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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 7 悪の王女と正義の味方と動乱の国
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バルドポルメ共和国


「寒い……」

「ここがバルドポルメですわ。一年の半分以上を氷と雪とに覆われて、とても厳しい環境にあります。作物の育ちは悪く、沿岸部での漁業で食料はまかなっています。けれど、冬の厳しいころになると海も凍りついてしまうので、それもできなくなってしまいます」

「大変な国?」

「……そう、ですね」


 クセリニア大陸からバルドポルメへ渡ってきて、どれだけの間、ここから逃げてきたのだろうかと思った。もう何年も、ここへ戻ることはないと考えていたのに、戻ってきてしまった。革命によって王家は処刑され、家臣にわたしだけがかろうじて逃がされた。逃げ続けて、海を渡り、空を飛び、この国とは正反対の暖かなエンセーラム王国に身を寄せてきた。


「シルヴィア、寒い?」

「馴れっこです、このくらいは……。エンセーラムの子があの気候を暑いと言わないのと同じです。わたくしはこの一面の白い国に生まれたのですから」

「でも震えてる」


 そっとリュカがわたくしの肩に腕を回した。そのまま片腕で抱き寄せられると、彼のぬくもりを感じられる。自分の肩が嫌な緊張で持ち上がり気味であったのがそれで分かってしまった。


「……ありがとうございます、リュカ」

「うん」

「参りましょう。遷都していなければ、主都はここから馬車で数時間のところです。歩いてどれほどかかるかは分かりませんが……」

「俺、こんなにいっぱいの雪見るのって初めて。エンセーラムにも降ればいいのに」

「ふふっ……そうですね、たまには降っても良いかも知れません」



 バルドポルメの港の海は融けている。

 それでもこの国はまだ白い雪をまとっている。春はまだまだ遠い。


 街道をリュカとともに歩く。踏みしめる新雪の感触も、身を切るような寒さも、吹きつける風で耳が痛くなることも、何もかもが懐かしく思えてしまった。まだ少女であったころのわたくしは、外へ出るのを疎んで城の中で過ごすことが多かった。退屈で息が詰まりそうになって外へ出る度、この寒さが嫌になってすぐにまた城へ戻った。

 しかし今は、どうしてあのころにもっと外へ出なかったのだろうかと思う。10年以上もこの地を離れ、戻ってきたばかりなのに見るもの全てが懐かしく思え、同時に愛おしくも見えた。美しいと思えた。貧しく、寒く、この国の民はいつも苦しんでいた。それを当時のわたくしは何も知らなかった。何も知らずに、いきなり城を追われて外へ放り出されて、初めてバルドポルメという国を知ったのだった。


 ディオニスメリアへ渡ってから、いかに故国が酷いものだったかを思い知らされた。雪の降る地方はあれども作物の収穫ができており、貧富の差はあれども民の全てが飢えて苦しむということもなかった。民の管理は主都より遠く離れた土地にも行き届いていた。人々の暮らしぶりは、バルドポルメが太刀打ちできぬほどに豊かであった。



「ちょっと休憩する?」

「はい……。すみません、リュカは平気でしょうに」

「うん、大丈夫」


 街道の途中でリュカに提案されて休むことにした。わたくしが切り株に腰を下ろすとリュカは石を集めてきて簡単な竃を作ってしまう。雪を被っていた枝などを持ってきて竃に放り込むと、簡単に火を点けてしまう。雪のせいで湿り、燃えにくいはずだというのにリュカの魔法はその程度のことは無視してしまえる火力を持っていた。鉄鍋に水を張って竃に置き、そこへエンセーラムの塩と小魚の干物を放り込んでいった。上から木の蓋を落とす。


