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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 6 聖女と坊ちゃんと穴空きレオン
30/119

符丁は指切り、茶にせんべい

 気づけば後回しになってしまったが、ようやく同郷の転生者・聖女ティアに会いに来られた。

 アイフィゲーラは東側、中原の国ライゼル王国がティアの出身地だったはずだと思って、レストで大海を超えてはるばるやって来た。アイフィゲーラに到着をしてからライゼル王国を探して1日かかり、ライゼル王国に着いて聖女の家を見つけて訪ねるのに3日かかり、しかし領主の息子がぞっこんになっているとかで呼び出されて都へ行っていると聞いてシンクレアという都市にまで来た。


 だが、今度は早く着きすぎてどこかで追い抜かしてしまったようだったので、適当に待ってれば来るだろうと思い、マレドミナ商会の一員として――実はちゃっかり商会の名簿に俺の名前があるのだ――エンセーラムの特産品を売ってやろうと思った。だが、今度は商売する許可がいるとかで、流れ者でも比較的、出店をしやすいという市を狙って申請を出して待ち受けた。

 すると午後一番で目当ての聖女ティアが、何やら不遜な子どもとともに現れた。待たされた甲斐あって、すんなり会えたというような心地だ。エンセーラムを出てからすでに15日も経っていた。



 なかなか、本当に抜け出してくるのが大変だった。

 最初に50日ばかし、ちょっくら出かけると宣言し、エノラやリアンやマティアスにガミガミくどくどチクチクとあれこれ言われ、妥協したように40日と譲歩し、30日まであえて身を引くことでどうにか許可をもらったのだ。やっぱり最初に多めに吹っかけるのが良かったんだろう。


 しかし、それからも困難は続いた。

 まずは30日も留守にするに当たって、その時期をどうするかという相談に次ぐ相談。

 それから30日分滞る俺の仕事を消化できるものだけ全て消化して、旅先で何かあったらどうするのだということでシオンをおともにつけて行けと言われ、シオン本人にも同行させてほしいと懇願されまくり、それをなだめすかしてひとりで行くのだとはねつけて、卑怯にも最後の最後でディーを使って俺の外出を考え直させようとさせられ、どうにかそれもやり過ごすと土産ものをあちこちから頼まれて、その長ったらしいリストを難癖つけて削減しまくってどうにか30個にまで減らし、ようやく、めっちゃくちゃ数多くの困難を乗り越えてレストに飛び乗ってアイフィゲーラまで渡った。そういう次第だ。



 正直、何度か諦めかけた。

 だが誰に何と言われようと、ティアと呼ばれるやつとは会いたかったのだ。


 ついでに、一度苦労して出てきたんなら約束の30日をちょぉーっとオーバーして気ままな旅歩きをしてもいいんじゃないかとか考えている。そう、旅先でトラブルに遭って仕方がなく長居してしまった――みたいな感じで。


 今、俺を縛るものはない。

 フリーなのだ。




「この者は余のお目付役のエズメだ。口うるさいのがたまに傷だが美人であろう? まあ胸がないのが最大の欠点だがのう」

「エズメと申します」

「レオンだ」



 ライゼル王国にある3つの主要な都のひとつ、シンクレア。

 都とは言え、規模はいいところメルクロスほどという印象だった。

 このライゼル王国近辺、中原の諸国家はけっこうな乱世らしくて、統合されては分裂しを繰り返しているらしい。そんなわけでちょいと、小規模な国がけっこう密接している。ひとつずつの国もそう大きくはない。だがライゼルは地理的な条件が良くて、ちょいと外部からの侵攻には強いそうだ。だからあまり戦争には巻き込まれずに済んでいるんだとか。


 そのシンクレアの領主――の息子の、ブルーノ・シンクレアという子どもは大物になりそうな不遜なガキだ。まず言葉遣いが偉いやつのそれ。それを存分に振りかざしつつも、何となく憎めないような愛嬌が顔に溢れ出している。こういうのは嫌いじゃない。


