穴空きレオン、心の一句
「――よう、奴隷がここにいるとかって聞いたんだけど、ちょっといいか?」
ドアを開けると案の定、ピンチだった。
「取り込み中だっ、後にし――」
「俺さあ、個人的に奴隷商とか、奴隷のために人攫いする野郎とか、奴隷を使うようなやつが、大っ嫌いなんだ」
振り返った男の向こうにティアとブルーノがいる。
ブルーノはどうやら相当やられたようで、見るからに痛そうなことになっている。そのブルーノを庇うようにしているティア。俺もかなり昔に入れられかけた、鉄のケージみたいな檻の戸は開いている。出された――けど助けられたっていうことでもなさそうだ。
「何だ、お前は……?」
「穴空きレオン」
「はぁぁああああ〜っ? 穴空きぃっ? 引っ込んでろよぉぉ〜、今ぁこのガキどもに――」
「よう、ブルーノ。ちょっと見ない間に男前な顔になってんじゃんか。ティアは……ケガなさそうだな、まあ良かった。帰るぞ」
男の横をすり抜けて近づく。
「は――? お、おい、いきなり出てきて何なんだよぉっ、穴空きっ!」
「だぁから、穴空きだっつってんだろ、ただの。って……その首輪、そうか、外さないとダメだな。おい、鍵どこだ、お前?」
「あ、あの、レオンさん……?」
「ん?」
「ふ、ふざけんじゃねえっ!」
やっぱこうなるか。
きっと良からぬことをしてたであろうことに目をつむってやってたのに、キレて抜いていた剣を振り下ろされる。動くのもめんどいから魔鎧を使うだけでそれを防ぐ。向こうからすりゃ、鎧もつけてない生身の人間に剣を振り下ろしたのに硬すぎる上、それで弾かれたということになる。
「何、何をした……? 何しやがった、てめえええっ!?」
「うるせえな、見逃してほしけりゃとっとと、この首輪の鍵を出せよ。でなきゃ、痛い目遭わすぞコラ」
「ふざけんじゃねえ、邪魔をすんなぁっ!!」
やっぱこうなるか――。
手加減をして、指先から魔弾をぶち込んだ。下腹部を直撃して壁まで吹っ飛ぶ。それでもまだ顔を上げたので、額にももう一発撃ち込んだ。後頭部を壁に強打してひっくり返り、そのまま動かなくなる。一応、脈を取っておくとちゃんと生きていた。
「んじゃ、行くか」
ティアとブルーノを振り返る。
揃ってぽかんと口を開け、何が起きたのかという理解が追いついていない顔があった。
「っと、その前に首輪の鍵か。こいつ、持ってるか……? これか? これっぽいよな、ほら、自分で外せ」
奴隷の首輪の鍵を見つけて手渡す。
緊張が解けたのか、首輪が外れるとブルーノは泣き出した。ティアがそれをあやし、落ち着かせるのを待つことにした。
外で待っていたごろつきには金貨をやったんだから見逃せと一応言っておいたが、金貨2枚というはした金で勝手にティアとブルーノを連れ出そうとするのは容認できないらしく仲間を呼んで襲いかかってきた。ので、ぼっこぼこにしておいた。平気で人身売買だの奴隷だのに関わる野郎はポリシーで許さない。未遂だからと甘い態度を取っておいたのに引き下がらないのだから当然の報いだ。
ついでに前金で渡しておいた金貨2枚も回収しておいた。
銀貨10枚はそのままくれてやることにする。別に俺は鬼や悪魔の類じゃない。ボコボコにした分の手当て代なり、食うに困った時用なりに使えばいいさ。
エレニオミの表通りまで戻るころにはすっかり日が暮れていたが、エズメはすぐに見つかった。まだ必死になって2人を捜していたので、こっちからも捜しやすかった。
「坊ちゃん、ティア様!」
「エズメ……エズメぇっ!」
「ああっ……良かった、本当に良かったです、坊ちゃん……。ケガだけで済んで……最悪のことを考えたら……」
感動の抱擁である。
それが済んでから、2人が手紙を届ける予定だったというシンクレア領主の友人のところへ向かった。あらかじめ、エズメが行き違いになっていたらという可能性を考えて、2人が失踪してしまったのは伝えていたらしい。ブルーノのケガはティアなら治せるんじゃないかとも思ったが、回復魔法をかけてやろうとする素振りはなかった。
