茶作りレオン
心臓を抉り出されて不死者になったリュカが、元の人間に戻れるのか。
カルディアにさえ何もなければ不老不死でずっと生きていられるのだろうが、それと引き換えにどれだけ食っても満腹感を感じないとか、どうも不具合はあるようだ。まあ、どんだけ食えるのかと目を疑うほどいまだに食いまくりはするし、それは以前から大して替わらないようにも見えるのだが、本人としては腹いっぱいの満足感がないらしい。あいつの場合、三大欲求が食欲:睡眠欲:性欲で7:2:1みたいなとこがありそうだけど。
「んで、どうよ? ロビン?」
「もともと……ジャルのカルディアで研究はしていたけど、どうも分からない……」
「シオンは何か知らねえのか?」
「自分は……ナターシャ様に、カルディアを取り出す方法しか教えていただけませんでしたので、すみません」
宰相官邸にあるロビンの研究室。単なる個室だったが、すっかり研究室となって機能をしている。ひとりきりになれる空間というのはロビン的にはいらないようだが、研究をするためには閉じこもれる場所が必要らしく、そういう部屋を設けたということだ。
「まあ……そう簡単にはいかねえか」
「でも、リュカのカルディアが無事で良かった。正直、不安だったんだ……。仕方なかったとは言え、シオンを閉じ込めている間、ずっとあの地下室に置きっぱなしになっていたから」
「すみませんでした、ロビン殿」
「えっ? あ、ううん……済んだことだから、いいよ」
「いや、リュカのことなんだから、いいよってのはどうよ?」
「そこじゃなくて」
「……申し訳ありませんでした」
茶化そうとしたのに重くしやがって。
どうもシオンは、まだまだ周りにちょっと遠慮しいと言うか、すぐにしゅんとすると言うか、根がマジメなんだろうけど重いんだよなあ。開き直れとも言えないし、かと言って頭下げまくれとも言えないし、何かちょっとやりづらい。
「とにかく引き続き、調べてみるよ。それでね、レオン、ナターシャのアジトに行けば、何か分かるかもって思ってるんだけど」
「ああ、行きゃあいいだろ。なんなら、ユベールが何かとウォークスで遠出したがってるし、アジトまで直で行ってもいいんじゃないか?」
「いや、違くって」
「ん?」
「行って調べたいけど……あんまり、家離れたくないなあー……なんて、あはは……」
「はは……分かった、分かった。シオン、調査に行かせられる人員を集めてやってくれ」
「でしたら、自分が行って参りましょうか?」
「……マジで?」
数時間後、シオンはユベールにウォークスへ乗せてもらって南西へと飛んでいった。
必要があったとは言え、あいつの方からどっかに行くとか言い出すのは以前だったら考えられないことだったが――やっぱ心境の変化があったんだろうか。イグニアスすげえ。
「シオンどこ?」
「んっ? シオンはちょぉーっとお仕事でユベールと一緒に飛んでったぞ」
シオンを見送ってから、最近ハマっているおいしいお茶作りをしていたらディーがやって来た。ディーからすれば、ふらっと帰ってきたシオンだが意外と懐いていて、シオン目当てで俺のところへやって来ることもある。俺が黙々とデスクワークにいそしんでる間、何をするでもなく傍に控えるシオンに遊んでもらってたりする様子は密かな癒しだったりもする。
「おしごと? なんの?」
「リュカのために調べものだ。一緒にお茶作るか? この葉っぱをな、こうやって手で揉んでやるんだよ」
ディーを膝に乗せてやってお茶作りを仕込もうとしたのだが、身をよじって逃げ、そのまま行ってしまった。振られた。悲しい。でも泣かない。作ってる茶葉に水分は厳禁である。天日で乾燥させた葉を回収し、それを手で揉みながら繊維質を崩していくという作業だ。よくよく匂いを嗅げば甘いものが鼻孔をくすぐってくる。