 そして、そのブルーノ坊ちゃんがぞっこんな、聖女ティア。

 第一印象は大人しい女の子だった。が、何やら表情がやや冷めているように見えた。

 俺には覚えがある。さんざん、昔っから目つきが悪いとか、子どもっぽさがないと言われてきた俺には当てはまることがたくさんだ。中身は大人なつもりなのに子ども扱いされたり、子どもとして振る舞わなきゃいけないとなると、だんだん、中身はもう三十路なんだから勘弁してくれよとなってくる。そして、そういう扱いをされてしまうのを受け入れると、目に諦めが出てくるという仕組みだろう。


 シンクレアの屋敷までの道中も、つかず離れず、よそ見をせずにちゃんと俺とブルーノの後ろをついてきていた。これくらいの年の子なら普通はあれこれ目移りしたり、自分にかまってとばかりに喋りかけてきたりしそうなものだが、そういうのもなく落ち着いている。かと言って奥ゆかしいとも若干違うが、やや引っ込み思案なところでもあるんだろうか。


 そうそう、エズメっていうブルーノのお目付役という女。確かにけっこうな美人だがいかんせん、胸は確かにあまりなかった。とは言え、何やらクールビューティーという雰囲気があるし、ブルーノのオヤジかよっていうセクハラ発言に顔色ひとつ変えないところ、それに物腰なんかはけっこうなやり手に見えた。腰裏に短剣を佩いているからそれが獲物かも知れない。



「ところで、あなあきというのは何だ?」

「あっ……それ、わたしも知らない」


 屋敷の中の一室に通されると使用人がお茶の準備を始めた。

 それを待ちながらブルーノが尋ねてきて、ティアも俺を見た。


「坊ちゃん、それはあまり触れない方が……」

「何故だ?」

「いいって」


 気を利かせたエズメを制する。穴空きってのはほんとに少ない。俺も自分とシモンしか知らない。だから子どもには一般的な知識でもないんだろう。


「穴空きっていうのは魔力がないってことだ」

「えっ?」

「何と、お主、では魔法が使えぬのか?」

「俺の魔法の全力は蝋燭程度の火を1秒だけ出せる程度だよ。まあ、魔法なんて一度も使ったことないから、今さら不便だとも思わねえけど」


 あえて、一度も使ったことがないと言っておく。

 ティアはこの発言に何やら難しい顔をしていたが俺が見ているのに気づくと、目だけ動かして逸らした。疑っているっていう段階なのかも知れない。まあ、俺も聖女のことを知った時はなかなか信じられなかったし。



「それでよくここまで旅して来られたものだのう? やはり、お主はさすらいの剣士……」

「何だよ、その異常な剣士推しは?」


 マジメに考え込みかけたブルーノに笑いながら言うと、ムキになったように俺を見上げた。


「良いではないか、余は剣士に憧れる年頃なのだ」

「はっはっは、自覚してりゃあ世話ねえや」

「でっ、お主はどれほどの強さなのだ? このシンクレアは代々、剣でこのライゼルを守ることこそが使命、余もずっと剣を振るっておる。お主がもし、この余に手ほどきをしてやりたいというのならば、やぶさかではないぞっ?」

「そういうのは後でな」

「本当か? 本当に後で余と手合わせをしたいか?」

「はいはい、してもらいたいです」

「うむっ、言質はしかと取ったぞ! 嘘ついたら針千本だ、忘れるでないぞ!」

「嘘ついたら針千本?」

「ふふふ、知らぬか? これはな、ティアが考えた約束の文句なのだ。嘘をついたら針を千本飲まなければならぬ、だから約束は守らねばならぬのだ、というな」

「指切りはしなくていいのか?」

「おおっ、そうであったな。指切りをしなければならぬのだった!」


 小指を出してきたので、絡ませる。

 指切りをしながらティアを見ると、やはり目を丸くしていた。ブルーノはうっかり指切りを忘れていたんだろう。指切りげんまん嘘いたら針千本飲ます――この呪文のような文句も、ばっちり合わせて俺が言ってやると最早ぎょっとした目になっていた。


