スラム探索
大河ハイラヴァル沿いでもっとも栄えた街エレニオミ。
ややおかしな言い回しになってしまうが、以前、未来に行った時にも立ち寄った街で、ここで聖女の手がかりを探していたら偶然にも落ちぶれていたマオライアスの行方を掴むこととなった。それと同時に、聖女が作って広めたという料理の数々を堪能した。ので、その時の食堂へ来てみたのだが――驚いたことにまだこの時代だとできて間もないという感じだった。
「看板娘かぁ……」
「あらやだ、何ですか、もう」
30年――厳密には今から、えーと28年だったはず――後にはおばちゃんとしか言えない感じだった女将が、やっぱり約30年も前の今だと若い。看板娘だ。案外、美人だったらしいが時間の流れというやつは残酷だ。
「肉蒸しってある?」
「ああ……聞いたことはありますけど、うちにはないですね。聖女さんって人が作ったっていう料理……でしたよね」
「きっとうまいんだろうなあ、食ってみたかったなあ、ここで」
まだまだ、聖女の威光ってやつは広まりきってはいないらしい。
つか、もうちょっと肉体年齢が上だと思ってたけど意外にティアが小さかったんだよなあ。まあ、色々とやっちゃったことについてはあれなんだけども……。うん。
「にしてもここ、意外と広いよなあ。先は森かなーとか思っても人がふらふら歩いて行ってたから、俺も行ってみたら家とか普通にあんのな」
「お客さん、それは……ごろつきの住処ですよ?」
「え、そうなの?」
「他にも街の北の方にはスラムがあって……まともな人は近づいたりしません。お客さんもあんまり好奇心ばっかりで行ったりしない方がいいですよ」
「ふうん……。ま、どこにも悪い野郎はいるよな……」
エンセーラムでも、ちょいちょいちょい――と犯罪行為が増えてきてるし。
人が大勢集まればどうしてもはみ出ちまうのもいる。悪いことさえしてくれなきゃ見て見ぬふりもしてやりたいけど、そうでないのがいるから頭が痛くなる。
「すみませんっ、人を探していまして!」
「はいはい?」
慌ただしい声とともに店に人が入ってくる。川魚の蒸し焼きをフォークで突つく。ここらは魚料理が豊富だが、海のものと違うのがちょっとだけ新鮮だ。ただ、ちょいと泥抜きに適当感があって臭みを感じる。注文を失敗した。
そろそろエンセーラムにでも帰るか。
どっかの人里から遠いとこでレストと2、3日存分に遊んでやって、頼まれちゃった土産を探して、うん、それでいいだろう。
「未来の女将さん、金、ここ置いてくから」
「はあーい、どうもありがとう」
「あいあい、ごちそうさ――」
金を置いて行こうとしたら、看板娘と話していた女に気がつく。丁度、向こうも俺に気がついたらしく目を大きくした。
「レオン殿っ、坊ちゃんとティア様をお見かけしませんでしたかっ!?」
「あら、お客さんとお知り合いだったんですか?」
「坊ちゃんて、あの坊ちゃん? それにティア? 何でこんなとこで俺が見かけるんだよ?」
「それが、実は……」
シンクレアで出会った、坊ちゃんのお目付役の女――エズメは顔を青くしながら語り出した。
どうやらティアと、あのお坊ちゃんがこのエレニオミまで初めてのおつかいみたいな感覚で旅をしてきたはずだったのだが、万一に備えて尾行していたエズメが途中で見失ってしまったらしい。
それで気を揉みながらエレニオミで待ち続けて、ついさっき、2人を乗せたというキャラバンと出くわしたらしい。だが自分の足で歩いてエレニオミに入りたいと言ってすでに別れていたようで、しかもやや怪しい男と3人組だったということだ。
「き、きっと坊ちゃんがかわいすぎて、身代金目当ての誘拐をされてしまったはずです。時間的に考えてとっくにエレニオミへ到着していていいはずなのに、それらしい目撃情報はありませんし、今ごろその怪しい男にさらわれて……!」
「でもティアも一緒なんだろ?」
「ティア様がご一緒だとしても安心などできません、むしろティア様が一緒におられているのに手紙の届け先にまだ姿を現していらっしゃらないのですから……ああ、ティア様まで一緒にさらわれてしまうだなんて……!」
「ま、まあ落ち着けって。心配する気持ちは分かるけど……俺も探してやっから、一緒に」
「よろしいのですかっ?」
「ああ、よろしいよろしい」
クールビューティー系かと思っていたエズメは、どうやらけっこう取り乱すやつだったらしい。この心配性なところを買って、あの坊ちゃんのお目付役にでもしたんだろうか。
「ティアと坊ちゃんと一緒にいたって男の特徴は?」
「傭兵崩れや山賊のような風貌で、中肉中背、腰に剣を吊っているそうです」
「めちゃくちゃ怪しいじゃんか……」
「何でも行き倒れていたのを坊ちゃん達が助けて同行しているのだとか……とキャラバンの人には聞きましたが」
「お人好しにつけこまれたか」
「あれだけ知らない人について行ったらいけないと言っていたのに……」
「違うな、その言い方だと知らない人を連れていくのはアリだ、って解釈をしかねない」
「なっ、なるほど……」
「下手に口が達者になると言い訳もなかなかの屁理屈を並べ立ててくるからな、お子様ってのは」