「……馴れていらっしゃるのですね。あなたはいつも、どなたかの料理を召し上がっているような印象があったので少し新鮮です」

「俺だってちょっとくらいできるし。……おいしいかどうかは、知らないけど」


 頬をかいてリュカは目を泳がせてしまい、何だかそれがかわいく見えてほほえんだ。


「何?」

「何でもありませんわ。……今さらですけれど、本当によろしかったのですか?」

「何が?」

「この国へ……来てしまったことが。もし、わたくしが前王の娘と知られれば何をされてしまうか、分かりません。確実にあなたを巻き込んでしまいます」


 切り株に、わたくしの横にリュカが座った。そうしながら横目にわたくしを見てくる。神妙な、それでいて少し拗ねているような表情。


「シルヴィアがいなくなったら、やだ」

「……けれど」

「俺がどうにかなっちゃうのはいい」

「それはわたくしも同じです。わたくしのせいで、あなたや、エンセーラムの方々に飛び火することが嫌で……。それなのに」

「何回も、もうそれは聞いた。俺はシルヴィアといるよ、この国にシルヴィアが残りたいって言うんなら、俺も残る」

「すでにあなたはミリアムやマルタとも婚約をしているのに、そんなことばかり言っていては……色々と、先が思いやられてしまいますわよ?」

「……んー、でも、今はシルヴィアしか近くにいないし」


 リュカの作った魚のスープは生臭さが強く、あまりおいしいとは思えなかった。けれどリュカはいつものようにぺろりと食べきる。


「うまくなかった?」

「……いえ、食べられるだけありがたいことですから」

「……うまくなかったんだ」


 曖昧にほほえんでおくとリュカは道具を片づけてから火を消した。

 また、主都へ向かってわたくし達は歩き出す。暖かいスープをいただいたお陰で寒さは少し和らいだような気がした。



 主都へ向かう街道には何台か、馬車が通った。その度にわたくしは目深に被ったフードで顔を隠す。特に不審に思うような人もなく馬車は過ぎていく。考えすぎだろうと思う自分はいれど、それでも恐怖があった。最後に主都を出ていく時、民は熱狂していた。広場に接地された木組みの台にお父様が引きずられていき、いくつもの石を投げつけられる光景を見た。そして首を切り落とされて——。


「……シルヴィア」


 手を握られてリュカを見る。

 それ以上の言葉はなかったけれど心がゆっくり落ち着いていった。



 バルドポルメの主都・チャパルクヤスは山岳の麓にある。よそからすればまだ寒さの厳しいころだが、バルドポルメでは春が近くそこまで寒いという季節ではない。だからか、港に比べれば活気はあった。

 街を囲い込む大きな城壁があり、そこをくぐれば頂に城を据えた小さな山が目に入る。斜面にはずらりと地面から生えてきたかのような石造りの住居が軒を連ねている。街中だからか道の雪はわきへどけられていたが、それが人の背ほどもある高さに積み上げられていてリュカは関心しながら見上げた。


「そんなに雪が珍しくて?」

「うん、ここまでの雪って見たことない。すごい。レオンが言ってたんだけど、雪合戦っていうのやってみたい。雪玉作ってぶつけ合うんでしょ?」

「そうですわね……。子どもの雪遊びですけれど」

「大人はダメなの?」

「ダメということはありませんけれど……どうなんでしょう……。わたくしはあまり、この国の人の暮らしぶりを知りませんでしたから」

「でも今は、それ知りにきたんでしょ?」

「……ええ」

「じゃあいいんじゃない?」


 あっけらかんとリュカは言い、商店の前に出ていた雪だるまへ目を移して駆けていく。大きめに丸めた三段の雪を重ねて、最上段の雪にだけ顔を作っている。頭に帽子を乗せているが、その上にも雪は薄く積もっていた。


「何これ、面白い」

「雪だるまですわね」

「へえ……。人みたい。手足ないけど」

「ものによっては、枝なんかを差して腕に見立てるようですわよ。……ええと、ほら、あちらにあるものなんかは腕もありますし」

「ほんとだ」



 チャパルクヤスという街をリュカは興味深そうに眺めて歩いた。

 港の氷が融けたことで、この時季になると少しだけ国は活気づく。それまで止まっていたクセリニア各国との物流が再開され、舶来の品がすぐに商店へ並べられていく。マレドミナ商会はまだ、この国には来ていないようだった。