 ここまでしておけば、ちゃんと同郷の転生者だとは分かってもらえただろう。何せ、この世界にゃあもともとこんなもんはないのだ。そこら辺、ブルーノは気がついてないようだが、ティアは反応からもばっちり察したものと思える。あとはブルーノの相手をしてやりつつ、頃合いを見てティアと2人きりになれればそれで済む。



 お茶の準備が済むと、驚いたことに煎茶が出てきた。

 紅茶ばかりが一般的だというのに、緑の茶の煎茶だ。いくら茶葉は同じようなものだとは言え、嬉しいもてなしだった。これもティアがやったそうだ。俺にはどうしたらあんな緑になるのかと試行錯誤する内に本来の目的を忘れて紅茶作りにハマっていったというのに。何かと再現率は俺よりティアの方が上らしい。


 そこで持ってきていたせんべいを取り出すと、ティアは嬉しそうに食べた。醤油の味は久しぶりだったのかも知れない。甘くない菓子というものにブルーノは最初だけしかめっ面をしたが、ティアがぽりぽりと無心で食べているのを見て考え直したようだった。


 俺も煎茶とせんべい、なんてもんをセットで食べられるとは思っていなかったので何かすっげえほっとしてしまった。



「それでレオンよ、お主はこれまで何をしてきたのだ? 余に、余の知らぬ世界のことを教えるのだ。遠慮せずに語ると良いぞ?」

「んじゃあ、可哀想な夢を見ちゃった、可哀想な女エルフの話でもするかね」

「む、そんな寂しそうな話をするのか?」

「大丈夫、大丈夫。その女エルフとあれこれ戦わざるをえなかったやつの話だから」

「おおっ、武勇譚か? そういうのが良いのだ。話すが良い」

「ちょっと長くなるけどな……」



 緑茶で口を湿らせてから語る。

 ブルーノは身を乗り出しながら、ティアは両手でティーカップを持ったまま俺の話に耳を傾けた。



「昔、昔、大昔にエルフの里で、ひとりの女エルフが生まれたんだ。名前はナターシャ。

 その女エルフは生まれたころから、ずっと繰り返し、ある夢を見てた。こことは全く違う世界で暮らしていた夢だ。そこは地面が硬く塗り固められていて、灰色の、夜になると光が灯るような摩天楼がいくつも立ち並ぶ巨大な、途方もない都に住んでた。

 その夢にナターシャはずっと心を囚われて、そこへ帰りたいって願っていた。想いが強くなりすぎて10歳にもならない内にエルフの里を抜けた。エルフの里にあった、禁忌の魔法を手に入れて。それから何年かかったか、ずっと夢の世界に行くためにナターシャは魔法の研究をした。その結果、ある宝物を集めることでその世界に行くことができると知る。

 でもその宝物は人を殺さないと手に入れられない、血塗られた宝物だったんだ。ナターシャはその宝物を集めるために、また膨大な時間をかける。何年も、何十年も、何百年もかかったんだろうな。それでも、ただ夢の世界に行くためにナターシャは活動を続けた……」



 かいつまむつもりが、取り留めのない話になった。

 俺じゃない風のフェイクを交えながら、ナターシャのやったことと、俺がやったことを語った。ずっと部屋の隅に立つエズメも腕を組んで聞き入っていた。


 ひとしきり語り、ナターシャが身を滅ぼしたところまで終わると日が暮れかけていた。

 わざわざナターシャの話をしたのは、もしも聖女ティアがナターシャと同じようなことを企むようなら、何が何でも止めるという牽制にする意図もあった。だが、ティアは全部聞き終わると悲しそうな顔で俯いていた。ブルーノは俺が誇張したリュカの活躍に胸を躍らせていたが。



 そして夜になるから泊まっていけと言われ、その好意に甘えておくことにした。

 数年前に大流行した病のせいで、どうやらブルーノは母親と兄と妹を亡くしているということだった。しかしその悲しみに暮れているような暗い雰囲気はない。居心地もそう悪くはなかった。


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