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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 6 聖女と坊ちゃんと穴空きレオン
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今度、旅に出る時は

 エレニオミへの旅は当初、予想しえないハプニングに見舞われつつも終わった。

 復路はきちんとエズメさんと一緒に帰ることになった。ブルーノのケガは、幸いにも命に関わるものや、後遺症が出そうなものではなかったので回復魔法をかけないことにしておいた。せいぜい、その痛みを教訓にすればいい。


 手紙の届け先であったクルシュマン男爵邸で一泊させてもらうと、レオンさんは今度こそ帰るとわたし達に告げた。そろそろ帰らないと、色々と怒られてしまうらしい。エズメさんに滔々(とうとう)とお説教をされたのが効いたらしくって、すでに軽く叱られるくらいに長居していたから、一刻でも早く帰ってそれを軽減したいそうだ。



「ありがとうございました、レオンさん」

「ああ……ま、気にすんな」


 お別れをする前にレオンさんを見つけてお話をする。

 助けてもらった時、上手なパントマイムでも見させられているのではないかと思った。魔技という魔法未満の魔法を使っていたのは話に聞いていたから分かる。けれど、いざ、それを使っているのを目の当たりにすると驚異的だった。


 剣を振り下ろされても無傷。指を向けただけで勝手に相手が吹き飛んでいく。目には何も見えないのだから、本当に魔法のようだ。奇術なんて言ってもいいかもしれないような光景だった。



「本当は……捨て身で、ブルーノだけでも助けようって思ってました」

「なのにブルーノは、お前を守ろうとして無茶をやらかした」

「はい。……何か懐かれちゃって」

「モテモテだなあ、おい。さすがは聖女ってとこか」

「本当にそんな大したものじゃないんですけどね……」

「でも、昨日あんだけ叱ったんだからちょっとくらいは後で誉めてやれよ」

「調子に乗るから、やめておきます」

「誉めておけって。ブルーノはまだまだ子どもなのに、あんなボロボロで大人に立ち向かったんだ。特別な知識も、特別な力も、特別な魔法もないのに。いくら子どもだからって、あれは本気だ。あの傷も男の勲章だよ。念入りに釘さしてからでもいいから、一言くらい誉めないといじけるぜ、その内」


 そう、かなあ。

 調子に乗っちゃいそうで不安だけど――ううん、でも本気でわたしのことを守ろうとはしてくれたのは事実か。



「未来でさ」

「はい?」


 首からかけて服の下にしまっていたものをレオンさんが出した。小さな笛だった。ホイッスルだ。


「俺の友達の子どもが、色々あってすっかり自信喪失して……ふらふらふらふら歩いて、ここまで来たらしい。でもって、そこでお前に出会ったんだと」

「……そうなんですか」

「でもって励まされた。何もかもヤケを起こしてたような状態で、お前に会って救われたって言ってた。その後に、ナターシャのせいで殺されちまって、また自暴自棄にはなっちまったんだけど……けっこう、気にかけてるやつだったんだ。今は確か……いくつだっけな、12歳とか13歳とかか? まあ、今のお前とそう年は離れてない」


 笛を手で弄びながらレオンさんは言葉を紡ぐ。


「もう、ナターシャも死んで……そいつがまたここまで来るようになるかは、さっぱり分からない。俺が見てきた未来とは変わっちまってるから。でも、それを聞いた時から聖女ってのは立派なやつだったんだろうなって思ってた。ありがとうな」

「わたしはまだ、その人とも会ってないんだし……急にお礼を言われちゃっても困りますよ」

「ははっ、それもそうだ。けど、今ふと思い出したから、言いたくなったんだ」



 レオンさんが笛をくわえ、吹いた。しかし音はなかった。

 何をしたんだろうかと思いながら周りを見るが、何も起きていないし、吹き直そうともしないからそもそも聞こえない笛らしい。


「また会おうぜ。俺の国にはポン酒も醤油も味噌も豆腐も米もある。来たら和食をご馳走してやるよ」

「本当にっ?」

「おう。あ、あとさ、煎茶の茶葉の作り方、ちょっと教えてくれねえ? 俺、紅茶しか分からねえんだよ。茶葉は一緒なんだろ?」

「茶葉を蒸してから、揉んで乾燥させるんです。紅茶は発酵と揉む過程を繰り返すけど……最初に蒸せば緑茶で、発酵させたのを煎ってから揉んで乾かせばウーロン茶にもなりますよ」

「マジかっ。蒸してから揉んで乾かす……。なるほど。で、ウーロン茶が萎れさせてから煎って揉んで乾かす……。なるほどな。ありがと」

「どういたしまして」

「じゃ、次はコーヒーだな。コーヒー豆見つけたら教えてくれよ」

「分かりました」

「お別れの時間だな。俺の足が来た」

「足?」


 何かを聞きつけたようにレオンさんが南の方を見上げた。

 そこに鳥のようなものの影がある。まっすぐこちらへ飛んでくると、それが魔物だと分かった。大きな翼を持つ竜のような見た目の魔物――確か、ワイバーン。かなり珍しい魔物だって聞いたことはある。



「こいつはレスト。俺の相棒でさ」


 ゴーグルを目にはめ、降り立ったワイバーンの頭を軽く撫でながらレオンさんが言う。ワイバーンには鞍のようなものがつけられているし、鞍には布で包まれたいくつかの荷物も括りつけられていた。


