動乱
「違法な集会は禁止だと昨日も忠告をした! 規則を守れぬのであれば実力をもって排除する用意がある!」
「バルドポルメは民に自由のある国のはずだ!」
「黙れ、黙れぇっ! 即座に解散しなければこの場の全員を捕縛するぞ!」
広場で兵士とそうじゃない人が対立してた。
シルヴィアをそっと見ると、また辛そうな顔をしている。握っている手にちょっとだけ力を込めた。
怒鳴り合う声。この国の偉い人――リアンみたいな人が、この人達は気に入らないらしい。だけど兵士達はリアンみたいな人の味方だから、こうやって何十人ずつに分かれて言い合う。今にも戦いが起きそうな雰囲気だった。
もしかして朝から兵士がいっぱいいたのは、こういうのがあるって分かってたからなのかな? だんだんと兵士が広場に集まってきてるし、そうなんだと思う。
「ええい、違法な集会に参加した者を全員捕えろ!」
赤い毛の兜を被った兵士がそう言うと、一斉に兵士達が動き出した。集まっていた人達がパニックになりながら逃げようとしたり、抵抗しようとする。すごい騒ぎと声だった。でも兵士じゃない人達は武器なんて持っていない。鎧を着ている兵士にはどんな抵抗をしてもほとんど意味がなくて、次から次へと捕まえられていった。
シルヴィアはそれを眺めていた。唇をきゅっと合わせて。つらそうだった。
何かをしなきゃいけないんだってシルヴィアはこの国へ来る時に言っていた。それがお姫様に生まれた責任なんだ、って。だからこのチャパルクヤスを見て回っている。この争いに、シルヴィアがしなくちゃいけないことがあるのかな。いくらお姫様でも、もう王様はいない国になっている。その状態で人が争っている。関わることはないんだって俺は思っちゃう。
「あっ……!」
「シルヴィアっ?」
握っていた手が抜け、シルヴィアが争っている中に走り出していった。
止めようとしたけどシルヴィアの先に小さな子がいたのを見つける。10歳にもなっていなさそうな、小さな栗毛の女の子。最初からあの集団の中にいたのか、途中で入っちゃったのかは分からないけど雪の踏み固められた地面に倒れていた。兵士は手当たり次第にそこにいる人達を捕まえようとしている。
大人達の揉み合いの中にあんな小さい子がいたら危ない。
シルヴィアはそれに気がついて助けに行っていたようだった。
シルヴィアがその子のところへ着いて抱えるようにしながら立ち上がろうとした。その後ろに、槍を持った兵士が立つ。俺は気がつけば、サントルにもらった剣を引き抜いて振るっていた。一撃で石突きを向けていた槍を切断して、怯んだ兵士の喉元に剣を向けて動きを止める。
「シルヴィア、大丈夫っ?」
「え、ええ、わたくしは……」
肩越しにシルヴィアを確認する。泣いている女の子を腕の中に抱きながら守っていた。
「よそ者が邪魔をするな!」
「俺はその女の子とシルヴィアを守っただけだ。邪魔するつもりなんてない」
睨みつけるとその兵士はじりっと少しだけ後ずさる。
だけど、兵士の目が不意に止まった。それから瞳が震える。何かと思って剣を握り直す。
「シル、ヴィア……? まさか、その女はっ——」
飛び込んだ拍子にシルヴィアのフードが取れていた。雪みたいに白い綺麗な髪の毛が丸見えになっている。まずい。バレた。シルヴィアはここでお姫様だったことがバレたら、どうなるか分からないって言っていたのに。
「前王の娘の、シルヴィア王女かっ!?」
その兵士の驚いたような叫びで広場が静かになった。
後ろにシルヴィアを庇ったまま下がっていって壁際に寄る。集会の人を捕まえようとしていた兵士達が槍を構えながら、俺達を半円状に取り囲んでくる。槍、槍、槍——。何十本もの槍が俺達に向けられている。マズいことをしちゃった。名前を呼ばなきゃ良かった。こんな風に気づかれるなんて思ってもいなかった。シルヴィアなんてよくある名前だって、シルヴィアは言っていた。でも顔と髪の毛で知られちゃったみたいだった。
「今さらのこのこと出てきたか……。バルドポルメの王族は根絶やしだ!」
捕まえろって指示を出していた、赤毛兜の兵士が槍を構える兵士の後ろから言う。
兵士の数は、1、2、3、4、5――いっぱい。10人以上、20人かな、30人かな? いっぱいだ。でも俺なら、これくらいはやっつけられる。100人くらい出てこられたらちょっと困るかも知れないけど、まだ余裕な人数に思える。
「お待ちになってください」
「今さら命乞いなど——」
「この少女は、わたくし達とは関係がありません。先ほどの騒ぎの中で転倒し、うずくまっていたために危ないと思って保護しようとしたのみです。……この女の子を怖がらせたくはないのです。彼女だけでも、先に解放させてください」
言いながらシルヴィアは転んでいた女の子を放し、向こうへ行くようにと促した。女の子は困惑したような顔をしながらシルヴィアを離れる。兵士が少し槍を下げて、そこへ女の子が入っていこうとした。——でも。
「構うな、それが本当かどうかなどは分からん! 3人まとめて、この場で殺してしまえ!」
「なっ……!?」
「えっ?」
赤毛兜の言葉が信じられなかった。
俺達と無関係の、あんな小さい子まで殺せなんて。兵士も耳を疑ったのか、近くにいる女の子にすぐ何かをしようとはしなかった。だが、その兵士の後ろから別の兵士が槍を振り上げる。女の子へ向けて。
「っ——そんなの、許さない!」
雷を放ち、振り上げられていた槍へぶつけた。槍から兵士の体に雷は流れ込み、槍を取りこぼしながら膝をついた。その間に魔縛を使って女の子をこっち側へ引っぱり寄せる。少し引きずるような形にはなったけど大きなケガにはならないと思う。この国の人は寒いからって分厚い服を着ている。だからちょっとくらい擦れても大丈夫なはずだった。
女の子を後ろに下げると、兵士達が一斉に槍を突き出してきた。
それをヴァイスロックで突き上げた土の塊で防ぐ。岩に阻まれて槍は俺達に届かない。
「シルヴィア、逃げよう」
「け、けれどリュカ――」
「その女の子は逃がさなきゃダメでしょっ!?」
「そう、ですわね。お願いいたします」
剣を鞘にしまってから、シルヴィアと女の子を両腕を使って抱え上げた。足元をヴァイスロックで突き上げながら、一気に跳んだ。突き上げられる力と魔鎧を使いながらジャンプをする力を合わせ、広場の反対側に着地をする。
「異教徒だっ! あれは蛮族の神の加護だっ! シャノンの加護を受けし、この地であのような異教徒を野放しにするなっ!」
背中にそんな言葉を聞きながら走り出した。
この街の屋根はすごく尖ってて、その鋭い屋根のお陰で雪がすとんと落ちていっちゃうらしい。だから屋根を伝って逃げるのは難しかった。人混みを掻き分け、高くジャンプをして飛び越えながら走る。広場に兵士がいっぱい集まっていたから、朝から見かけていた街中の兵士は少なくなっていた。逃げるには丁度良かった。