茶と言えば、紅茶がこの世界じゃ一般的だ。が、俺はガキのころからじいさんが喉を潤すに飲んでいた、超手抜きの渋っぶーいのに慣れていて、ずっとそれを飲んできた。取ってきた生の葉っぱを軽く煎って水分を飛ばして、あとは湯を注ぐだけというもので、とんでもなく苦いものだった。
しかし先日、ベリル島の密林にお茶にしたらうまい葉っぱがあるとか聞いて、一丁、ちゃんとうまいもんを自分で作って飲んでみようかと思い立ったのだ。エノラが言うには甘くフルーティーなものになるらしい。こいつで茶を飲むのが楽しみだ。
「おとうさん」
「んっ? また来たのか。ほら、これ嗅いでみろよ、いい匂いするんだぜ?」
念入りに茶葉を揉んでいたらディーが戻ってきて、今度は自分から俺の膝へと乗ってきた。軽いしちっさい。いまだにあんまりかまってくれないフィリアと違って甘えてくるもんだから、余計にかわいく感じる。
「あのね、シオンがね?」
「ん?」
「ずっとかなしそうなかおしてるの」
「ああ……そうだなあ。大人は色々と大変でなあ」
「だからシオンに、おかえりなさいのことしたいの」
「…………天才かお前?」
「えへへへ」
「お前天才だな! さすが俺の子! よーしよし、じゃあささやかにやるか」
いいじゃねえか。
俺も何かやりづらい空気を感じることはあるし、それを少しでも払拭できるんならそれに越したことはない。言い出しっぺがディーっていうのもいい。俺から何かしてやればー、とか言うのは気恥ずかしいとこあるし。
「とりあえず、5、6日は帰ってこないから茶ぁ作ろうな」
「あまくなる?」
「砂糖入れりゃあな。ほら、こうやってな、手で葉っぱを挟んで、揉みくしゃーっとするわけだ。わしゃわしゃわしゃと」
「わしゃわしゃ」
「うまいぞ、ディー。天才だな、お前」
揉み終わった茶葉をまた天日にさらしたところで、ディーと一緒にマノンを探しにいった。シオンが帰ってきた日の夕方開催で、適当にメシなんかを用意してやってくれと言いつけたところで準備完了だ。
「完璧だぜ、ディー」
「……これだけ?」
「え?」
きょとんとした顔で見上げられてしまう。だって自分であれこれするのもめんどいし、普段はシオンに丸投げにして終わりなのをマノンに変えただけ――っていうのがダメなのか?
見つめ合う。
不満そうで、何か物足りなさそうな顔を向けられる。
「じゃあ……あれだ、ほら」
「あれ?」
「シオンのことだから、ディーが何かプレゼントしてやるとすっげえ喜ぶぞ、多分」
「プレゼント?」
「もらって嬉しいものをプレゼントするのがいいぞ」
「うれしいの……あっ」
「お、何あげるんだ?」
「あ……でもサフィラスはあげちゃダメだった……。どうしよお?」
うん、まあじっくり考えればいいさ。
きっとシオンのことなら、何をもらおうが喜ぶだろうがな。俺だってディーに何かもらったら嬉しいし。この前くれた泥団子もしっかり部屋に持ち帰ったし。
ともあれ、そういうことでやや時間は経ってしまったがシオンおかえりパーリーをささやかに開くことにした。準備はばっちりマノンに丸投げしたし、ディーが何かをあげようとかわいらしく考え込んでいるし、俺はお茶作りにいそしむのである。茶も人も、揉まれた分だけ良くなるもの――かは分からないが、そうだといいなと個人的に思う。
コーヒーとかも飲みたいが。でもあれって、コーヒー豆から探さなきゃダメなんだろうな。どこにあるんだか分かりゃあしないしい、見つけたってどうやったらコーヒーになるんだか。
なんて考えつつ、1日かけた紅茶作りが終わった。
しっかり乾燥させて赤く変色した茶葉を瓶に詰めて、ミシェーラ姉ちゃんのところへ試飲に向かうのだ。俺が作ったんだと教えたらどんなに感心するだろうかと考えつつ、イザークが作ってくれた茶菓子も持っていった。
もちろんミシェーラ姉ちゃんは多いに感心してくれて、楽しいティータイムを過ごせた。
マティアスにも自慢してやってくれと取り分け置いていった。幸せな日々である。