その屁理屈で勝手に正当化しちゃって、あちゃーなことになっちゃうから困り者だ。が、その尻拭いをしてやるのは大人の役目だろう。
「んじゃあ、俺は危なそうな連中の方を当たってみるわ」
「しかしっ、レオン殿が危険では――」
「俺はへーきだから、手分けしておこうぜ」
エレニオミのスラムへまずは足を向けた。
細い路地を適当に曲がっていけば、ごろつき、浮浪者、孤児なんかの社会からこぼれ落ちた者の吹き溜まりになる。そこかしこに住居があって、路地は狭く入り組んでいる。その中で、景気良さそうに酒を煽っている10人ほどの集団を見つけた。外に足の高い円卓を2つほど出し、そこで飲んでいる。
「儲け話でもあったのか? ちょっと聞かしてくれよ」
「ああ? ふんっ、消えな、てめえみたいのはお呼びじゃねえ」
「そう言うなって。俺さあ、これでも奴隷とかにすっげえ興味とかあって……まあ、けっこう遠いとこから来たんだけどな?」
宝石をひとつ取り出して見せての金持ちアピール。
蛇の道は蛇、っていうことでもしティアと坊ちゃんが人攫いに捕まっちまったんなら、奴隷商なんかのところに集荷されちまってるはずだ。だからそういう事情を知っていそうな連中に当たるのが得策だろうと判断した。
「何だ、奴隷欲しさにこんなとこまで来てるのか?」
「そんなこと口が裂けても言えねえなぁー」
「へっへへ……情報量は銀貨5枚だ」
「10枚やるよ、だからちょっと条件にあてはまるのを探してくれねえか? さあ、誰でもいいぜ、銀貨10枚だ。俺を奴隷商のとこに連れてってくれんのは誰だぁ〜?」
金をちらつかせると、すぐに俺の取り合いが始まった。
口論をしたり、腕っ節で黙らせたりの賑やかな取り合いだ。その間に俺は彼らが飲んでた酒を勝手にもらい、銀貨を10枚テーブルに積み上げておいた。
「――でぇ、旦那はどんな奴隷が望みで?」
「2人」
「ほおう、2人?」
「値段とかはどぉぉーでもいいし、いくらでも払ってやるから……あー、年頃は10歳の男女。育ちのいいガキだ」
殴り合いの末に残ったごろつきは積み上げておいた銀貨10枚を懐にしまいこんでから揉み手でご用聞きをしてくる。でもって条件を伝えると、口をへの字に曲げて僅かに瞳を右上へ向けた。ははーん、怪しい。
「やっぱ、いねえか?」
「ああー、まあ、旦那ぁ、そういうのはもっと上品な場所の奴隷商に当たってもらわねえといねえんじゃあ――」
「はぁ、目当ての奴隷さえ見つけられれば報酬なんてのをくれてやっても良かったんだけどなあ。金貨2枚くらい」
「きっ、金貨2枚……!?」
「そんじょそこらの金持ちと一緒にすんじゃねえ、ってことだな。まあいいや、じゃあ奴隷商のとこにでも案内してくれ。銀貨やったんだからそれくらいはしてもらわねえと。行こうぜ」
ごろつきに声をかけて歩き出す。と、何かを決めたような顔で慌てて俺の前へ出てくる。金に目が眩んじゃった顔だなあ、こりゃ。
「まだ、奴隷商には引き渡されてねえんですがねえ、丁度……旦那の条件に合いそうなガキどもがいまして」
「ほーん?」
「だがほんっとうにこいつは高値で、いくら旦那でもそんだけの金を出せるかどうかってえいうもんなんですよ」
「いくらだよ?」
「き、金貨200枚」
ぼったくりすぎだな、それは。
んなアホみたいな値がつくのはエルフ程度のものだ。エルフをこんなごろつきがどうこうできるとも思えねえし、吹っかけてるだけだな。まあ、乗るしかないんだけど。
「払おうと思えば払える。でも、それはちゃんと見てからだな。……どこで仕入れたんだ?」
「へへっ、そんならこっちでさあ、旦那。いや実は……流れもんがねえ、どこぞの貴族の坊ちゃん嬢ちゃんを騙してここまで連れてきたんですよ。分け前は弾むから奴隷として売りつけろって」
「ふうん……」
「だがまだ奴隷商との渡りがついてない。そこで今は保管してるってえ状況なんですよ」
「じゃあ連れてけよ。奴隷商より高く買い取ってやる」
「へへへっ……俺が話はつけますからねえ、旦那は奴隷引き取って金を払うだけでいいですか?」
「好きにマージン取ってきゃいいだろ。その前に一目見せろ。金渡してから、そこらのガキんちょを誘拐しただけでしたなんてオチは許さねえぞ」
「今案内しますよ、へっへへへ……」
スラムのどんどん深いところへ歩いていき、しばらくしてから足が止まった。
石を積み上げて、泥で塗り固めたようなこの地方の家。それが2段、3段と脈絡なく積み重ねられているような感じなので地上の日当りは悪く暗い。上にばかり目が行きがちだったが、案内させたごろつきの足は地下へ続く階段の前で止まった。普通の家かと思いきや、ドアをあけたらすぐ地下への階段という有様だったのだ。
「この下か?」
「ああ……。本当に金を払うってえんなら、先にちょっと使ってもいいですぜえ? まあ、前金が――」
「ほらよ。人を近づけさせんな」
「おおおっ……へへへっ、ごゆっくり」
金貨を1枚出して手渡すと、眉を上げ、目を大きくし、浮き足立ってごろつきはドアを出て閉めた。さあて、ティアとブルーノは無事でいるかね。魔影で探っちゃうと、おかしなことに3人分の気配があるんだが――。