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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 6 聖女と坊ちゃんと穴空きレオン
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雨中の出会い

 2日目は出発してからすぐにぐずついていた天気が崩れて、雨に降られた。

 傘は生憎とない。番傘のようなものを作ろうと思い至ったことはあったけど骨組みまで作ってから、貼りつける紙がないことに気がついてやめてしまった。


 そういうわけでもっぱら、帽子が雨具になる。

 帽子を被っておけば背中の方に雨水が流れ落ちていくという、頭頂部程度しか守れない貧弱な雨具だ。

 帽子そのものは日除けにもなるし、髪型とか気にしなくていいやって気分にもなれるし、ちょっと飾り羽根なんかをつけてオシャレしたりで悪くはないんだけど、いかんせん、雨具としての機能を考えると貧弱極まりない。


 雨でぬかるんだ道は本当に歩こうとする意思をくじいてくる。ブルーノもずっとぐずぐずしていた。

 結局、雨をしのげそうな岩のくぼみを見つけて、そこでやり過ごすことにした。



「もっと近う寄れ、ティアよ。寒いであろう?」

「大丈夫だよ」

「そんなことはない。女の子は体を冷やしちゃいけないのだ。だから余にもっと寄り添うが良い」

「魔法であったまってるから平気です」

「むむぅ……」


 火を起こして、その熱をゆっくり風の魔法で循環させて簡単な暖房を作っている。雨に降られた体も冷えることなく暖められている。ブルーノの密着作戦は完全に口実を砕いた。



「…………」

「…………」


 膝を抱えて座りながら、ずっと雨の降りしきる外を眺める。

 雨粒が地面を叩く絶え間ない音。たまに風が吹き込んできて、僅かに雨も入ってくる。けれどほどよく魔法で暖めているこの空間では乾燥を防ぐほど良い湿気でしかない。



「……んっ?」

「どうかしたの、ブルーノ?」

「……今、どこかで声がしなかったか?」

「声? 聞こえなかった……と思うけど」


 耳を澄ませる。

 ザァーっと降る雨音ばかり――しか聞こえない。

 けれどブルーノは腰を上げ、遠くを見るようにじっと外を見つめる。



「……声がした。余の耳には届いた。それに、魔物の唸るような声もするぞ」

「本当?」

「この雨で何やら困ったことが起きているのかも知れん。ティアよ、見に行こう」

「分かった」


 ないとは思うけど、エズメさん――じゃないよね?

 一抹の不安を抱きつつ、ブルーノと一緒に外へと出ていく。ブルーノが走る後を追っていくと魔物が見えた。獰猛な狼めいた魔物が輪のようになって、何かに襲いかかって牙を突き立てている。それを見てすぐ、ブルーノが剣を抜いて斬りかかった。魔物は散開してブルーノの攻撃を避け、そうしてできたところを素早く走り抜けて、魔物に襲われていた人を背後に庇う。



「そこの者、無事であるかっ!? 余が来たからにはもう大丈夫だ、辛抱しておれっ!」


 すぐに魔物の群れが獲物からこちらへ牙を剥いた。

 6頭の群れだ。1頭の体長は1.5メートルはあるんだろうか。けっこう大きいし、牙も爪もかなり鋭いように見える。口元には赤い血。


「ティアよ、余の活躍をしかと見ておれ!」

「待ってブルーノっ、お願いだから調子には乗らないで!」

「調子になど乗ってはおらぁあああ―――――――――んっ!!」


 手近な1頭に狙いを定めてブルーノが斬りかかった。

 すぐさま左右から挟撃を受けるが、斜め前に走り抜け、振り返りつつ剣を薙ぎ払って斬りつけた。

 見てて危なっかしい。逸る心臓を落ち着けるように呼吸をする。冷静にならないといけない。魔法の制御は気の持ちようと言って過言じゃないから、あんまり頭に血を上らせたりすると暴発させてしまう危険性がある。それでブルーノを巻き込むわけにはいかない。



「てえええいっ!」

「ガアアアアアッ!」

「むっ!?」

「スケープビット、からのっ――レイニーアイス!!」


 土魔法で地面を盛り上げ、わたしと襲われていた人、そしてブルーノを囲むドームを作る。それから降っている雨を利用し、ドーム外を一気に氷点下にまで冷やしきる。凝固した雨は無数の矢となって魔物の群れへ降りそそぐ。魔物の悲鳴のような声がし、遠退いていったのを確認してからスケープビットを解除した。



 遠目に逃げていく魔物の群れを見てから、すぐに背後の人を振り返る。

 エズメさんじゃない。腕と胸を守る程度の防具をつけた男性だった。しかし、鉄製の防具をあちこち噛み砕かれて酷く流血している。


「ティアっ、治せるか? おいっ、そこの者、しっかりするのだ。気を強く持て、良いなっ!? 今、ティアが楽にしてやるからそれまでの辛抱だぞっ!」


 心配そうな声で必死にブルーノが呼びかける。

 不遜でマセててちょっと泣虫だけど、やさしい子だ。


 傷の具合をさっと確かめてから、患部に魔法をかける。

 外傷さえも魔法を使えば癒すことができる。生物の肉体に作用する波長を魔法で発することで治癒力を高めて、目に見えるほどの回復力を与えるのだ。すぐに痛みも消えて傷口も塞げるが、それだけ体に負担もかかるということもあって万能なものではない。けれど癒すことができる。