 今の政がどうなっているのだろうということがわたくしの最大の関心ごとだった。しかし、あけすけにどうなっていますかと尋ねるのも気が引けてしまい、足取りの軽いリュカの後ろをついていく。どこかで話を聞いてみたい、けれどわたくしがこの国の王女であったと知られたらどうなるだろうという恐ろしさで板挟みになる。


「シルヴィア」

「っ……は、はい。どうかいたしましたか?」

「何かあそこでやってる。見ていい?」

「ええ……」

「行こう」


 リュカに手を取られた。彼が示したのは城を見上げられる――あるいは見下ろされる——位置にある広場だった。かつてここに父が引きずり出されて市民の狂乱の声の中で首を刎ね飛ばされた場所。父だけでなく、恐らく母や、わたくしの兄弟達もここで殺された。

 その広場には木を組んで作られた台があり、大勢の市民が集っていた。台には髭を整えた男性が立っており、腕を振るいながら何か熱弁をしていた。



「テリー・クラーは自らの利権を貪り、肥え太ることしか考えていない支配者と同じ存在に成り下がった! ディオニスメリアへの出兵は失敗し、そのために費やされた我々の治めた金銭は泡のように消え去った! テリー・クラーは自らを、バルドポルメに変革をもたらした英雄と称するがっ! やつのやっていることは暗愚であった旧王族と同質の者である! これを引きずり下ろさない限り、我々に希望はない! 真に国を憂う我々が声を上げねば、このバルドポルメの空のように重く暗い生活からは逃れることはできない!」


 集まっていた市民の一部が同調するように声を上げた。

 リュカが眉根を寄せ、難しそうな顔をしながらわたくしへ目を向ける。


「何やってるの、これ? 何か見世物やってるのかと思ったのに、面白くない……」

「少なくとも見世物ではありませんわね……」


 興味をなくしてリュカが肩を落とす。

 と、その時だった。



「お前達、何をしているっ! 違法な集会は禁止されている、すぐに解散をしろっ!」

「見ろっ、テリー・クラーは己が革命を成すと宣言して国を手に入れたというのに、こうして我々を弾圧するのだ! 支配者はこの国にはいらない! 必要なのは民をまとめるリーダーだ、市民と目線を同じくする、同じ志を持つ指導者なのだ!」

「散れぇっ!」

「早く解散をしろっ!」


 駆け込んできた数人の兵士が声を張りながら槍を振り上げ、それで脅しつけるようにした。

 しかし、台の上の男は戸惑った市民にさらに声を届ける。


「今日こそ、真の革命をなすための第一歩にしなければならない! この国の冬はまだ終わってはいない! 臆することはないっ、支配者の数は、この国で生活を憂う善良な民と比べれば圧倒的に少ないのだ!」

「貴様ぁっ、グスターブ! 今すぐにやめねば牢獄へぶち込むぞ!」

「それが市民のためにと立ち上がったテリー・クラーのやり方かっ!? 今の発言を聞いたか、諸君! 気に入らなければ排除する、それがテリー・クラーのやり方なのだ! それが本当の革命か、いいや違う! 今こそ、立ち上がらねばならないのだ! 支配者はこの国にはいらない!」

「その通りだっ! 支配者はこの国にはいらない!」


 兵士が台の上の男性——グスターブと呼ばれた男を捕まえようと向かっていったが、「支配者はこの国にはいらない」とシュプレヒコールを上げながら市民が立ちはだかった。人の壁によるバリケードで兵達は強硬に進むこともできず、逆に押し返されていく。


「退かなければ全員捕まえるぞっ!」

「支配者はこの国にはいらない!」

「支配者はこの国にはいらない!」


 彼らのプレッシャーと勢いに負け、兵は互いの顔を見合わせると逃げるように去っていった。その後ろ姿に勝鬨を上げて人々は高らかに叫ぶ。


「テリー・クラーはバルドポルメ共和国からいなくならなければならない! 今日の勝利を、未来の勝利に繋げなければならない! 立ち上がろう、今こそ真の革命を成す時がきたのだ!」


 グスターブが叫ぶように呼びかけると、多くの声がそれに応えた。


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