で、とにもかくにも奴隷になったり、身代金目当ての人質にされることもなかったと一件落着したところで。
「ブルーノ!」
「坊ちゃん!」
手紙の届け先に泊めてもらえることになり、与えられた客間でティアとエズメがほぼ同時にブルーノにものすごい剣幕で迫った。
「なっ……何だ?」
「わたしは何度も何度も、反対したよね? クヌートにのこのこついていかない方がいいって!」
「どうして坊ちゃんはいつもそう危機意識が低すぎるのですか!? うぬぼれすぎです!」
「だ、だって……余は、ただ……」
「それにっ! 何で無謀なことまでしたの! あなたを逃がそうと思ってあの人を挑発してたのに、先にブルーノが出てって殴られて!」
「余は男だっ、ティアに一方的に守られるなどできるかっ! むしろティアが全然守り甲斐がなくて――」
「言い訳無用です、坊ちゃん! ティア様におうかがいしましたが、坊ちゃんよりもティア様の方が何もかも上手にできるのですから大人しく信じて待つというべきでしたよ!」
最初こそ必死に反論していたブルーノだったが、ティアとエズメの迫力に負けてだんだん縮こまっていった。
正座させられ、ガミガミガミガミと叱られて、過去のことまで持ち出されて糾弾され、涙目になっていた。何かこう、ちょっとかわいそうにもなってくる。でもこうして叱られるのは愛されてる証拠だろう。うん。
こんなに叱られてると見るに堪えなくもなってくるが、しょうがない。
男は泣いて大きくなっていくようなものなのだ。
「あと、レオン殿。少しよろしいですか?」
「んっ?」
ブルーノの説教が終わったところでエズメが咳払いしてから俺に向き直った。
「坊ちゃんに、男のたしなみ――なる訓示を授けたそうですが」
「訓示ってほどの大したもんでもないんだけど?」
「男なら無茶する姿で女子の気を惹け、だとか。押して駄目なら引いてみろ、だとか。ギャップで落とせ、だとか。女の涙は信用するな、だとか。心配させて虜にしろ、だとか……。その他、21もの余計なムダ知識をさもこの世の真理であるかのように書き綴ったそうですね?」
何か、心なしか言葉が刺々しい。
みぞおちの下のところがくいっと掴まれたような感じがしちゃうんだけど、何これ、責められてる?
「えっ、そんなに……?」
「余は……レオンに授かった男のたしなみに従っただけで……」
「あ、おい、言い訳すんなよ。自分の行動には責任持てって」
「レオン殿」
「あっ、ハイ」
「純粋で自分に都合の良いようにしか考えないお年頃の坊ちゃんに、何てものをお渡しになられたのですか。ご自分が年少者の見本となるべき大人である自覚はないのですか?」
俺まで叱られるのかよ……。
「こっちを見てください」
「あ、ハイ」
「失礼を承知で申し上げさせていただきますと、あなたの態度は坊ちゃんの教育上やや好ましくないものです。今回のことでは本当に感謝をしていますが、それとこれとは別ということで…………」
いつの間にか正座させられて、エズメにめちゃくちゃ叱られた。
これでも8歳と5歳の子持ちでしっかり育ってる、なんて言い訳してみたけど俺の親バカエピソードをばっさり「自分で自分のお子様達の将来が心配にならないのですか」なんて言い切られた。そりゃ、まあ、ちょっと甘やかしてる自覚はあるけどド直球に言われるとヘコむ。それでもと食い下がったら「きっと奥様のご教育がよろしいのですね」なんてまたばっさり言われた。
多少は自覚してたけど、目を逸らしてたところだったもんで俺のハートはズタズタになった。教育にアメとムチがいるなら、俺はアメ担当でいたいのだ。フィリアには相変わらずで、若干ディーには舐められちゃいるけども。ユーリエ学校でも相変わらずガキどもの玩具にされちゃあいるけども。
威厳より、好かれていたい、親心――なんちゃって。
これじゃダメかなあ。