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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 6 聖女と坊ちゃんと穴空きレオン
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泣虫坊ちゃんとお守りの聖女

「どうだっ、どこからどう見ても立派な旅人にしか見えぬだろう!? 父上から剣も借りてきたぞ! 本物だ、よく切れる。見ておれ、とうとうとうっ!」


 自慢げに剣を振り回して見せ、ブルーノは得意そうにふんっと鼻を鳴らした。ご満悦らしい。

 でも、こっちはそんな気分じゃない。吊り橋効果でわたしを恋に叩き落とそう、という丸見えの魂胆でエレニオミへ行きたがったブルーノが、何とその許可をエルヴィス様からもらってしまったのだ。


 おかげで旅支度を整えてもらっちゃって、地図まで渡されて、方角の見方だとかも教えられて、数日がかりで旅の準備を完了されてしまった。



 何でも、最初はエルヴィス様も相手にせずにブルーノを追い返そうとしたらしい。だけど三日三晩、ブルーノは飽きもせず、諦めもせずにエルヴィス様につきまとっては懇願しまくって、根負けさせてしまったのだ。

 エレニオミに住んでいるというエルヴィス様のご友人に手紙を届けにいく、というおつかいの名目を作って。何ということもない、単なる近況報告のお手紙らしいから重要な用事ではない。けれどブルーノは鼻息荒く、そのおつかいを仰せつかった。


 ちなみに、エズメさんはこっそり後からついてくることになった。

 さすがにわたしとブルーノだけでは心配らしい。ブルーノは鈍いから、気づかないだろうとエルヴィス様は笑っていた。完全に同意するけど、それでもエレニオミに行き、シンクレアまで戻ってくるまでブルーノのお守りをしなくちゃいけないというのは気が重かった。絶対に暴走するもん……。



 わたしが生まれ育った小さな名もなき村はシンクレアから徒歩で4日ほどの距離だ。

 けっこうひとりでその道は行き来しているから旅そのものに抵抗はない。野宿もできるし、勝手知ったる小屋も途中にあって休憩できたりするから慣れたものだ。


 だがエレニオミへ行くのは初めてだし、通ったことのない道を行くとなれば不安はある。

 途中にどんな魔物が出てくるのかとか、悪い山賊めいた人達がいるんじゃないかとか、そういう心配が多い。エレニオミがどんな街なのかも話に聞いたことしかないから地理に疎くて不安だし、何か、色々と不安。不安がいっぱい。ブルーノもいるし。


 そんなわたしの不安と裏腹にブルーノは都を歩き回ってはエレニオミへ冒険に行くなんて吹聴して回ったりするし。都のみんなもブルーノに甘いもんだからつけあがらさせちゃうし、変な方向に増長しなきゃいいなあ。



「ブルーノ、シンクレア家の男子たる者、よく女性を守れ。歩けぬと言うのならおぶれ、泣き言は口にするな、そして何をしても無事にティアと2人で戻ってくるのだ。良いな?」

「無論である、父上よ」

「父親に向かって何だ、その口の利き方は?」

「……ごめんなさい」


 ほんっと、不安……。

 エルヴィス様をはじめ、屋敷の女中さん達も門の前まで見送りに出てきちゃうし。


 でもって、


「ティア様、坊ちゃんのことよろしくお願いしますね」

「スケベをしたらはり倒していいですからね」

「保存の利く甘味を用意したので、グズったらこれを坊ちゃんにあげてくださいね」

「できるならこの機会に坊ちゃんの食べものの好き嫌いをなくしてあげてもらえますか?」

「坊ちゃん、すぐにお風呂を入るの面倒臭がっちゃうけれど、できるだけ清潔にしてあげてくださいね」

「だけどスケベしたらはり倒していいですからね」

「一応、坊ちゃんのお洋服をちょっと余分に持っていってもらってもいいですか? 直接坊ちゃんに言うと重くなるとか、汚さないし汚しても平気だとか言うので」

「着替えさせろなんてティア様に言うようだったらはり倒していいですからね」


 なんて、次から次へと女中さん達にお願いされちゃうし。

 愛されてるのはいいんだけど、3回もはり倒しちゃっていい発言が出てくるらへん、けっこう見境なくマセてるブルーノなんだなあと思う。でもって荷物をこそこそこそこそ、そしてわんさか持たされる。荷物が重くなる。何かもう、荷物もそうだけど気も重くなる。



「では行くぞ、ティア! 目指すはエレニオミ、そして父上の手紙を届けるのだっ!」

「はいはい……」

「行ってらっしゃいませ、坊ちゃん」

「坊ちゃーん、ティア様にスケベしたらおしおきですからね〜!」

「寂しくなっても3度は我慢して、4度目からティア様に泣きついてもいいですからね〜!」

「好き嫌いはしちゃダメですよ〜!」


 女中さん達の見送りがやたら何かこう、あれだった。

 愛がある、でも言い換えておいたら綺麗になるのかな。



 意気揚々と屋敷を後にして、シンクレアの都をこれから出発だと吹聴しながらぐるっと回ってからようやく都の外へ出た。一応は整備された道だけれど、どんな危険があるかは分からない。後ろからエズメさんがついて来てくれているはずというのは唯一の安心材料だけど、やっぱりどうしてもちょっと不安だ。


