ほほえみ鉄面皮はロマンチスト
さて、マルタと灯火神イグニアスのお陰でリアンがタチの悪いジョークを仕掛けてきた翌日、ずっとどうしたものかと処分に困っていたテアスロニカ王国の王子様――こと、テレス坊やをどうしてやるか、ということについて相談をしてみた。
「――とまあ、そういう事情でな、エノラが取っ捕まえはしたんだ」
「なるほど、そして現在はこうして、礼拝堂地下牢獄に監禁ですか」
雷神の礼拝堂には地下室がある。
手前側はリュカの物置みたいなスペースと化していて、その奥は鉄格子を備えた牢屋だ。ガシュフォースの腕輪をはめられ、テレスはずっと、そこで大人しくしている。リュカによれば食事は半分以上残していて、地下に閉じ込めっぱなしだと気分が悪くなるからと外へ連れ出そうとしても拒むそうだ。それって監禁なのかとちと言いたくはなったが、まあ良しとしておこう。人道的ということで。
「で、罪は認められたんですか?」
「認めるも何も……どうしたって立証するのはできねえだろう。証拠なんてないだろうし、百国会議があったのはもう何ヶ月も前だ」
テレスがしたことと言えば、ソロンを陥れたこと。
そして秘密裏にナターシャと通じて、キメラ騒動の影でシオンの封印を解こうとしたこと。この2点だ。
「まあ、それもそうですが……こうしてずっと閉じ込めていても、テアスロニカ王国が彼を心配するでしょう。何か断ってから来たんですか?」
「いや、ちょろまかしてきたらしい。ソロンに同行して手伝うだの何だの。実際、ソロンはそんなん少しも知らねえんだろうが……」
早いとこ、ナターシャについて調べさせているソロンを見つけて、もうやらなくていいと言ってやりたいんだが――いかんせん、どこにいるのか分からないでいる。一応、調査の拠点をジョアバナーサには置いているので、そこに帰ってきたらもうやめていいと分かるようにしてはいるのだが。
「そうですか……。まあ、こちらには、こと裁きに関しては右に出る者のいない、厳正と秩序の神、雷神ソアの唯一の神官であるリュカがいますからね。どんなようにもしてしまうことは可能でしょう」
「雷神様々だな」
「まったくもって。イグニアスにもお世話になりましたが」
本当にもう、神様ってえのはすごい。
俺が個人的に崇拝する神様と言えばジミヘンらへんになっちゃうのだが。
「とにかく、ここは一国の王子を閉じ込めるにはふさわしくないですね。テレス王子殿下、どうぞ、この地下よりお出になられてください」
鉄格子を挟んで向こうへリアンが声をかける。奥で座っているテレスは陰鬱な目をやや上げたが、大した反応はせずに立ち上がろうともしない。
「んだよ、拗ねてんのか?」
「…………」
「意地を張ってもしようのないことです。死罪になるほどのことにもするつもりはありませんから、意固地にならず」
「…………」
返事なーし。
リアンと顔を見合わせる。
「どうしたもんかね、こりゃあ」
「刺激を与えてもうまくいかないのならば、もっとキツい刺激を与えてみるべき……でしょうか」
「刺激?」
「ええ、とっておきの。ユベール王子をおつかいに出すようで気は引けるのですが、ちょっと彼にお願いをしてきてもらえませんか?」
「何を?」
「お耳を拝借……ごにょごにょ……」
小声でリアンに囁きかけられる。
テレスに聞かれないようにという措置だ。
「……それ、大丈夫か?」
「まあ、これでダメなら、ここに彼が自主的に住んでいる……というような扱いにするしかないですね」
それから9日が経過し、ユベールが遥々クセリニア大陸から舞い戻ってきた。
「悪いな、ユベール」
「ウォークスがいっぱい飛べて喜んでるから問題ない。ただ、ちょっと遠回りしてきてしまって、気づいたらこんなに時間が経ってた」
