと道ができた。

 俺を遠巻きにして、勝手に人が避けていった。


 将軍のヴィサスがあっさり、俺に傷一つもつけられないで負けたんだから力の差は分かってくれたはずだ。しかも俺もヴィサスには傷をつけてない。多分、将軍ってくらいだし、出てきた時の騒がれ方してもヴィサスはバルドポルメで1番信頼されてる戦士だった。そのヴィサスが、俺に簡単にやっつけられちゃったんだからもう誰も勝てないって思うのが普通だ。



 その場を離れようとした時に、カンカンカンと乾いた、でも甲高い音が聞こえてきた。

 周りの人達が音の出所を探るように空を眺め回す。


「警鐘……?」

「一体、何だ?」


 ざわつき始める。

 けいしょーってことは、火事が起きたとか、そういうのを知らせる鐘だ。もしかしたら、俺を殺せ(異教徒狩り)のお達しが今さら、これで知らされてるとか? すごくヤな気分にされるなあ、そうだったら……。



「ヤマハミだ! ヤマハミが来てる!」


 誰かの声がした。

 全然、俺の考えてることと違った驚きもあったけど、それよりもヤマハミって言葉で驚かされた。将軍があんな程度の強さだったんじゃ、この街でヤマハミを止められる人はいない。——きっと、俺以外には。



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