「ティア、何だ、その顔は? 余との旅が不服か?」

「不服じゃなくて不安だよ……」

「そうかそうか、旅の身空で故郷に想いを馳せて寂しいのか。余の腕の中で泣いても良いぞ?」

「そういうんじゃないんだけどなあ」


 調子がいいんだから。

 むしろブルーノがエレニオミまでに5回は泣きそうな気がしているのに。


 足が痛くて歩けないって駄々をこねて1回。

 魔物に遭遇して痛い目に遭って2回目。

 初めての野宿で不安になって3回目。

 旅の料理がおいしくないって4回目。

 雨に降られる中を歩いて5回目。


 うん、そんな感じかな。

 外れたらちょっとだけブルーノを見直してあげよう。




 シンクレアを出てから最初の数時間はブルーノは意気揚々と歩いていた。

 でもだんだんと元気がなくなっていって、しきりにお昼休憩をしようと言い出すようになった。そこから粘らせて地面に座り込んだところでお昼にした。暗くなってから歩くのは何かと危ないから、行動できるのは日中だけだ。それを考えるとできるだけ明るい内に歩かないとどんどん到着が遅くなっていきかねない。


「ティーア〜……食後にすぐ動くのは余の好みではない……。しばし休憩を挟んでから出発をするべきだ……。そうであろう? 賢明なティアなら、それがもっとも良いと思うであろう?」


 案の定、ブルーノは歩きつかれて弱音を吐いた。軽く涙目。さっそく、ひとつめの予想が当たる。


「ダメ」

「なぁっ!? 余が……余が憎たらしいと言うておるのか? 余の足はもうパンパンなのだ、これ以上、休憩なしで歩けばきっと折れてしまうぞ……?」

「折れません」

「折れるっ」

「折れない」

「折れるのだー!」

「じゃあ引き返す? シンクレアに」

「それはダメだ」

「じゃあ行くしかないでしょ? そうやってもうちょっと、もうちょっと〜って夜になっちゃうよ?」

「むむむぅぅ……」

「はい、出発しましょう」

「ティアぁ〜……」


 情けない声を出したブルーノを放置して歩き出すと、半べそになりながら後ろをついてきた。自分からエレニオミへ行きたいって言い出したのにこれだもんなあ。普通の子よりは剣とかやってて体も頑丈な方だと思うけど、精神的なものなのかも知れない。気を紛らわせつつ、ちょっとペースを落としてあげれば歩き続けられたりするかな。



「じゃあブルーノ、何かお話しながら行く?」

「お話? 良いぞ、余を楽しませる話を披露するがいい」

「偉そうに……」

「余は偉いのだ」

「はいはい……そうですね」


 とりあえず、桃太郎を話しておいてあげた。

 犬、猿、雉を従えるくだりで、どうして犬と猿と雉なのかと質問攻めされたけど、そういうお話だからの一点張りで突き通しておいた。理由なんてわたしも知らないもん。身近だった動物なのかなってくらいしか思い浮かばないけど、ライゼル王国に犬はいても猿も雉もいない。羊と牛と馬ならいるけど家畜だし……。


 鬼を倒して金銀財宝を手に入れておじいさんとおばあさんのところに帰りました、と結びまで話すと、またこの子は疑問を口にする。



「どうしてモモタローと犬と猿と雉だけで倒せるような悪魔に長年、人間は苦しめられていたのだ? それに犬が噛みついて、猿がひっかいて、雉が突つくなんて攻撃としては弱すぎるであろう。モモタローに至っては特に悪魔どもに何か攻撃した様子もなかったぞ? その程度の強さの悪魔など、10人の大人が行けば簡単に退治できたではないか」

「そういうお話なんだからケチつけられても困るよ」

「いいやっ、余はそこら辺をきっちり説明してもらわねば夜も眠れぬ」

「じゃあ夜通し歩く?」

「そ、そういう意味ではないぞっ!? 夜は眠るものなのだっ! だが、答えが聞けぬのでは寝つけん、そういうわけでティア、今夜は余と抱き合って眠ろう」

「じゃあ夜通しね」

「ティーア〜……」


 冗談だけどあしらっておかないと本気で実行されかねない。

 そもそも抱き合って眠るなんてどこで覚えたんだろう。いや、都の悪い大人から吹き込まれたのかな。そうだな、多分。



 心配していたほど大きなトラブルはなく、ブルーノとの旅の初日は無事に夜を迎えた。

 干し肉を焼いて岩塩を振って、近くに実っていた木の実をもぎって夕食にした。ちょっと味気ない食事にブルーノはぶつくさ文句を言っていたけど、これが旅なんだからしょうがないと言い聞かせると口をつぐんだ。多分、疲れきって反論するだけの体力もなくなっていたんだと思う。


 眠る準備が整うと、すぐにすやすやと寝入ってしまった。こういうところはやっぱり年相応だ。寝顔だけなら手放しにかわいいと言える。この口からマセた発言さえ飛び出さなければ。



「ティア様、坊ちゃんのお世話、ご苦労さまです」


 そろそろ眠ろうかと思っていたらサッとエズメさんが現れた。


「思っていたよりも冷えた夜になりそうなので、こちらを使ってください」

「ありがとうございます……」


 2人分の毛布を差し入れてくれた。一方をブルーノにかけると、夜の見張りはしておくのでと言い残してまた闇の中に消えてしまった。忍者みたいだと思いながら毛布に包まってわたしも眠ることにした。そう言えば、今日は魔物にでくわさなかった。もしかしたら先回りしてエズメさんが追い払っていてくれたのかも――なんて思うけれど、わざわざ確かめようと思えるほどの余力はわたしにもなかった。


 精神的に、けっこう疲れた。

 ブルーノがひとりいるだけで、旅歩きがこうも大変になるなんて……。


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