「それでも船出して大陸を歩いてってやるよかあ速いから文句はねえよ。ゆっくりして行け」
リアンの作戦によって、ユベールに連れてきてもらった人物を地下牢へ案内した。
俺がしたためた手紙ですでに、どうしてここへ来たかは理解している。ただ、立場もあるからひょこっと出てくるのは難しかったようだ。機転を利かせたユベールが、雷神をちらつかせた上に、カスタルディ王子としての名と、俺の名前を使って彼女は護衛のひとりもつけることなくエンセーラムへやって来た。
「テレス……本当に、こんなところにいたの?」
カティア・ウクソラス。
ウクソラス王の娘――つまりは、ウクソラスの王女様だ。
「っ……カティアっ?」
効果は覿面で、これまでは何もしようとせず、言うことも聞かなかったテレスが初めて鉄格子の方へ自分から寄ってきた。カティアは、ソロンかテレスのどちらかとの結婚を決められている。テレスはそこへつけ込まれ、ソロンを陥れてナターシャに協力をしていたのだ。
そのナターシャが消え、暗躍を見抜かれたテレスは憔悴し、ヤケにもなりかけていたんだろう。ただ、カティアを好いて結婚したいがために、そそのかされてナターシャに協力をしたのだ。そんな状態のテレスにカティアを合わせるというのは、まさにキツい刺激そのものだ。
「エンセーラム王に聞いたよ。……あなたが、百国会議でトレビューラン様が亡くなった原因になった毒を仕込ませたんでしょう? ソロンの部下を……多分お金か何かで買収して。それで、エンセーラム王にもあらぬ疑惑をかけて、それを暴かせることでソロンを陥れて」
「っ……」
泣きそうな顔になりながら、テレスは鉄格子を握り、うなだれた。弁解はしないようだ。
「それがバレて……今度はここに、引きこもり? テレスってけっこう、根暗だもんね。落ち着くの?」
「……もう、僕には誰にも合わせる顔がない……。卑怯なことをしてまで、キミを手に入れようとして……でもそれも、ダメになったから……。僕には、魔法の才能なんてない……。けれどソロンは確かな剣の才があった……。どうやっても勝てないんだ、ソロンには……。いくら王族に生まれても……どこまでも平凡で、ちっぽけなんだ。キミにつり合えるようには、なれないと思った……。いずれソロンが、きっとキミを手に入れるんだって。だから……だから、あの女エルフに……」
才能がない、どうやっても勝てない、どこまでも平凡で、ちっぽけ。
胸の内を吐露するテレスのヘコみっぷりに、一言言いたくなってくる。それをこらえて、見守った。
「……もう、ムリだね、テレスとは」
「っ……だったら、僕はテアスロニカの玉座もいらない……」
うじうじしやがって。
いや我慢だ、こらえろ。若いからな、テレスは。思い込みも激しいっていうもんさ。
「じゃあこれから、どうするつもり? ここで暮らすの?」
「……いっそのこと、首でも刎ねてもらいたい気分だよ」
我慢だぞ、我慢。そう、俺はいい年なのだ。我慢はできる。
それに若人の悩みにいちいち口を突っ込んで、俺の若いころは〜なんて語るジジイになってたまるか。
「あのね、テレス。わたし、思ったんだ。テレスか、ソロンか、どっちかと結婚しなくちゃいけないのは分かってるけど、それしかないのかなあって。嫌だ、嫌だ、って言ってね……外へ飛び出すの。着の身着のままで。広い世界をね、冒険して……それで出会ったステキな男の人と恋をして、結婚できたらいいなあって夢を見るの」
「そんなのできないだろう……。キミはウクソラスの王女だ。テアスロニカか、アニューラか、どちらに嫁がなくてはならないとずっと前から決まってるんだから」
「でもそれは、わたしが決めたことじゃないよ」
よくできてる娘だとは思ってたが、いいロマンを持ってるじゃねえか。