「治って……!」


 回復魔法をかけていくと男性の血色が少しだけ良くなった。

 見えていた傷を全て治す。体力がすぐに戻るわけではないが呼吸が穏やかになっていた。



「ティア、さっきの場所へ運ぼう」

「うん」

「だが余もティアもちと背丈が足りん。左右から支えて引きずるのだ。良いな」

「分かってるよ」

「うむっ! 移動をするぞ、余とティアに身を預けよ、遠慮をすることはないぞ?」

「あ、ああ……ありがてえ……」


 力ない声で男性が言う。

 どうにか抱え起こして、左右から支えて岩のくぼみまで連れていった。




 男性は熱を出していた。

 病気までは魔法で治すことはできないので、屋敷を出る時に持たされていた薬を煎じて飲ませてあげた。毛布をかけて、水を飲ませて横にして容態が回復するのを待つ内に雨は上がったけれど、放置して先を急ぐこともできないので一晩ここに留まることになった。


 夜に何度か男性はうなされていたが、いつの間にか静かに眠って翌朝には随分と顔色も良くなってくれた。



「何て礼を言えばいいか、分からねえな……。ありがとうよ、坊主、嬢ちゃん」

「うむ、礼はいらぬぞ。余は当然のことをしたまでだ」

「困った時はお互いさまですよ」

「そうか……。小さいのに、立派だな……。俺はクヌートってんだ」


 クヌートさんは隣国の兵士だったと名乗った。

 わけあって辞めて放浪していたが、食料が尽きてしまって、そこを魔物に襲われたと。

 でもちょっと、それが引っかかった。兵士さんなら確かに武具を身につけているのは頷けるが、砕けていた防具を興味本位で見ていたらどうも粗悪なものにしか見えなかった。どんな下っ端でも兵士なら、それなりのものをもらえるような気がする――のだけれど、ちょっと品が悪すぎるような気がした。



「坊主達は何てえ言うんだ?」

「余はブルーノ・シンクレア。このシンクレア領の領主となる偉大な男であるぞ」

「領主の……?」

「そして、将来の余の妻となるティアだ。聖女というのは聞いたことがあろう?」

「聖女だと……? こんなに小せえ子、だったのか……」

「どうも……」


 身分を明かしてから、クヌートさんは少し戸惑うような顔をし始めた。

 でもブルーノがいつもの好奇心を発揮してあれこれ尋ねる内、僅かばかり高まっていた緊張も緩んでいった。



「エレニオミってのはハイラヴァル沿いの街だったな」

「うむ! このライゼルで唯一、大きな船が見られる地だ」

「2人だけで行ってるのか?」

「無論、これは余が大人になるための旅なのだ。そしてティアを口説き落として、余の妻になりたくて仕方がないと思わせるために……」

「だからそれはないんだよ、ブルーノ?」

「むぅぅ……でも余は諦めんもん」


 諦めんもん、って……。

 呆れたところでクヌートさんが笑った。


「エレニオミ、か……。悪いがそこまで俺も同行させてもらっちゃあ、ダメかい?」

「むっ? つまりそれは余のおともをしたいということか?」

「おともなんて――ああいや、そうだ。その通りだ。ハイラヴァルを渡って、向こうの国でやり直すのもいいかも知れない。だが……まだどうも体は本調子になりそうにねえ。だから……人助けだと思って、一緒に行っちゃくれないか?」

「うむ、良いぞ――んぷっ、何だ、ティアっ? いきなり口を塞ぐでないっ。お口でお口を塞ぐというのならやぶさかではないが……」

「ちょっと、クヌートさん……ブルーノと相談させてください」

「何だ何だ、引っ張るでない――もしやっ、余にとうとうなびいたのかっ? そうなのかっ?」

「いいから来て」



 ブルーノを引っ張って外に出たところで、向き合った。

 両手を広げて、さあ胸に飛び込んでこい、ってばかりに待ち受けているブルーノを冷視して、ちょっと心を折ったところで切り出す。


「何だか、あのクヌートさんって怪しいよ」

「どこが怪しいのだ? 風貌か? あんなものであろう? 行き倒れていたのだ」

「見た目もちょっと……だけど、何だか怪しい気がするんだよ」

「まったく、聖女などと呼ばれておきながら心の狭いやつだのう? 案ずるな、例えティアの可憐さに心を惹かれていたのだとしても、余のことしか目に映らぬようにしてやる」

「そういうんじゃないんだってば」

「じゃあどこが怪しいというのだ? どこが?」


 どこが、と言われるとちょっと困る。

 でもブルーノが自己紹介をした時に見せた表情が気になった。驚いて、それから本物かと疑うような眼差し。そういうのは珍しくないけれど、普段にない――値踏みされたような、そういう視線を感じた。それに兵士という経歴も少し怪しい。あんな粗悪な武具をつけた兵士がいるんだろうか。


 そういう警戒した理由を挙げて説明はしたものの、ブルーノはあまり聞く耳を持たなかった。結局は、


「余がおる。ゆえにティアは何も不安を抱く必要はないのだ」


 なんて無根拠なことを言ってさっさとクヌートさんのところへ戻り、歩けるようならすぐに行こうとまた張り切り出してしまった。



 そりゃあ、行き倒れていた人が近くまで連れていってくれ、なんていうのを見捨てるのはちょっとどうかなとは思う。けれどこの世界は何かと物騒だ。人攫いは普通にあるし、小さい村を襲って丸ごと奴隷にして売り飛ばしてしまうなんて人身売買の闇もある。そして、それを疑問に思わず奴隷を購入するような頭のおかしなお金持ちもいる。


 奴隷だけじゃない。シンクレアという名前、それに聖女という誰かがつけた肩書きに反応していたのが変な不安を抱かせた。奴隷商なんかより、もっと厄介な何かという可能性もある。しかし、ブルーノは人が好すぎてクヌートを歓迎してしまった。


 どうにもならなきゃいいんだけど――どうなるんだろう。


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