「クォォォッ」

「かわいいだろ? こいつで俺は海を飛んできたんだ」

「ええっ……?」

「穴空きレオンってのはさ、面倒を避けるための偽名みたいなもんだ。今は正式にゃあレオンハルト・エンセーラムって名乗ってる。エンセーラム王国の王様が本業で、副業が漁師とマレドミナ商会ってとこの商人。ついでに学校の校長」

「肩書き多すぎませんっ!?」

「ははっ、気づいたらこうなっちゃった。他にもあるぞ、エンセーラム楽しい宴の会、会長」

「飲兵衛なんですね……」

「まあな!」


 あんまり胸を張らなくていいことだと思うけど、グッと親指を立てて見せてレオンさんはレストというらしいワイバーンの鞍に跨がった。



「っていうか、ブルーノとエズメさんに挨拶は――?」

「面倒だからパース。文句がありゃ、エンセーラムまで来いって坊ちゃんにゃあ言っておいてくれ」

「ええっ!?」

「行け、レスト!」

「クォォォッ!!」


 ドスドスとレストが四足で地面を駆け出した。充分に助走をつけてから翼を広げて飛び立つ。力強い羽撃きは音とともに風を起こす。風圧に煽られそうになって腰を落とした。


「んじゃあな! お互い、これからも元気でやってこうぜ!」

「は、はいっ……! お元気で!」

「おうっ!」



 そのままレオンさんは空の彼方へ小さくなっていく。

 見送っていると、不意に――前世の最後の記憶が脳裏をよぎった。最後にわたしを庇おうとしてくれた男性。彼もレオンさんのように背中に何かを背負っていた。ギターのケースだったっけ、なんて思った時に、あっと思う。


 もしかして。

 もしかして、もしかしちゃって。


 あの時にわたしを庇ってくれたのがレオンさんだったんじゃ――?

 そう言えばシンクレアの屋敷で楽譜を書いていたし、不思議とものすごくダブって見える。それにレオンさんは生前はミュージシャンになりたかったとか何とか……。



「お礼とお詫び……」


 言えたのに、と思った時にはもう遅すぎた。

 確かめてはいないけれど変な確信がある。きっと、あの時の人がレオンさんだったんだ。


 前世と、今と、二度も助けられてしまった。

 なのに、今さら気がつくなんて間が悪い。



「ああ……」


 どうして、もっと早く……。

 嘆きつつだんだんと見えなくなっていくレオンさんを目で追った。


「ありがとうございます……」


 本当に。

 それとごめんなさい。

 わたしのせいで殺してしまったようなものなのに。



 これは改めて、今度はこっちから会いに行って直接言わなきゃいけない気がする。

 せめてあと5年は待って、エンセーラムへ行こう。また、会いたい。



「おーい、ティアよ、レオンはどうした? じきに出発であろう?」

「っ……もう行っちゃったよ。丁度、今」

「何っ!? また、余に何も言わずに行ってしまったのかっ?」

「うん」

「ぬぅぅぅ……レオンめ、次に会った時はきっちり文句を言ってやる」


 恨めしそうにブルーノが言って頬を膨らませる。



「ねえ、ブルーノ」

「何だ?」

「危ないことしたのは嫌だったけど……必死に助けてくれようとして、ありがとうね」

「……ま、まあ……余はティアをいずれ娶るのだからな、と、当然であろう……?」


 あれ、顔を逸らした。

 しかもちょっと顔赤くして……。


「あっ、照れてる?」

「て、照れてなどおらぬっ」

「じゃあこっちちゃんと見てよ〜。ほらほら」


 ブルーノをからかうように言いながらちょっと近づくと、ちょっとたじろがれる。


「照れてなどおらんと言うとろうが!」

「ええ〜? じゃあ何で顔逸らすの? ねえねえ?」


 マセてはいるけど、やっぱりまだまだ男じゃなくて男の子なんだなあって思わせられる。気づけば離れたところで見守ってくれていたエズメさんもほほえんでいる。



「ブルーノ」

「照れておらんっ!」

「分かったよ。……もうちょっと大きくなったら、一緒にエンセーラムに行かない? レオンさんに会いに」

「むっ? おおっ、それはつまり、結婚の報告であるな!? 良かろう、ティアもたまには――」

「それはまったくもって関係ないんだけど」

「むぅ……」

「でも、今度、旅に出る時はちゃーんと守ってね。危なげなく」

「むっ……も、もちろんだ。ティアには指一本触れさせぬからな! 次こそは!」

「ちょびーっとだけ期待してるね」

「いいやっ、鉄の船に乗ったような心地で期待しておるが良いっ――あうっ……ぐ……」

「ふふっ……もう、ブルーノってば」



 胸を叩いた拍子に傷に響いたらしく、ブルーノが情けない声を出して胸元を押さえた。

 心意気だけなら期待してあげられるんだけど、今はまだまだ頼れなさそう。でも、その内に背もわたしより大きくなって逞しくなっちゃうのかな。


 その時が待ち遠しいような、寂しいような。

 何にせよ、結婚なんていうのは全然考えてあげられないのがかわいそう、かな?


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