そう言えば百国会議の夜会で踊った時、ソロンもテレスも自分にしか夢を見ていないなんて言ってた。だから結婚してからそれに醒めるんじゃないか、とか。
「……あなたは人を間接的に殺した。それも百国会議に参加するような、一国の重鎮を。きっと償いになるような贖罪は一生を賭けてもできないと思う。ソロンは……エンセーラム王や、ジョアバナーサ王、カスタルディ王の三王によって死罪を免れたほどだけれど、あなたはそれ以上に罪深いことをした。だから、もっと罪を引き受けてみない?」
「カティア……?」
「ソロンがね、アニューラ王国には戻れなくなって……旅をしているでしょ? いいなあ、って思ったんだ。わたしも旅をしてみたい。だからテレス、わたしのことさらってよ」
「な、何を言ってるんだ? 狂言誘拐……? そんなことしたら、僕は――」
「だってもうどうでもいいんでしょ? わたしと一緒に旅をしよ? 結婚はしてあげないし、子どもも産んであげないけど……一緒に世界中回って、どこかでソロンとも合流して、3人で歩きたいな。テレスは絶対に、どこかについたら誰かのことを助けてあげるの。罪滅ぼしにはならないと思うけど、それを罰として背負っていく。幼馴染のよしみで、ソロンと一緒に手伝ってあげる」
リアンに服の裾を引っ張られた。唇に人差し指を立てて見せられる。頷いてから、若者を残して地下室を2人で引き上げた。
「思っていたより、ウクソラスの王女様は強いのですね。わたしはああいう女性を是非とも味方してあげたいと常々、思っています」
「何つーか……一方的だったな。けど、あれに惚れてちゃあ……尻に敷かれる未来しかなさそうだ」
「男性からすれば夢のようでしょう。淑女の尻に敷かせてもらえるだなんて」
「はは……ま、そういうやつもいるかもなあ。んで……どうするよ、テレスは?」
「ソロン王子に、もう全ては終わったと伝えさせることにしましょう。その後は、釈放……でいいのではないですか? その後に起きることも含めて、ノータッチで。きっともう、地下牢を出てきてくれますから」
「いいのかよ?」
「元より、ソロン王子には百国会議で起きた騒動での真相究明が、絞首刑に替わる罰として与えられたのでしょう? でしたら、もうそれは我々で明るみに引きずり出せたのですから、全ておしまいですよ。陛下にはヴァネッサ女王や、ロベルタ王に説明をしに行ってもらわねばなりませんが……それもソロンを交えてのことになるでしょう。彼が今、どこをほっつき歩いているかは分かりませんし、探すのも苦労をしてしまいますので、その使者としてテレス王子を派遣しましょう。彼が国を出てきた名目通りになりますから」
まあ、もうテレスが何か悪さをする理由はなくなった。
まだ若いからとソロンを絞首刑にすると議長国権限で決められた時に、庇ってやったのだ。同じことをテレスにしてやってもバチは当たるまい。
「しっかし……お姫様が狂言誘拐を提案してんのを見過ごしちゃっていいもんかね?」
「いいではありませんか。とてもロマンチックで、わたしは好みですよ」
「あのさ……フィリアがもし、そういうのを企ててるとかって知った時は引き止めてくれな?」
「申し訳ありませんが、確約はできかねます」
このほほえみ鉄面皮めっ!
ああダメだ、やっぱカティアを止めておこうか。ウクソラスの王様なんぞ顔ももう覚えてねえが、娘を持つという立場は同じだ。もしもフィリアが狂言誘拐しろとか、年の近い男に頼んで実行なんてした日には気が気じゃなくなりそうだ。
「まあまあ、レオン、落ち着いて。
女性というのは家の中にこもるばかりではないのですよ」
「その慰め方が俺の胸を抉るぅっ!!」
フィリアは絶対に成人するまで手元に置いてやる。
蝶よ花よとかわいがれば、きっと俺の想いも通じて「パパだーいすき」とか言ってくれるようになるんだもん!!